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たて  作者: oga
16/26

16刀

作者 遠井moka

 夏風の住む場所は変わらず高級タワーマンションだった。多賀の言いなりにはなりたくないが、上野少年の言葉が胸に染みついて離れない。


『夏風さんがまたテレビに出演できれば、夏風さんをこの時代に転移した人たちの目にも留まるはず。あの侍がまだ生きていると知って、接触してくると思う。夏風さんだっていつかは戻りたいんでしょう?ならしばしの我慢だと思って耐えてほしいんだよ』


 上野少年の口調が砕けた感じに聞こえたが、嫌気が差すほどの馴れ馴れしさはない。夏風を思って考えを伝えてくれていた上野少年は、はにかんだ笑みを見せながら。


『偉そうなこと言ってごめんなさい。僕、強くなりたいって意志は変わらないから』


 約束を交わした男にはもう絶望感など消え失せ、この時代を生き抜くための知恵を多賀や上野少年に教わっていた。



【第一回 街ぶらいだー敵役オーディション】


会場にいる面々は夏風と同じような身なりをした男が沢山集まっている。本業は医者のはずの多賀はこの日の為にシフトを変更してくれた。夏風の横に並びマネージメント業務に従事している。


「おい、あの侍って今話題の奴じゃないか?」


 向けられている視線は良いものではないが、この中では一番の話題の人。知名度は抜群だと肩を叩きながら多賀は笑っている。上野少年は学業の休憩時間を使ってメッセージを送ってくれていた。応援のメッセージを何度も見直しながら、呪文のように繰り返す。


「大丈夫、大丈夫。今まで通り、いつも通りだ・・・夏風」


 侍生活をしたものと恰好だけのものなど雲泥の差だと思っていたのだが・・・


「お主は下がっておれ、拙者が成敗してくれる!!」


 売れだし中の役者だろう男は熱意の籠った演技と殺陣を披露すると、会場から驚きの声が漏れる。審査員の顔色も変わっていた。先ほどまで見ているのかと思うくらい、視線を俯かせ欠伸を噛み殺すような仕草をしていた審査員の目が覚め始めた。本命が現れたと態度と声が示していた。


「やっぱり売り出し中のティーン俳優は違うねぇ・・・活き活きしている」


「そうですねぇ。視聴者ウケを狙うならイケメンは入れるべきだと」


「あら、いやだぁ~♪わたし的には即合格って言いたいんだけどね・・・【街ぶらいだー】はネット配信だから若年層に人気なら良いってわけじゃないのよ」


 好印象の言動が多い中おねェ言葉が混じる女装家が異論を口にする。その場の空気がまた張り詰めたものへと変わる。女装家のナッツが論点を取り上げてオーディション会場にいる全員に向け語り始める。


「【街ぶらいだー】は寂れゆく商店街を応援しているって番組なのよ。それだけじゃ視聴者はただの街ぶらだと思われる。敵として出てくる役者は商店街のことも紹介しつつ悪い方向に考えさせようとするのを退治するのが侍なのよ」


いつの間にか容姿だけで採用しはじめていた審査員たちは慌てて書類に視線を移しペンなどで採点し直している。


「次、夏風さん」


ナッツの話が終えて感心していた時夏風の名前が呼ばれた。商店街などを事前に見て実際に商店街の人たちの声まで聞きに歩いた。


「コロッケが80円だと!?大手ショッピングモールの方が品数が多い。そっちのほうがお得じゃないか」


敵役に扮したスタッフが悪の囁きを漏らす、それを竹刀で振り払うそぶりをし、返答しなければならない。夏風の脳裏を過ぎるのは優しくしてくれた商店街の人々の笑顔。問題の侍が訪ねても嫌な顔せず迎え、話を聞いてくれた人たちの思いを言葉に伝える。


「そんな囁きに揺られてはならぬ。格安で売っているのは、己の利益の為だけではない。地域の人たちとの交流を大切にし、世間話は多いけれど、聞いて損なし。見てくれている。気づいてくれている。知ってくれている。そんな商店街で買い物をして何が悪い。決まった曜日だけ安売りする大手とは違うのだぞ!!」


 声は棒読みに近く突っ立って睨みつけることしか出来ない、ふと会場の壁にもたれている多賀と視線が合う、多賀は頭を抱えて俯いていた。おそらく不合格、テレビどころか予選落ちだろう。夏風もそう思っていた。


 パチパチ・・・・


 拍手を送っていたのは女装家のナッツ。彼女は頬杖をつきながら夏風に質問してきた。


「夏風さんはバッシングを受けているけれど、吹っ切れた感がいいわぁ。感情が籠ってたまぁ下手だけれど、竹刀の素振りは本格的ねぇ♪時代劇役者か何かかしら?」


 夏風は竹刀を仕舞い、ナッツに向け頭を下げながら返答する。


「拙者は遥か昔の時代から来たリアルな侍でござる」


リアル侍は多賀の言動を拝借したもの、タイムスリップと言った方がわかりやすいがカタカナ文字はやはり言いにくい。上野少年が経緯など話すと長くなると教え、省略説明が今の言葉なのである。語尾のござるはいつの間にか口癖になっていたので使ったまで。


手のひらを机に叩き大爆笑しているナッツに合わせるように他の審査員も苦笑いをする。ひとまず予選は終えたのだ。結果がわかるのは一週間後のこと、多賀など決まったものだと息まいているが、夏風は実感がなかった。

 

 果たして予選は通過できたのだろうか?

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