5話 黒い髪
最高に気まずい。
僕が「いい天気ですねー」と当たり障りのなさそうな話題を振ってみても、興味なさげに一瞥されただけで返答はなし。話題を振っているんだから、なにかしら言葉を返してくれてもいいと思う。
何か用があってここに残っているのだろうし、早急に用件を済ませて出ていってくれないかなー、この人。
何も言わず扉の付近に佇まれても対応に困る。
無言のコンさんと向き合っているだけの状況に耐えきれなくなり、うろうろと部屋を見て回り、ベッドに寝転んでみたりした。素人目にも、すべてが高級なものだと見て取れる。
存在感を隠しもしない誰かさんさえいなければ、このふかふかなベッドで今すぐにでも寝てしまえそうだ。
「貴方は、何者ですか」
布団の中で動かなくなった僕に、さすがにしびれを切らしたのか、ふいに彼の低い声が室内に響いた。
大きい声を出したわけではなく、むしろ呟くような問いかけだったのに、その低く艶やかな声はやけに通りがよい。
布団から起き上がると、コンさんの射抜くような視線とかち合った。警戒心の浮かぶ表情と、問いの意味を考えた。
勇者の付属物でしかない僕が歓迎されないのは分かるけど、こんなに警戒するものか? 突然知らんところに連れてこられて、警戒するのはこっちなんだが。
ともあれ、ここで下手に嘘をつく必要はないだろ。正直に答えて、警戒を解いてくれればいいし、そうでなくとも悪い方には転ばないはずだ。
「何者って言われても、勇者として連れてかれた子の幼馴染で、近くにいたら魔法陣に吸い込まれてしまった一般人。そうとしか答えようがないよ」
しっかり目を合わせてそう告げる。目はすぐに逸らされてしまった。
おそらく僕の答えは彼の求めていたものではなかったんだろう。眉間に皺を寄せ、考えるように顎に手を当てた。
表情の変化に乏しい人だと思ったけど、こういう負の表情を顔に出すのは上手いらしい。それでも整った顔立ちの人は、それだけでマイナスイメージが緩和される気がするから世の中は理不尽だ。本当に世知辛い。
グレーの瞳が細められて、何故か深く息を吐かれた。
「その髪の色は生まれつきですか?」
「はあ? 髪の色?」
僕から目を逸らしたまま窓の外を眺めているコンさんが、急にそんなことを言いだした。
なんで急に髪の話になったわけ?
ハッ、まさか、黒髪は悪の象徴だとして迫害されている感じの世界だったりする? カラフルな色素の世界観ではなくもない話だし、それならこの唐突な話題転換と警戒心にもうなずける。
思い返してみれば、メイドさんの中に黒い髪の人は一人もいなかった。母数が少なすぎて、それだけで判断するのは早計だとは思うけど。
もしも想像通りだとしたら、結構ヤバイんじゃないだろうか。
流石にかつらなんて持ち歩いていないし、パーカーも桜に貸してしまったから髪を隠すことも出来ない。
いや待てよ。コンさんのなっがい髪の毛を毟って、かつらを作ればいいのでは? そうだ、そうしよう。
そんな非現実的なことを考えながら綺麗な銀の髪を見ていると、腕を組み直したコンさんがため息と共に話し始めた。
いちいちため息吐くのやめてくれ。
「この大陸の多くの国や地域では、黒髪は魔族の象徴と云われ、忌避されているのです。稀に人間同士の子でも黒い髪を持って生まれることもあるようですが」
「まぞく」
「ええ。魔族の中でも髪の全てが黒い者は初代魔王のみだったと文献には記されています。故にそのような者が現れれば、間違いなく魔族だと判断されるでしょう」
この世界にはそういう言い伝えがあるらしい。
つまり大体は僕の想像通りということだな。びっくりするほど既視感があってなんか笑えてくる。
きっと魔族ってのもネットの小説とかでよく見かける敵役の人達なんだろう。勇者に討ち滅ぼされる魔王の仲間達。
勇者が召喚されるくらいだし、魔族ってのはこの国に今も害をもたらしているような存在であることは間違いない。
いやはや、日本人は大変だ、黒髪の人が多いから魔族に間違えられまくるじゃん。
ん?
「あっ、もしかしてコンさん、僕を魔族だと思ってる?」
「私は……そう、ですね。勇者召喚に紛れて入り込んだ可能性はあるかと。それと、私の名前はファルディクシェ=コンストラルです。おかしな略称で呼ぶのは止めなさい」
「だってコンさん名前長いし! 親愛を込めた愛称だから!」
コンさんは苦虫を噛み潰したみたいな顔をした。
確かに、ちょっと、今の言い方はアレだったかなって、自分でも思うけど。咄嗟に出てしまったのだから仕方がないじゃないか。
そんな些細なことよりも、僕が魔族と間違われてることのほうが問題だ。
僕はれっきとした人間だし、そもそも桜と一緒に召喚された時点で魔族ではないと自信を持って言える。
でも、それを他者に証明する方法ってなんだ。物的証拠は何もないわけだし。
冷静に考えてみると、自分は人間だっていう証明はとんでもなく難しいんじゃないだろうか?
