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その1

「ねえ。佑…でしょ?」

アイヴィーは思わず天をあおいだ。

JR大石田駅。あれほど遠くに感じていた地元は、山形新幹線に乗って3時間ちょっとで到着してしまった。

アイヴィーの地元・山形県尾花沢市はごく普通の田舎町。東京のような、ましてや高円寺のような異文化が混ざり合う地域ではない。

服装は十分控えめにしてきたつもりだったけど、それでも東京駅で2度、新幹線内で1度、握手を求められた。自分が急速に有名人になっている。いろいろな感情が渦巻いているが、一番に感じるのは戸惑いだ。

地元で誰かに会わずに済むとは思っていなかったけど、まさか改札を出て2分で声をかけられるとは…。

「…よく分かったね。」

「だって赤い髪の人なんか、この辺じゃ見かけないもん。うわー、佑だ!すごーい、びっくりー!」

アイヴィーはまた天をあおいだ。

確かにベレー帽の横からフワフワと揺れる赤い髪は、新幹線を降りた時から好奇の眼差しを浴びていた。改めて、ここは高円寺じゃないってこと。

「久しぶりだね。」

アイヴィーが向き直ったのは、会社の制服らしい事務服を着た長い黒髪の女性だった。痩せぎすの身体に丸っこい金縁の眼鏡をかけた、色の白さが目立つ地味な顔立ち。

絵里子は同じ高校の同級生だった。アイヴィーが家出をした3年生の時も同じクラスで、たまに話したり遊びに行ったりしていた。

友達、ということになるんだろう。形の上では。

絵里子のことを嫌う理由はなかった。同時に好きになる理由もなかった。「何となく」一緒にいただけだった。

絵里子だけじゃない。高円寺に来るまでアイヴィーに本当の友達、本当の仲間なんて誰もいなかった。

誰も分かってくれないから適当に話して、適当に付き合っていただけ。それは絵里子も分かっていたはず。

「テレビ、観たよ~!すごいね、佑。立派になっちゃって。」

そう言って絵里子は恥ずかしそうに事務服の襟を撫でつけた。

東京に出て、「パンク・ロックの歌姫」として華々しく歌手デビューを果たす元クラスメート。かたや自分は未だ地元から出られず、地味で退屈な毎日を送っている。

目の前にいるアイヴィーが何と立派に見え、自分が何と小さく見えることか。

アイヴィーには絵里子の考えていることが手に取るように分かった。絵里子はそういう考え方をする子だ。

だから、彼女に何のシンパシーも感じなかったのだ。

「やだ、何から話せばいいんだろう…元気?」

「お陰さまで。絵里子も元気?」

「うん、何とか。アタシ、こんな格好で恥ずかしい…。」

「仕事中なんでしょ。近くに勤めてるんだ?」

「いま、お昼休みなんだ。もうすぐ戻らなきゃ…いつ、こっちに来たの?」

「さっき。改札出たら2分で絵里子に会ったから驚いたよ。」

「あはは。でもその格好は目立つよ、山形じゃね。」

…赤い髪だけじゃないのか。地味な服を着てきたつもりだったが、感覚が完全に高円寺なんだな、アタシ。

「いつ帰るの?」

「明日の夜。」

「えーっ、そうなの?じゃあ時間とれないよね。久しぶりに会えたから飲みにでも行きたいけど…今夜は実家でしょ?」

「分かんない。そっちには泊まらないつもりなんだ、駅前のホテルを予約したから。」

「えーっ。何で…あ、いや。ごめん。いろいろあるよね、そうだよね。」

絵里子は気まずそうに言った。

「家出少女だったからね。そこは別に気を遣わなくていいよ。」

アイヴィーは事もなげに答える。絵里子の顔が少し緩んだ。

「あの時、学校で大騒ぎだったんだよ。誘拐事件じゃないかって警察まで来て、根掘り葉掘り調べられて。」

「あー、それは考えてなかったな。迷惑かけたんだね、ごめん。」

「アタシたちは別に…話を聞かれただけだから。でも先生たちは大変だったみたいだよ。」

家出をして数日後、アイヴィーは実家宛てに手紙を送っていた。「自分を見つけたら帰ってくるかもしれません」とだけ記し、写真を一枚添えて。

まだ赤い髪ではなかったが、革ジャンを着て中指を立てた写真。それ以上何も言うつもりはなかったし、それで伝わると思った。

それ以来、今日まで地元のことは頭の片隅に放っておいた。

「こっちには役所の手続きとか、そんな関係のことをやるつもりで来たんだ。実家には帰るかもしれないし、帰らないかもしれない。まあ気分次第だね。」

「そうなんだ…じゃあ、後で連絡してもいい?今夜、飲もうよ。いろいろ話したいことあるし…ねえ、いいでしょ?」

アイヴィーは少しためらった。話が早すぎるし、あんまり好きな展開でもない。

それでも彼女は同級生で、ある時期はずっと一緒にいた仲だ。

検討するくらいの義理は…。

「…LINE、やってるでしょ。スマホ出して。今日の予定はまだ何も決まってないから、連絡くれた時にタイミングが合えばってことでね。ダメでも次は付き合うから。」

次があるのかないのか、それはアイヴィーにも分からない。

「うん、連絡するね!」

絵里子は嬉しそうな顔を見せ、二人はLINEのIDを交換した。

駅前に立つ、赤い髪の派手な女。周りの人々は声を潜めて噂をしている。テレビの効果は絶大だ。声をかけてこない理由は、単に控えめな山形気質に他ならない。

絵里子がそんな周りをチラチラと見ているのには気づいていた。

友達に会えて嬉しいのか、それとも同級生の有名人に会えて嬉しいのか。アイヴィーはそんな勘繰りをしてしまう自分に少し嫌悪感を覚えた。

「もう行かなきゃ。昼休み、終わっちゃう。」

「うん。」

「絶対、連絡するからね。」

「分かったよ。」

興奮気味に絵里子はアイヴィーと手をギュッと握り、大きくバイバイしながら離れていった。アイヴィーは黙ってそれを眺めていた。


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