高く上がれ! 洸汰→瞳子
男の子が先輩に恋に落ちるワンシーンです。
その人は風のようだった。
100mを走り抜ける姿はさっそうとしていて、陸上は素人の俺でもきれいなフォームだと分る。
ゴールを走り抜けても止まらずに軽いジョグでスタート地点まで戻って来る。そしてまたダッシュの繰り返し。
視線をそらすことができなかった。
高校に入学して一週間。中学から続けていたテニス部に入るつもりでコートに向かっている途中、その人で出会った。出会ったと言うよりは見かけたとか目に入ったという方が正しいか?
人を見てキレイだと思ったのは生まれて初めてだった。
中学のときに可愛いなと思う同級生はいたけど、こんなに目がそられなくなるほどの衝撃を受けたことはない。
「おーい!洸汰固まってどうした?」
一緒にテニスコートに向かっていた友達が不審に思って声を掛けてくる。急に立ち止まった俺の眼の前で手を降っている。
「早く行こうぜコートは向こうだろ」
「ああ」
手を引っ張られても、足が固められているように動けない。
「俺たちすぐレギュラーじゃね?なにせ全中で団体ベスト8のレギュラーだったんだし」
嬉しそうに語る涼真の声も耳を抜けていく。
「おれ…陸上部入る」
「へ?」
「ごめん、陸上部に入るわ」
無意識に口からこぼれた言葉に俺自身も驚く。
それ以上に隣の涼真は鳩が豆鉄砲食らったような顔をしている。
「陸上部って、お前本気?」
「うん‥本気」
もう一度「ごめん」と叫んで駆け出した。
自分でも意味のわからない衝動に駆られて走り出す。
風をきるように走る彼女のもとに近づきたいと強く思った。
彼女は今走るのをやめて、立ったままストレッチをしながらストップウォッチを持つマネージャーらしき人と談笑している。
「あの…」
息を整えながら声を掛ける。
いきなり知らない一年生から声をかけられて少し戸惑ったような顔をしながら二人が俺の方に視線を向けている。
「どうしたの?あなた一年生?」
「俺…陸上部に入部したいんですけど…」
「ホント!!嬉しいわ!君足早そうだし、大歓迎よ!」
マネージャーの方に言われた。隣の彼女もニッコリと満面の笑みを浮かべた。
「ようこそ!陸上部に」
キュン!と音が聞こえた気がした。
急に周囲の景色が薄れて、彼女が光って見えた。
「よろしくおねがいします」
絞り出した声は震えていたかもしれない。
これが一目惚れで初恋だと俺が自覚したのは少し先のことだった。