13刀
作者 oga
突然、胸ポケットに入っていたスマホが振動した。
「……こんな時に、メールでござるか」
確認するか迷ったが、夏風はスマホを手に取り、メールの内容を確認した。
そこには1年前に喧嘩別れのような形になってしまった、上野少年からのもう一度会いたい、という内容が記されていた。
「上野殿…… す、すまぬっ…… 拙者が未熟であったが故、このようなことに……」
夏風は、目から止めどなく涙が溢れ、スマホの画面にそれがポタポタと滴った。
夏風は今、自分の住むタワーマンションの屋上に来ていた。
週刊誌の記者に写真を撮られ、その記事が全国に出回ったのを境に、突然、世間の自分を見る目が変わった。
「このっ、嘘つきがっ!」
今まで、道端を歩いていただけでサインをせがまれていたのに、今度は掌を返したように、石や罵声が飛んでくる。
「一体、何が起きたでござるか!?」
夏風は多賀に理由を聞いたが、偽物の疑いがかけられている、こちらもお侍さんが本物だという証拠を準備しているから、それまで身を隠していて待っていて下さい、と指示を受けた。
しかし、家にいてもSNSやネットで夏風を攻撃する世間の声は止まらない。
次第に、夏風は追い詰められた。
外の景色を眺めながら、夏風は思った。
(拙者にはどうやら、この日本のどこにも居場所はないようでござる)
夏風は、上野少年にメールをいれ、タワーマンションの縁に足をかけた。
授業の4限目。
朝食を取った後の数学はとてつもなく眠い。
上野少年が机に突っ伏していると、スマホの着信があった。
(メールだ……)
まさか、と思って慌ててスマホを確認すると、やはりさっき送ったメールからの返信だった。
その文章を読み上げると、上野少年の鼓動はどんどん早くなっていった。
そして、ガタッ、と立ち上がると、授業中だというのもお構いなしに、その場から走り出した。
「上野ッ! おいっ、授業中だぞ!」
「先生、俺、連れ戻します」
北欧ムサシも立ち上がると、廊下へと出た。
そして、慌てて走る上野少年の後ろ姿に向かって、叫んだ。
「オイ、あの侍から返事があったのかよ」
上野少年はビクッ、として立ち止まった。
そして、背を向けたまま、言った。
「……アイツ、死ぬ気かも知れないんだ」
上野少年の受信したメールには、こう書かれていた。
RE:上野殿へ
拙者としたことが、少し浮かれていたらしい。
どうやら、拙者の旅路はここまでのようじゃ。
心残りなのは、上野殿が北欧ムサシに勝てたかどうかでござるが…… 必ず、上野殿なら勝てるでござるよ。 最後に、あの時はすまなかった。 では。
「いかなきゃ、行けないんだ」
「それなら、俺を倒してから行きやがれ。 そっちの方が、感動的だろ?」
「……」
上野少年のこの1年は、まさに打倒北欧ムサシの為の1年だった。
今、ここでその集大成を見せる時なのかも知れない。
しかし、上野少年の口からは、意外なセリフが飛び出した。
「今は、目の前の勝敗なんて何の価値も無い。 僕は、君との勝負を捨ててでも、もっと大切な者を守りたいんだ」
「はあっ、勝敗より大事なこと!? あるわけねぇだろ、そんなもん!」
「僕にはあるんだっ!」
上野少年は、北欧ムサシを振り切り、走り出した。




