5刀
何度か素振りを終えると、夏風が聞いた。
「ところで、上野殿はどうしてそこまで強くなりたいのでござるか?」
その質問を聞いた途端、上野少年の目つきが険しくなる。
そして、滴る汗を拭いもせず、竹刀を構えた。
「勝ちたいヤツが、いる」
ブン、とその相手の幻影を絶ち斬るかの如く、竹刀を振る。
「それは、どのような相手でござるか」
「……北欧ムサシ。 剣道部のメンバーの一人で、僕をイジメてるヤツだ」
「……!」
上野少年に出来た、無数のあざ。
部活にしては度が過ぎており、痛み止めが必要な程である。
その話を聞き、夏風は体内の血が逆流するのを感じた。
卑劣なイジメなど、夏風の最も嫌うものである。
「上野殿、学校の場所を教えてくれぬか。 その北欧ムサシとやら、拙者が成敗してくれる」
「ダメだっ」
思わぬ上野少年の怒声で、踵を返そうとした夏風の動きが止まる。
「夏風さんがムサシを倒しても、意味がないんだ」
「……何やら、込み入った事情があるようじゃな」
コクリ、と少年が頷くと、自分が戦わなければならない理由を語り始めた。
「僕の父さんは郵便局員をしてる。 ムサシの父親は銀行で働くエリートで、父さんはいつも、あの家系は優秀な家系だから、張り合っても無駄だって…… あざを見て、僕がいじめられてること知った時も、相手が北欧だと知ると、仕方がない、抵抗だけはするなって、それしか言わなかった。 でも、やられっぱなしなんて、嫌だっ」
上野少年が強くなりたい理由。
それは、イジメの主犯格を見返すこと以上に、簡単に負けを認めてしまった父親に対しての反発。
夏風も、主君のために命をかけてきた男である。
相手の強さなど関係ない。
自分の正義の為には、敗北濃厚な戦でも、戦わなければならないのだ。
「父君には悪いが、やはり拙者が特訓せねばなるまいな。 今一度、竹刀を構えて、拙者に打ち込んで来るでござる」
「えっ、大丈夫?」
「なぁに、心配はいらん。 さあ、打ち込むでござる!」
「メェーン!」
夏風は、素早く上野少年の手首を掴むと、今度は足払いを仕掛け転倒させた。
「いだっ」
「もう一度、立ち上がるのだ。 拙者から一本取れるまで、終わらぬぞ」
「ほんっとに、何してるんですか、貴方たちは!」
夕方、家の物をめちゃくちゃにした為、母親にこっぴどく叱られた上野少年と夏風であった。