夢の列車
旅立ちの日 僕は父さんと母さんに手を振って約束した
「僕はいつまでも純粋なままだよ」
列車は走り出し自分の未来を回想していく
遠のいていく景色は綺麗なままだ
夢や希望なんていらないから金をくれだなんて随分お前たち落ちぶれたもんだな
金の生る木は夢や理想を肥やしにしてるんだよ
大衆に吐きかけた唾が自分に跳ね返るのをその頃の僕はまだ知らない
夢中になれるものを僕はひたすらに探した勉強仕事に追われる連中になんて目もくれずに
自分が熱中出来なくてどうして誰かの心を動かすことが出来るんだい?
斜めに傾いた視線と目線は時に人を傷つけ射抜いていく
僕は列車の行き先が行き止まりになっていることに薄々勘付いている
それでも列車を止めることはもう誰にも出来ない
だってそれは夢と野心がない交ぜになった「幻想」をエネルギーにしているのだから
ある日僕は気疲れして息切れして善も悪も溶かし込んだスープを飲み干すのを躊躇するようになった
誰か僕を助けて欲しい誰か僕を救い出して欲しい僕はお前たちに夢と理想を与えてやったはずだろ?
僕が持つ魂の骨が折れるのに時間はそうかからなかった
知らない病院の一室で僕はうつ伏せになって寝ている 息も最早絶え絶えの僕に畳みかける声
情けないもんだな お前一体何のために生きてんの?
軽蔑して唾を吐いた人々そのものに救いを求めるなんて
仕様がない奴だな お前は一体何を喜びにしてんの?
自分の感度センス情緒感情想い五感が全てだと言ったのお前の方だろ?
泣けてくるぜ 苦しいくらい お前は一体何をしに生まれたの?
お前は一体 お前は一体 本当に 「お前は一体」
退院した僕を待っていたの冬の大地 凍てつく風が僕を突き刺す
僕は故郷に帰る列車へ逃げるように乗り込む
僕は自分へ浴びせられる嘲笑から耳をふさぎ ひたすら美しいメロディに逃げ込む
季節は衰えつつ春から夏 夏から秋へと変化していき僕は呟く
心の在り処は僕自身であったはずなのにそれを探すための帰路に着くなんて
僕は自分の頬に皺が頭髪には白いものが目立ち始めているのに気づく
僕は一人の異性と出逢った 彼女の整った顔立ちと横顔のシルエットが僕の胸をとらえる
二人は気遣い合いながらも距離を縮めて一人の子供をもうける
それが「幸せ」だなんて僕は死んでも口にしたくなかったのに
子供は僕を追い抜いて成長していく 僕がかつて口にしたセリフ 取った行動すべてを踏襲して
僕は時代にも歴史にも現実にもはては夢や理想にも置いてけぼりにされていた
ふと思い出すのはあの時研いだナイフを友人はまだ持っているだろうかということ
列車は故郷にたどり着いた その時には僕は働きづめで自分のしたいことやりたいこと好きなものなんてとうに忘れていた
帰郷した僕に告げられるのは僕の父さんと母さんの訃報
僕は親孝行の一つもしてやれなかったと形だけでも嘆いてみせる
僕は友人に再会する 彼の右手にはあの時二人で研ぎ合ったナイフが握られたままだ
だが左手には彼が浴びるように飲むアルコールが握られている
彼は淀んだ目で僕に尋ねる 「二人は何かを決意して旅立ったはずだが」
僕は友人と夜通し語り尽くした 人生のこと親のこと恋人のこと子供のことそして僕たちがかつて武器にしていた「夢や理想」について
ショックと痛みだけが胸を貫き僕は泣き続けるしかない
こんな旅でこんな幸せを手に入れるだなんて 本当に
情けない
駅に停車したままの列車は僕にもう一度乗るように勧めているかのようだ
だが僕の足は固まったまま動かない それが僕の現実だ日常だ
僕に救いがあるとするならば それは 「僕が今幸せであること」
お別れの日 葬送曲の流れる教会で僕は父さんと母さんの面影を思い出す 僕の口から零れるのは悲しい懺悔と告白だ
「僕は純粋なままだよ 今でもずっと これからもずっと ただし幸せという代償ですべてを賄ってね」
列車は誰か僕の知らないもう一人の旅人 「誰か」を乗せて走り出す
季節と年月はまばたきするゆとりさえ与えないまま過ぎ去り 僕の未来の回想は終わる
ふと気づくと僕の傍らには子供の頃のままの僕がいる
彼と眺める景色は永遠にストップしそれでもやはり綺麗なままだった
僕の純粋な心のままずっと 時間が止まったかのように