初めての出社①
「本日から経理部に中途の方が入られました。大石さんです。
では挨拶をお願いします。」
総務課長がフロアの全員に語りかける。
「本日から経理部に配属となった大石と申します。
色々とご迷惑をお掛けするかと思いますが、早く戦力になれるように頑張ります。
よろしくお願いします。」
挨拶をして一礼。拍手が起きる。
「じゃあ制服のサイズ合わせと、就業規則の説明をするからこっちへどうぞ。」
人事の吉田さんが話しかけてくる。面接の時に対応してくれた人だ。
執務フロアの隣にある会議室へ案内される。
「いやー、うちに入っちゃったかー。
他の会社も受けてたんでしょ?うちでよかったの?」
「あはは。一応他にも受けてましたがスギヤママシナリーが一番早く内定をくれましたし。」
「そうかー、ああ、制服のサイズはどのくらいにしようか?
上下でそれぞれ選べるから、用意してるやつから、合ったのを選んでね。」
「分かりました。」
吉田さんは席を外してくれた。
並べられていた中から、普段着ているLサイズを選ぶ。
スーツを脱ぎ上下作業着に着替える。
「インナーは自由だから、明日からはワイシャツでもカットソーでも何でもいいよ。
じゃあ、これからロッカーとか案内するから。
三木くんお願いね。」
「はい。」
三木くんと呼ばれた20代後半くらいの彫りが深いイケメンが案内してくれるようだ。
面接の時にメモを取っていた人だと思い出す。
「こっちです。」
「はい。お願いします。」
「僕ら管理本部のフロアがあるここが2階で、ロッカーは1階の社員通用口の近くにあるんすよ。」
「社員通用口があるんですね。」
「はい。今日大石さんが来た正面玄関の左側の方です。
ロッカーのついでに案内します。」
階段を降り、事務棟に隣接する工場につながる廊下を歩く。
ロッカーは事務棟から工場棟に入り、左側に進んだところにあった。
「ここが大石さんのロッカーです。
ハンガーも1個入れときましたんで使ってください。」
「すみません、ありがとうございます。」
着替えたスーツをハンガーにかける。
そのまま社員通用口に案内してもらい、出退勤のカードリーダーの説明を受け、さっきの会議室に戻る。
「じゃあ次は野嶋部長が大石さんの担当業務の説明をしてくれるらしいんで呼んできます。」
そう言って三木さんが会議室から出てしばらくすると、渋めのナイスミドルが入ってきた。
「経理部長の野嶋です。これからよろしく。」
「大石です。こちらこそよろしくお願いします。」
立って礼をする。
「まぁ座って。
地元を離れてたんだったね?もうこっちの暮らしには慣れたかい?」
「ええ、戻ってきてからもう半年ほど経つので、だいぶ慣れました。」
「それはよかった。東京にはどれくらいいたんだい?」
「大学の頃からなので、10年程です。」
「そうか。俺も大学から地元を離れてたんだが、転職して戻ってきたんだ。
管理本部は転職組が多いからすぐ馴染めると思う。」
「そうなんですね。それは心強いです。」
「ああ。今は体調が悪くて休んでいるが、君の直属の上司も転職して入社した人だ。
頼れる人だから戻ってきたら色々と教わるといい。」
俺は経理部の中の内部統制室という部署に所属することになる。
直属の上司にあたる室長がいるが、体の不調で今は長期休暇中らしい。
野嶋部長が持ってきてくれた、株主向けのIR資料を使って会社の説明を受ける。
メインの工作機械事業が売上高の9割を占め、残りは新規事業で構成されているらしい。
組織としては管理本部、営業本部、生産本部があり、管理本部には総務人事部と経理部が置かれている。
経理部には、経理室、経営企画室、そして俺の配属された内部統制室の3つの部署がある。
「今うちの会社は業務システムのリプレースに向けて動いている。
システムの変更で業務プロセスも変わるので、内部統制も見直す必要が出てきた。
君にはお休み中の室長に代わって、その内部統制の見直しをやってもらう。」
「はい。未経験の仕事で分からないことばかりですが努力します。」
「内部統制の本がいくつかあるので渡すから読んでくれ。」
2冊の本を渡される。両方ともそれなりに分厚い。
「最初は今ある資料を読み込んで、現在の業務プロセスを把握してくれ。」
「分かりました。」
「じゃあ、説明は以上だ。席に案内しよう。」
会議室を出て隣の執務フロアに入る。
フロアの中央からやや奥にある、2つ並んだ空席の内の1つが俺の席だった。