20刀
作者 遠井moka
両手をすりすり擦りながら、多賀はもったいぶったように話を焦らしている。冬花は、多賀を見た後、夏風の方に視線を向けて促した。
「なんです?夏風さん」
横ではニヤついた多賀がいて、セット待ちで時間はまだ余っている。夏風はふぅとため息をつき真顔でこれまでの経緯を冬花に伝え聞かせた。
「というわけでござるよ」
相槌を打ちながら黙って聞いていた冬花はにっこりと笑っている。あぁ、なんと心優しいお嬢さんなんだとまた胸に込み上げてきたものを抑えている夏風。
「タイムスリップした侍で大ヒットしてるわけよ!!」
多賀がまんざらでもない顔で大声で頷きながらバシバシと背中を叩いてくる。多賀に恩義がなければ小道具の刀で黙らせてやりたいと憤慨しながら、彼女の返事を待つ。
「夏風さんが目覚めた場所は?」
「・・・・なんと?」
夏風の予想していた反応と違っていたので慌てて聞き返す。ミディアムボブの黒髪が揺れる。明るい太陽のような笑みが曇り、トーンが落ちた冬花の声。周りを気にするように視線を彷徨わせた後、小さく小声で伝えた発言は衝撃的過ぎて、座っていた椅子が前脚で浮き上がるほど上体を近づかせていた。
「実は、私もなんですよ。明治の終わりごろの時代からこちらにやって来たんです。最初はわけがわからなくて・・・戸惑って不安でした」
話を合わせてくれているんだと多賀が小声で伝えてくる。夏風は納得し距離を離して彼女の話を多賀と一緒に聞いていた。
「目覚めた場所が大病院の地下室で、白衣?違うな、研究者みたいな二人がこちらを見ていたんです。気味が悪くて逃げ出してきたんです・・・どう逃げ出したかは無我夢中だったので忘れたんですけど」
夏風は知らぬうちにまた距離を縮めて大きく首を縦に振って共感を示した。まだ解明は出来ていないが神風の家系ではタイムスリップした人物が二人も存在した。これは、偶然だろうか?それとも、必然か。
「同志でござるよ。冬花殿は・・・帰りたいと思ったことは?拙者も大病院の地下室に目覚めた者で、誰も信じてくれなくて、キャラ・・作りなどと言われていることも」
「うそ、うそ・・・じゃあ、私たち親戚じゃないですか」
□
夏風と冬花が盛り上がる中、立ち上がった人物は商店街の小路まで歩いて行き、スマホでメールを打っていた。
【対象者と探し人が親戚関係であると判明しました。以後、彼の様子を見ながら報告します。会長の思惑通りにことは進んでいます】
ディスプレイに反射し多賀の顔が映る。送信に会長のアドレスを入れメッセージを送る。会長の駒になっている多賀。
『実験なのだよ。多賀君、見てしまったのなら協力してもらおうじゃないか?』
あの侍と出会う前、地下室での噂を耳にした。話し好きの掃除のおばちゃんが秘密と言いながら全然隠すことないトーンで話してくれたこと。
『多賀先生、地下室での出来事ご存じ?過去と未来を繋げる実験をしているらしいのよ』
そんな馬鹿なことはと疑いながら、地下室に続く階段を降りていく、階段は鍵付きの扉で気づかれない場所に隠し部屋のように存在した。それは、薬品室の一角の棚をどかしたら、出てきた。鍵を持つ者も限られ、会長とその部下と掃除のおばちゃんの三人だけだという話だ。
『・・・・・!!』
見てはいけないものを見てしまった。もう、血色がない人間が横たわっており、点滴には見たことのない色をした液体が人間に流れ込んでいた。
多賀が逃げようとした時、運悪く足元がふらつき尻もちをついてしまった。それから、多賀はスパイのような行動をしている。彼が医者でありながら夏風のマネージャをしている理由はロック画面にある。
ロック画面には背後から抱きついている多賀と、微笑んでいる女性が写っている。茶色い髪をウェーブし目を細めている最愛の妻。
多賀美和子は病室の一角で延命措置を続けている。脅されている会長とその部下を裏切れば妻の命がないと言われている。
だから、バレるわけにはいかない。気づかされたら最後妻は・・・
「多賀殿、どこへ行ったのでござる?」
夏風が多賀を探している。彼が向ける視線が時折疑念や嫌悪に満ちた顔になっているのは、気づいている。だけど、もう戻れないんだ。
小路から出てきた多賀はいつもと変わらぬ口調で近づいていく、夏風はまだ知らない。




