23刀
作者 oga
(何故出ぬのだ!)
夏風が携帯からコールし続けるも、やはり多賀は出ない。
夏風にとって多賀は、この時代に来てから付きっきりで面倒を見てくれた人物。
電車の乗り方すら分からなかった夏風に色々と教えてくれたのは多賀であり、恩が無いといえば嘘になる。
すると、ナッツが再び現れた。
手には新しいボトルが握られている。
「グラスはそのままにして、パーティー再開よ。 夏風も、そんな辛気臭さい顔やめなさい」
携帯を切ると、夏風は切り出した。
「ナッツ殿、さっき、酒に何を盛ったでござるか?」
「えっ……」
横にいた冬花が、思わず声を上げる。
夏風に見抜かれ、ナッツは明らかに動揺し、小刻みに震え出した。
「盛るなんて…… あっ、ちょ…… もうっ、なーに言っちゃってるのよ、夏風っ」
「拙者、元の時代にいた頃、殿の毒味役を仰せつかったことがあり、その場に毒を盛った輩がいれば、態度で分かるのでござる」
「……」
ナッツが黙り込むと、冬花が手で口を覆い、嘘…… と小さく呟いた。
「観念したでござるか。 一体何を……」
「あーあ、せっかく、サプライズで用意してたのに」
夏風の言葉を遮り、ドタバタと奥の部屋へと向かうと、ナッツは何かの用紙を持って戻ってきた。
それは、婚姻届であった。
「これよ、コレ。 あんた達って、気が合う感じだから、今ここで結婚しちゃいなさいよ!」
「な、何言ってるんですか!」
冬花が混乱する。
夏風も相手の思惑が見抜けず、意味が分からぬ、とナッツを睨む。
ナッツは、こういうのは勢いだから、と無理やりペンを渡し、サインさせようとする。
その腕を夏風は振り払った。
「断るッ!」
夏風は叫んだ。
「いい加減にするでござる! 目的は何だっ!」
いよいよ、言い訳のできない状況になると、ナッツが不気味に笑い始めた。
「ふ、フフフフフフフフフ……」
怖気が走り、冬花は思わずその場から退いた。
ナッツが口を開く。
「侍ってヤツは、変に鋭いのね。 観念したわ」
ナッツがポケットに手を突っ込み、取り出したのは小瓶。
「この中身を盛る予定だったの。 これは自白剤の用途で使われる薬で、飲めば意識が朦朧としてくるわ」
「……それで、私たちに婚姻届を書かせようとした?」
「そう。 それがある人物の思惑だから」
「ある人物とは、多賀のことでござるか?」
「違うわ。 多賀と私はチームだったけど、下請け業者みたいなもの。 あなた達が大人しく婚姻届にサインしていれば、こんな厄介なことにはなっていなかったのにね。 夏風、あなたはこれから残酷な選択を迫られることになる。 助けられるのは、2人に1人よ」
ナッツが、おもむろに手にしていたものを押した。
冬花がそれを見て言った。
「スイッチ?」
音も無く、天井から黒い服を纏い、顔を隠した何者かが落下し、テーブルに着地すると、手にしていた刃を夏風と冬花に見せつけた。
「お、お主……」
夏風は、その黒装束のシルエットに見覚えがあった。




