ネコの恩返し
昔むかし、というのは大げさでちょっとだけ過去のこと。あるところに佐藤という冴えない大学生が住んでおりました。
佐藤は二十歳にして彼女いない歴二十年、恋人もいなけりゃ友達もいないというボッチぶりを発揮しており鬱々とした大学生活を送っていました。
そんなある日のことでした。佐藤はいつものように大学に通って講義を真面目に受けて昼ご飯は一人寂しく取って、また講義を受けて下宿先のアパートに直帰するというルーチンをこなしていました。
佐藤はアパートの前のゴミ捨て場で一匹の黒い野良猫を見かけました。右の後ろ足の付け根が血で真っ赤に染まっていて、歩くのもままならないような状態でした。
いくらボッチな彼でも弱者を見て見ぬふりはできません。黒猫は不吉と言われますがそんなことも関係ありません。佐藤は野良猫を抱え上げると、大家さんに見つからないようにして部屋に入れました。
「足が治るまではここに置いてやるからな」
「にゃあ」
幸いなことに骨折はしていないようだったので、消毒をして慣れない手つきで包帯を撒きました。それからコンビニでキャットフードを買ってきて与えてみたところ、余程お腹が空いていたのか勢い良く食らいつきました。
「あはは、いい食べっぷりだなあ」
「にゃあ」
野良猫の世話は乾いた大学生活のちょっとした潤いになりました。そのまま飼ってしまいたいと思いましたが、やがて足が動くようになって歩けるぐらいにまで回復した時でした。大家さんが訪ねてきて唐突に「佐藤さん、あんた猫を飼っとらんだろうね」と言われたものだからドキッとしました。どうも鳴き声を聞いた住民が告げ口したようでした。
その場はどうにかうまくごまかした佐藤でしたが、もうここには置いておけません。佐藤は泣く泣く野良猫を手放すことにしました。
「残念ながらお別れだ。達者で暮らせよな」
「にゃあー……」
とぼとぼと歩いて立ち去る佐藤の後ろ姿を野良猫は寂しげに見つめていました。
野良猫がいなくなってから一週間経ちました。休みでバイトも無く、かと言ってどこに行く当てもない佐藤は部屋でゴロゴロしていると、ピンポーン、とチャイムが鳴りました。
「宅急便かな」
佐藤の部屋を訪れるのは大家さんか宅急便、もしくは宗教の勧誘でした。宗教の勧誘は昨日追い返したばかりで、大家さんとも野良猫を手放した日以来特に何もありません。となると宅急便しかありませんが、最近はネット通販を使っていません。となると、親が何か送ってきてくれたのでしょうか。
佐藤はドアを開けました。
「こんにちはー!」
現れたのは小柄な美少女。短い黒のツンツンヘアー、Tシャツにショートパンツ姿が佐藤の目には活発的に映ります。宗教の勧誘の人間だと例外なく目つきが危ないのばかりですが、彼女の大きなツリ目はそのような悪い印象とは全く違うものでした。
となると、彼女は何者でしょうか。
「あのー、どちら様で?」
「以前にあなたに助けてもらった猫です!」
「えっ……」
「驚くのも無理はないですよねー。ということで証拠をお見せします」
少女はそう言ってショートパンツの裾をめくり上げました。パンツが見えそうで彼女いない歴二十年の佐藤にとっては刺激的で目のやり場に困るほどでしたが、恐る恐る見てみると右足の付け根に傷跡がありました。
「じゃあ、本当にあの時の猫……?」
「そうです! 助けてもらった恩をお返ししたくて考えに考えた末に、私を差し上げることにしました! でもこのアパートはペット禁止なんですよねー。というわけでいろいろあって人間の姿になりました。これで大丈夫ですよ!」
何がどういろいろあったのかは知りませんが、少女は上目遣いで佐藤を見つめています。大きなツリ目は確かに拾った野良猫のようでした。
「……とにかく中に入って」
「お邪魔しまーす!」
少女を家に招き入れた途端でした。彼女は「にゃー!」と叫んで佐藤に飛びかかり、そのまま床に押し倒しました。
「これからはご主人さまと呼ばせてもらいます。さあご主人さま、私と愛を深め合いましょう!」
「ちょっ、ちょっと何を……あーーーー!!」
こうして佐藤はリア充になりました。
さて、佐藤の隣の部屋に鈴木という「キモオタメガネデブ」という酷いあだ名しかつけようが無い大学生が住んでいました。彼は佐藤とは別の大学に通っていましたが、やはり彼もまた二十歳にして彼女いない歴二十年。しかし佐藤と違い大学もまともに通わず半ひきこもり状態で、ほぼ留年が確定しかけているような有り様でした。
