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たて  作者: oga
14/26

14刀

作者 遠井moka

 上野は走り続けていた。部活動である程度体力はあると自負していたが、夏風が住んでいるタワーマンションにたどり着く頃には息が上がっていた。


「最上階なんて・・・ずいぶんと出世したんだね。夏風さんは」


 マンションの住人が出てくる時間がもどかしくてならない。こうしている間にも夏風がいなくなってしまうのではないかと、焦燥感が押し寄せてくる。


「学校サボってどうしたの?」


 気さくに話しかけてきた男に、上野は詰め寄っていた。小太りで愛想がいい医者は金もうけに走った悪人だ。多賀に言いたいことは数え切れないほど喉元まで出かかっていたが、今は夏風の心配でそれどころではない。語気を強めて睨みつける。


「今すぐドアを解除しろ!!医者としても後悔することになるんだ・・・あんたが金もう受けに走らなければ夏風さんが悲観することもなかった!!」


 鼻息を鳴らし、多賀が小走りにエントランスの番号を入力する。自動ドアを抜け、エレベータを待っている多賀を無視し、階段から最上階へ、上野は足を止めることなく上っていく。足はガクガクで息も絶え絶え、それでも足を止めてなるものかと手すりに掴まりながらたどり着いた2010号室に夏風がいる。



 足元はすっかり冷え切っていた。両の手を放せばこの世とおさらばすることが出来る。死に迷わせているのは、夏風がこの時代にやってくることとなった光景を思い出していたからだ。あの時も死を前にして眩い光が辺りを包んだ。同じことをしようとしているのに、あの光が夏風にあたることもない。


「まだ、この世に居れというのか・・・なぜ?どうして」


 顔を歪ませて脳裏に浮かんだ妻子の顔。愛おしい妻にも可愛い盛りの我が子にも会えぬまま終わらせてしまうのか。


 夏風が上体に力を込めた時だった―――


 ドンドンドンドン・・・


 うるさいほど扉を開けてくる者がいる。こちらは今から死のうとしているのに、扉を叩く手を止めない。音に交じり、懐かしい声が夏風を思い留まらせる。


「開けてよ・・・いるんでしょ?夏風さん!!返事してよ。夏風さん」


 あぁ、と引き攣った顔に笑みが浮かんだ。この世界で初めて出会った少年は、いつも夏風を助けてくれた。他人に優しく己に厳しい少年に・・・


「はぁ、はぁ、・・まって、今、開けるから」


 次いで聞こえた多賀の声に、全身が強張る。上野少年はどこまで知っているのだろう?医者のお面を被った変わり果ててしまった多賀の本性を。


「あぁ・・っつ貸して!!」


 扉の前で口論しあう声がし、勢いよく扉が開かれる。制服姿の上野少年は、1年前とは変わらない姿のまま。ただ、何か強くなっている。そんな気がするのは、彼の力強い眼差しと、物怖じもしない態度からだろう。


「そこから飛び降りて何になるの・・・夏風さんは人を信じすぎなんだよ!!僕には強いこと言ったくせに、自分はすぐに諦めちゃうんだ。僕は諦めるって言葉が一番嫌いなんだ。どんなにつらい毎日でも変わり映えのない日々でも、心の持ちようで変われるんだよ」


 一歩一歩とベランダ側へと近づいてくる。説得しながら距離を詰めていく上野少年。多賀は尻もちをついて呼吸を整えることしか出来ないようだ。


「北欧とは?」


 こんな時に場違いな質問を投げてしまう。1年ぶりに出会った上野少年が、いじめっ子の北欧ムサシを倒したのか気がかりで仕方がなかった。少年は苦笑し左右に首を振る。


「変わりないよ。でも、大事なこととか気づけたから感謝してるんだ。だって、彼が僕を強くさせてくれる相手だってのは変わりないし、彼がいなければ静かな高校生活だったからさ」


 強くなっていたと感じたのは間違いではなかったようだ。上野少年の心が強くなっていた。夏風の上体に腕を回して、中へと引き入れる力も以前より増していた。


「それにさ、夏風さんが頑張ってたから僕も頑張れた。夏風さんは凄いよ・・・縁もゆかりもない時代でも真っすぐに生きているカッコいいよ」


 上野少年は鼻の下を掻きながら照れくさそうに笑う。今しがた人生を諦めかけていた武士にはもったいない言葉。彼が夏風をそう慕っていたと初めて知った。


 そうして二人の仲が少し近づいた日になった。

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