いや、なんか哲学みたいになってきた、やめようコレ。わかんないことを考えても答えは出ないし。
気を取り直すように咳ばらいをしたコンさんが、ゆっくり口を開く。
「しかし貴方を魔族だと断定することはまだ出来かねます。貴方からは魔力を感知出来なかった」
「ほう?」
「魔族であれば魔力を感知出来ないわけがないのです。魔力量の多い種ですから」
「なーんだ、もうすでに僕が魔族じゃないと証明されてるじゃないか!」
雑な感じで意見してみたものの、絶対零度のまなざしでスルーされた。畜生、禿げろコンさん。
ハゲの呪詛を脳内で唱えていると、僕の顔を見てコンさんが深く深くため息を吐いた。
「魔族ではなくとも、普通は少なからず魔力を感知出来るのですよ。現に勇者様からは感知出来ているはずです」
そう言ってコンさんは何やら小声で呟くと、空間へ向かっておもむろに手を伸ばした。
驚きつつも何をしているのかと見ていれば、伸ばした彼の指先が、指が、そして手のひらが、一定の場所を過ぎると消えて見えなくなっていくではないか。
正直言ってファンタジーというよりもホラー。薄暗いところで見たら相当コワイ。
えっ!? 思わず声を上げた僕を一瞥し、何事も無かったかのように伸ばした手を引き戻す。その手には何か球体のものが握られているのがチラッと見えた。
あ、なるほど。亜空間収納、か。
隔絶されて切り離された空間に、色々な物をしまいこんでおけるっていうとんでも能力だ。ラノベでありがちなこの能力、この世界でもあるみたいだな。
本当にテンプレの多い世界。知識が役に立つから助かるけどね。
たとえ存在を知っていても、実際に目の当たりにすると思いの外びっくりした。二次元で見るのなら違和感は少ないけど、現実の質感の中では相当な違和感だった。コワイ。
心臓に悪いから、今後はいきなり物を取り出そうとするのはやめて欲しい。
「ああ、やはり。勇者様からは強い魔力を感知出来ていたようですね」
「……その水晶玉っぽいのは?」
「魔力を感知する道具です。簡易的なものですが」
「それに反応が無かったわけか。今やっても同じ結果になんの?」
試してみましょうか、というとテニスボールサイズの水晶玉を手のひらに乗せて、コンさんは小さく何かを呟き始める。
するとすぐに、ぽうと水晶の内側に光が灯って、何度か瞬いた後に余韻を残しながら消えていった。
何度かそれを繰り返していたものの、しばらくしてコンさんは静かに首を振る。どうやらダメだったようだ。
でも、勇者の素質があった桜は別として、僕は魔法のない世界で生きてきた一般人であるわけだし、魔力が無くてもおかしくはないのでは?
魔力があったらあったで即刻魔族と決めつけられていた可能性もあるし、むしろなくてよかったのかもしれん。
うん、これ以上このことについては掘り下げない方がいいな。もしも半端に魔力があると判明したら、やはり魔族だったのか、ということになってしまいかねない。
「明日はより精密なもので調べ直しますので、そのおつもりで」
「え、嫌だ。もし魔力があったら魔族だって決めつける気だろ? だったら魔力のない人間ってことでいい」
「……それだけで魔族だと決めつける事はないと誓いましょう」
ですから、と続く言葉は聞き流した。
無関心そうなのに、やけに食い下がるな。そんなに魔力がある事にしたいんだろうか。
この人のことをどのくらい信用していいのか分からないが、いざとなったら勇者様にどうにかしてもらうとして、ここは一旦言う通りにしようかな。
断ってもしつこくされる気がする。それならばすぱっと魔力がないことを証明して諦めてもらった方が早い。
念のため、僕の後ろには勇者様が控えてるんだぞ、誓いを破ったらどうなるか分からないほど馬鹿ではないよな、という雰囲気を出しておくことは忘れない。
勇者の権力がどれほどなのか知らないけど、多分きっと物凄いんだろ。頑張れ、勇者様。
了承の意を告げると、コンさんは一瞬ほっとしたような表情を見せた。
「ちなみに、これは興味なんだけど、明日はどんな風に調べるんだ?」
興味本位で質問をしてみると、コンさんは一瞬僕の方を見て、そして、またもやため息を吐いてくれやがった。
次、次それやったらその尻尾みたいな髪を引っ張ってやるからな! 絶対にだ! ふんぬ!
「貴方に説明してなんになるんです? 理解出来るとは思えません」
「……会ってからまだ少ししか経ってないけど、コンさんが僕を馬鹿にしてるってことは分かったよ」
「人の名を妙な略称で呼ぶ方がよっぽど馬鹿にしていると思いますが?」
さらりと前髪を耳にかけながら、眉間にしわを寄せてこちらを睨みつける。
ああ、なんだ。そこを気にしてたんだ。もしかして数々のため息もそれのせいだったりするのかな。馬鹿にする意図は全くないし、良いあだ名だと思うけどな。
そもそも、コンさんのフルネームとかもう覚えていないし。長いカタカナの人名なんて覚えるの苦手なんだから勘弁してよ。
一つため息をついて仕切り直した彼は、腕を組む。うーん、仕草が二次元。
「この部屋では自由にしていて構いませんが、勝手に部屋から出ないように。貴方だって、騒ぎを起こしたくはないでしょう?」
黒髪である僕が、黒髪の忌避される世界で城の中をうろつくとどうなってしまうのかくらいは理解しているつもりだ。魔族だと騒がれて処刑コースですね、分かります。
そんなのはもちろん嫌だから、この部屋で大人しくしていますよっと。
勘違いで殺されるなんて、真っ平御免。僕は生きて元の世界に帰るんだい。