4 切り裂きピエロの遊戯 肆
道化師の白い手袋が指先から避けて、長くて黄色の尖った爪が現れた。
「流星、お前は何でここにいるんだ? お前は自分がここにいる意味を理解しているのか?」
「俺は、お前に招かれてここに来たんじゃない。俺は自分の意志でここにいる」
「ここがどういう所か知っているのか? お前は知るわけがない。知る必要もなければ分からなくていいのだ」
道化師の訳の分からない問答を真剣に付き合う必要もないので流星は無視をした。
するとピエロの赤色の唇が耳元まで裂けて、肉食魚のピラニアのような鋭利な歯を剥き出しにして噛み付く仕草をしてからおどけてみせた。
「流星、お前の皮を少しずつ剥いでやる!! 殺してと泣き叫び時には命乞いもするお前の皮をオレの爪で剥いでやる!!」
山羊の眼で流星を見詰めながら蛇のような先端が二又に別れた舌を出して流星を挑発した。
赤色の扉の内側は全面鏡であり、干し肉のように人間が吊るされている。
鏡面の中には閉じ込められているであろう数人の子供たちや大人がいた。
「流星とお前のお友達はあの鏡の中で暫く待機だ。何故って? それはお前たちの皮を剥がしやすくするために飢えさせてから皮膚が弛んでから剥ぐと綺麗に剥けるんだよ」
邪悪なピエロは黄色い山羊の目を大きく見開いて、流星の顔の前でそう言った。
「殺すならさっさと殺せ!!」
「殺さない……ここにいる皮のない奴らも皆生きてる。苦痛に耐えながらな。風が肉体に触れるだけでも全身に激痛を伴う。それでも皆死にたくないと思っている。誰かが助けてくれるとな!!」
蛇の舌が流星の首筋から頬まで舐め上げた。
「お前は邪悪な悪魔だ!! 地獄に堕ちろ!!」
「地獄ならとっくの昔に堕ちたさ。お前が生まれる遥か昔にな。お前は自分は”善良な人間”だと思っているだろ?」
ピエロは皮肉めいた忍び笑いした。
「お前だけじゃないこの世の人間は少なからず”自分は善良で神に護られている特別な人間だ”と信じているはずだ」
「誰だってそう思うさ! 自分が邪悪な悪魔だと思っているわけがないだろう!!」
流星の燃えるような憎しみの炎を湛えるその瞳を見詰めながら道化師は狡猾な笑みを浮かべた。
「それが危険なんだよ。道徳的に幼少期から教え込まれたことが皆正しかったか?」
「ど、どういう意味だよ!?」
「お年寄りには優しくしろと習う。公共交通機関で座席に座れないお年寄りには席を譲れとな」
「そう……だよ」
「席を譲った若者は罵声を浴びせられる時代だ。自分は高齢者ではないと激高した年配者は若者へそう言い若者の善意を踏みにじる。これが正しいことか?」
「……」
「これは年配者だけが悪いのか? 高齢者と思われたくないと思う人に大きなお世話をして相手の自尊心を若者は傷つけてはいないか?」
「わ、わからない」
「若者は自分よがりの善意の押し付けをしたお節介なだけなんじゃないのか? どちらが正しくてどちらが間違っている?」
道化師の顔は無表情であり瞬きもせずに淡々と流星に問い続けた。
「そんなこと分かるはずがない! 人間は皆考え方が同じじゃないんだ!! 答えは一つだと限らないだろう!!」
邪悪なピエロはピラニアのように鋭利な歯をカチカチと鳴らしながら流星から離れた。
一度後ろを向いて滑稽なダンスを披露すると再び流星と対峙した。
その手には大きな箱が抱えられている。
それを左手に乗せてから宙へ放り上げると右手の上に乗せて受け止める。
それを連続で繰り返し始めた。
ジャグリングは次第にその早さを増して、最後には流星の両手の中にいつの間にその箱があった。
恐るおそる中を覗いてみると、中には黒い割れた陶器の破片のような物が入っていた。
「流星、お前は口が達者だな。オレからのこころばかりの贈り物だ。受け取ってくれ。お前は二枚舌でオレを言い負かそうとしているんだろう!?」
ピエロは大きな口に手を当てて可愛らしく笑ってみせた。
流星は箱の中からその一つをつまみ上げてみた。
三角形のような黒い塊は何か嫌な気持ちしか感じない。
それが何であるか分からないが、つまみ上げたものを一つ箱の中へと戻した。
「俺はいらない! 友達と一緒に元の世界へ帰して欲しい」
「ならその中の物を喰えば帰してやる」
「これは食い物なのか!?」
道化師は愉しそうに頷いた。
見るからに毒々し黒い固形物を目の前の悪魔は喰えと言っている。
流星は困惑し額から汗が滲み出た。
「さあ、喰え!」
狡猾な眼を光らせながらピエロは凝視する。
「こんな物が喰えるか!」
流星は箱の中身を道化師に向けてぶちまけた。
無数の三角形をした黒い固形物が道化師の足元に散乱した。
ピエロはそれらをつまみ上げると、血相を変えて次々と口の中へと頬張り美味しそうに食べ始めた。
飢えた餓鬼が食べ物を貪るような姿に悪寒を感じた。
道化師は全てをたいらげると大きなゲップをし恥じらいながら失礼と詫びた。
「何を食べたか気になるだろう?」
「……」
気にならないと言えば嘘になるが、知りたくもなかった。
「それは……」




