表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
たて  作者: oga
3/26

3刀

作者 oga

「あっちゃ~、傘、忘れちゃったよ」


 駅に向かう途中、急に雨が降り出して来た為、上野と夏男はデパートの屋根の下に避難していた。


「すぐ止む雨ならいいんだけど……」


 上野がひび割れたメガネの隙間から空の様子を伺っていると、胸にでかでかと「うえの」と書かれたピチピチの体操着を着た夏男が、こんな質問を投げかけてきた。


「ところで上野殿、何故拙者を助けてくれたのでござるか?」


「それは、貴方が侍だから……」


「何故分かるのだ? 拙者、一言もそんなことは申しておらんぞ」


 ちょんまげに袴姿、刀を腰の辺りにぶら下げた男を見れば、侍か不審者と思うのが普通だろうが、それ以前に上野は夏男がそこにやって来るのを予期して、待ち構えていたようにも思えた。

上野は、手の甲に貼られたシップを押さえながら、知ってたんだ、と続けた。


「僕、いつも痛み止めをもらいにあの病院に通ってるんだけど、多賀先生が興奮した様子で話してたんだ。 ハロウィーンまでに本物の侍を蘇らせることが出来るかも知れない、って。 看護婦には、絶対ナイショだからね! って言ってたんだけど」


「体格に違わぬ太ましい声で丸聞こえ、か。 して、何故侍である拙者に用がある?」


 ゴクリ、と喉仏を上下させると、上野は夏男に向かってこう言った。


「僕に、剣術を教えてくれませんか?」


「剣術?」


「はい、僕、剣道部なんです。 でも……」


 そう言って視線を落とすと、はあ、とため息を一つついた。


「弱すぎて、いっつも負けてばかりなんです。 もし貴方が本物の侍なら、強いハズでしょ?」


 上野は察した。

手の甲に白い紙を貼り付けているのは、恐らく、試合の際に出来たアザを隠すためである。

しこたまコテを打ち込まれたのであろう。

上野にも、体操着を貸して貰った恩があったが、やらなければならないことがあった。


「拙者、将軍家に仕える侍であるが故、済まぬがその様な時間はないのだ。 とは言え、拙者の主君は恐らく先日の戦で敗北したのだろう。 上野殿、やはり今の世は徳川家の者が納めておるのか?」


 上野はその質問を受けて、一瞬表情が固まったが、ぷっ、と口から息を吐き出した。

それを見た夏男は懐の刀の柄を手にする。


「拙者、何かおかしなことを申したか?」


「ご、ごめんなさい! 時代が違うんだよ、夏男さん。 もう、将軍家とかそういうのはないんだ…… 侍っていう職業もない。 今の日本のトップは首相で、あー、何て説明すればいいのかな」


「侍がない、と申すか。 上野殿は嘘が下手でござるなぁ。 あれは何でござるか?」


 夏男が指差したのは、向かいのスクリーンに映っている映像であった。

そこに映し出されていたのは、侍の格好をした俳優が、何人もの敵をバッサバッサと斬っている絵であった。


「あれは映画って言って、要するに芝居みたいなものだよ」


 途中で映像が途切れると、夏男は目を見開いた。


(突然消えおった…… またしても妖術の類いか?)


 しかし、夏男もこの上野少年が嘘をついているようには思えなかった。

将軍家が存在しない、という言葉が本当なら、侍である自分の存在意義はもはや無いのではないか?

降りしきる雨が顔に当たる。

まるで夏男が泣いているように、上野には思えた。


「夏男さん、一旦ウチに来なよ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