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たて  作者: oga
18/26

18刀

作者 遠井moka

【撮影中お静かに】と書かれた看板表記が通りの一角に置かれている。看板の前後にはスタッフが壁を作って観客からは見えないように壁を作っていた。近辺住人により拡散されたのだろう。人気俳優と人気女優が撮影していると知ったやじ馬たちがカメラ片手に様子を伺っている。スタッフが注意をする声をかけて、撮影が開始される。


「石塚のコロッケは美味しいな」


 サクッと噛んだコロッケから湯気が出ている。木更津ハヤトはそのホクホクした食感を感じ笑顔を見せ商店街をゆったり歩いている。木更津の笑顔を見たファンから歓声が上がり、撮影が止まる。


「ストップ!!スタッフもっとくっついて見えないようにガード。よし、もう一度」


 石塚精肉店から夏風が立ち読みしている鈴宮書店まで三軒の商店が連なっている。服屋にいるおばさま方はエキストラの三人。ワゴン車に置かれている古着を手に取り談笑している素振りを演じている。服屋の隣には靴屋があり、これまた老夫婦のエキストラ二組が靴を吟味中。

 木更津が靴屋を通り過ぎた辺りから、夏風は手に持っている【時代劇特集】の雑誌を落とすんではないかと気が気でなかった。


(落ち着け・・・落ち着け)


 冷静になれと頭の中で言い聞かせる。夏風は台本のセリフを思い出しながら近づいてくる足音に集中する。木更津が声をかけるのと、夏風が本から顔を向け見つめ返すのが同時出なければならない。


「ん?お前は・・・」


「お、お、お主・・」


 監督が大声で止めに入る。多賀が遠目からこちらを見て口パクで「おちついて」と励ます。女装家のナッツは長いため息交じりに、毒を吐く。


「駄目駄目よぉ・・・手は震えてるし、声まで震えて。悪役の武士の設定なんだから堂々としてなきゃでしょう。仇の相手の顔を思い浮かべなさい。それぐらいの形相で見ないとリアリティが感じられないわよ」


 仇の相手とは誰だろう?木更津や監督、毒づきながらアドバイスをしてくれたナッツに頭を下げてテイク3の撮影が始まる。近づいてくる足音を聞きながら夏風は思い出す。憎き相手をそうあの白衣を着た研究者の2人の姿を。


「ん?お前は・・・」


「お主は・・・・街ぶらいだー」


 本を閉じ平台の上にのせる。2人が見つめ合う、風が舞い、落ち葉が吹く。


「本、買う気がないなら立ち去りな。俺はちゃんとここのコロッケ買って食べてるってのに」


「今、買おうと手に取っていただけでござる。お主こそたまにふらついているだけの者ではないか」


 袴の刀を手に取り握りしめる。きらりと刀がひかり、反射板が木更津に向け当てられる。眩しそうに苦悶する木更津は口角を上げ、腕時計に呪いを唱える。


「カァァァット!!」


 ワンシーン取るたびにモニター画面に向かい合い、出演者、監督、ナッツと議論が交わされる。撮影というものがここまで苦労するものだとは知らなかった夏風は、胸に熱いものを感じた。些細な一秒しか映らないであろうシーンでも真剣に向き合う彼らの熱意が夏風の意志を強くさせた。夏風は悪役に過ぎない、らいだーにやられっぱなしで捨て台詞を吐いていく。そんな、損な役回りだと思っていたがそれはとんだ勘違いだった。


 ライダースーツに着替え終えた木更津と対峙する。夏風の後ろには黒いタイツに身を包んだ手下が現れる。手下が先にライダーに突っ込んでいく。キックやパンチでやられていく手下たち。それを見つめる表情がドアップで映されていく。

 夏風は思い返していた。あの二人の憎悪で歪んだ顔を、死者を使い夏風を襲ってきた武士の一人を操られていたとはいえ成敗したことは変わりのない事実で。


「お主にこの商店街の良さがわかろうか!!」


「それはこっちのセリフだぁぁ」


 駆け寄ってくるライダーは片手を突き伸ばし接近してくる。顔に感じるわずかな風、木更津は本気だ。撮影している側は演技として殺陣のシーンを見ているのだろう。ただ、彼が放ってくる拳や蹴りに芝居など感じられない。本気で夏風を倒しに来ている。


 夏風は攻撃を交わしながら思う、木更津の気持ちに答えねばならぬ。彼とてこの街ぶらいだーにかける情熱は夏風の思いとは比べ物にならない。こちらは再起をかけている。木更津はこの番組を糧に俳優業の道を進もうと必死になっている。


「ぬるいぞ・・・らいだぁぁー!!」


 ひらりひらりと攻撃を交わし、間合いを詰めて刀を前へと突き付ける。その切っ先は数センチ。動けば当たってしまう距離。


「っぐ・・」


 その迫力に鬼気迫るものを感じた木更津は、本来、刀を振り払うはずのシーンで腰を抜かし尻もちをついてしまう。NGを出してしまった、また何度も撮り直さなければならない。詫びの言葉をかけようとした時、監督とナッツの声が重なる。


「かぁぁぁぁぁっと」


「これよ、これが見たかったのよぉ。男同士の本気の場面を」


 木更津を起こそうと片手を差し伸ばしながら、夏風は表情を緩ませた。


「木更津殿の熱意が心に伝わったからできたのだよ。拙者の力ではない雰囲気を作ってくれた木更津殿のお陰でござるよ」


 手を握り返し、マスクを取る木更津は爽やかな笑みを夏風に向けた。ナッツはこのままの勢いで場面を変えるよう監督に指示を出す。周辺に控えていた女優の一人がこちらに近づいてくる。スタッフの声がかかり夏風は立ち尽くす。


「神風冬花さん、入ります。よろしくお願いします」


 聞き間違いだろうか?夏風と同じ名字で息子と名前が似た女がこちらに向けて笑っていた。


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