19刀
作者 oga
ナッツが夏風の肩を叩き、こう言った。
「じゃあ、冬花ちゃん入るから、よろしく頼むわよ」
これから間もなく次のシーンが始まる。
脚本では、ライダーが侍に対して、このようなセリフを告げる。
ライダー:この商店街は、何があっても絶対に守る!
侍:何を申すか、守るのは拙者の役目!
そして、お互いが騙されていると気付いた所に、冬花演じるライオングループの黒幕(忍者)が登場。
消耗したライダーに攻撃をしかけ、それを侍が止める。
ライダーと侍が共闘して、黒幕を退ける、という流れである。
夏風がソワソワしながら待っていると、スタッフらに挨拶を終えて、冬花がこちらに向かって来る。
背筋がピンと伸びた、しっかりした感じの女性だ。
「神風冬花です。 よろしくお願いします! えっと、名前をまだ伺ってませんでしたね」
「拙者……」
夏風が名乗る前に、ナッツが声を張り上げた。
「冬花ちゃん、挨拶は後にしなさい! 時間、押してるわよっ」
「ハイッ! じゃあ、また後で」
「あ……」
こうして、後半のシーンの撮影が始まった。
冬花と夏風の殺陣のシーンは鬼気迫るものがあり、周囲は息をのんだ。
何より、女優である冬花がここまで剣術を操れることに、夏風が驚いていた。
撮影が無事終了すると、ナッツは興奮気味に言った。
「カアーット! みんな、今日は素晴らしかったわ。 オンエアを楽しみにしててね!」
時刻は夕方。
撮影隊が車に乗り込んで帰ろうとしている中で、夏風は冬花に慌てて駆け寄った。
「と、冬花殿!」
「あ、お侍さん、今日はお疲れ様でした」
「少し、話を聞きたい。 お主の名のことでござる。 神風というのは、偽名ではござらんのか?」
「はい、私、本名が神風冬花なんです」
「冬花、でござるか。 良い名でござるな」
「そうですか? この名前、私のご先祖様から取った名前らしくって……」
夏風は、いよいよこの目の前の女性が自分の子孫であるという確信を得た。
冬花という名、何を隠そう、自分の息子の冬香が由来していることに間違いない。
夏風がその事実を告げようか迷っていると、冬花は語り始めた。
「……ご先祖様は百姓って聞いてるんですが、私、昔っから時代劇や剣術が大好きで。 だから本当は、私のご先祖様は侍だったんじゃないかなって、密かに思ってるんです。 私が侍を演じてる姿を見たら、ご先祖様、喜ぶんじゃ無いかなって。 ……あ、すいません、いきなりこんな話しちゃって」
「……」
夏風は、思いを馳せるようにして、空を見上げた。
(……そうか、冬香は百姓をしていたのか)
夏風の主君、豊臣秀吉が戦に負け、恐らく妻と息子は住んでいた土地を追われた。
その先の地で、武士ではなくなったが、百姓として強く生き抜いたのだ。
目の前の冬花こそが、その証拠であった。
「どうしました、お侍さん」
「……いや、すまぬ。 冬花殿の侍の姿を見て、ご先祖様もきっと喜んでいるでござるよ」
すると、二人の話を盗み聞きしていた多賀が、割って入ってきた。
「お侍さん、勿体ぶらないで教えてあげたら良いじゃ無いですかぁ」