この鈴木、実は佐藤と人間と化した猫少女とのやり取りをこっそりと聞いていました。佐藤は彼にとってどうでもいい人間であり会話どころか挨拶もろくにしたことがありませんが、自分を差し置いてリア充になった佐藤に対してにわかに妬み嫉みの感情が湧き上がりました。
「くそっ、俺だってその気になりゃ……そうだ、良いこと思いついた!」
鈴木は改造エアガン(違法)を持ちだして部屋を飛び出しました。三日ぶりの外出です。
「猫、猫はどこだ!」
キョロキョロとあちこちを見回して不審者感丸出しの鈴木。すれ違った者が道端に転がっている犬の糞でも見るかのような視線を鈴木に向けます。
「いた!」
白い野良猫が民家の塀の上をテクテクと歩いています。鈴木は死角から何の躊躇もなく猫に銃口を向けて引き金を引きました。
「ぎにゃあー!」
弾は右の後ろ足の付け根に命中、そのまま地面に倒れました。そして近寄って白々しくもこう言いました。
「誰がこんなことをしたんだ! かわいそうに、俺が治してやろう」
白猫をひょいと抱え上げてアパートに戻ると、下心丸出しではありましたが治療行為はちゃんとやりました。佐藤と同じようにキャットフードを食べさせもして、歩けるようになったところで開放してやりました。
「悪いがアパートはペット禁止なんだ。達者で暮らせよな」
などとまたも白々しく言いながら別れたのでした。
それから一週間。鈴木はいつものように部屋に引きこもってネットゲームをやっているとチャイムの音が鳴りました。
「来たっ!」
鈴木の部屋にも一応は大家さんに宅配便、そして宗教の勧誘がやって来ますが、彼は助けてやった猫が恩返しに来たのだと勝手に決めつけていました。
「はい、どちら様でしょうか!」
ドアを開けた途端、目に飛び込んできたのは白い短髪に白いTシャツに白い短パンを履いた色黒で筋肉モリモリの大男でした。
「チッ、誰だよ?」
鈴木は態度を急変させました。白づくめの男は大声で笑いながら答えました。
「以前君に助けてもらった猫だ!」
「ブッ!!」
鈴木は思わず鼻水を噴射してしまいました。
「驚くのも無理はないな! では君に証拠をお見せしよう」
男は短パンの裾をめくりあげました。二次元三次元問わず可愛い女の子が好きな鈴木にとっては拷問に等しい行為ですが、恐る恐る見てみると右足の付け根に傷跡がありました。
「じゃあ、本当にあの時の猫……?」
鈴木は戦慄しました。そう、彼が自作自演で助けた野良猫はオスだったのです。
「そうだとも! 助けてもらった恩をお返ししたくて考えに考えた末に、俺の体を差し上げることにした! だがこのアパートはペット禁止だ。というわけでいろいろあって人間の姿になったのだ。さあ、これでもう大丈夫だぞ!」
「何が大丈夫だ! 恩返しなんか要らんからどっかに行け!」
鈴木はドアを閉めようとしましたが、男はドアに手をかけると物凄い力でこじ開けようとしました。
「ひいいいい!!」
ホラー映画のような光景に顔面蒼白になった鈴木はドアチェーンをかけました。警察を呼ぼうとスマホに手をかけた時、ドアチェーンもバキッと無情な音を立てて引きちぎられました。
鈴木は腰を抜かして失禁してしまいました。床にできた水たまりも気にせず、男は鈴木にのしかかりました。汗の臭いと荒い息遣いが鈴木の恐怖心をかきたてます。
「これからはご主人さまと呼ばせてもらうぞ。ちなみに俺は猫だがタチだ。さあご主人さま、俺と愛を深め合おうぜ!」
「やめろ、やめろーー! アッーーーー!!」
買い出しが終わった佐藤と少女が腕を組んでアパートに戻ると、筋肉モリモリの大男が「こんにちは!」と挨拶してきました。
「あ、こんにちは」
佐藤たちが挨拶を返すと、大男はニコッと笑って隣の部屋に入っていきました。
「あれ?」
「どうしたんです、ご主人さま?」
「いや、ここの部屋の人、あんな筋肉マンじゃなかったんだけど。引っ越したのかな?」
挨拶もしてこなかった陰気なメガネ男とは違い爽やか筋肉マンはインパクトがありましたが、少女とイチャイチャしながら夕飯を作るうちにどうでもよくなったのでした。おしまい。
苦情は一切受け付けまへん。




