4話 メイドさんとそっくりさんと
桜たちと入れ違いに、二人の人物がこちらへと近づいてきた。
一人は、ふわふわと跳ねる薄桃色の髪を耳の上あたりでツインテールにした、栗色の瞳のメイドさん。
低めの身長や幼げな顔立ちに対してお胸の発達が凄まじい。
もう一人は、寒色気味に反射する長くサラサラな銀髪を、首の後ろで尻尾のように一本に束ねた綺麗な顔立ちの男性だった。
整いすぎた顔立ちと、感情が読み取りにくい切れ長なグレーの瞳のせいでどこか冷たい印象を受ける。
そしてその男の人は、以前伯父さんから借りたアニメの登場人物にとても良く似ていた。ここはそのアニメの世界なのかと思ってしまうくらいに。
あまりにも似ているから、本名がわかるまではそのキャラクターの愛称である〝コンさん〟と呼ぶことにしよう。そうしよう。
このコンさんのそっくりさんも銀髪だ。もしかしてさっき僕の方を見ていた人、か? あの時は焦っていて、顔立ちまではよく覚えていないから断定はできないけど。でも、なんとなくそんな気がする。
先程の場面をよく思い出そうとして、グレーの瞳をガン見していると、すばやく目を逸らされたうえに眉間にしわまで寄せられてしまった。
そんな対応に若干イラッとしていたら、メイドさんがわたわたとした様子で話しかけてきた。
「あっあの、貴方様をお部屋へとご案内させて頂きますっ! よ、よろしくお願いしますっ」
「え、こ、こちらこそ、よろしくです。メイド服、似合ってて可愛いーですね」
「ふぇ? あのっその。あっ、ありがとうございますっ」
顔を真っ赤にしてあわあわとお礼を述べるメイドさんは、小動物みたいで可愛らしかった。
彼女の動きに伴って跳ねるツインテールが可愛さに拍車をかける。
桜以外の女子と話すのとか久しぶりでおかしなことを口走った気がするけど、キニシナイキニシナイ。
彼女の今の言葉から察するに、一応はお部屋にご案内してもらえるみたい。安心した。
勇者様の桜とそれなりに親しげに見えたはずだし、これからもあまり酷い扱いはされないと思いたい。
いきなり城を追い出されたりしたら、無能な僕は人生詰みます。
追い出すなら、せめて必要最低限暮らしていくための知識と衣食住を保証してからにしてほしい。
それにしても、このメイドさんからはなんだかこういう仕事に慣れてないような雰囲気を感じるな。新人さんなんだろうか。この初々しさ、萌え要素です。
もしかしたら勇者である桜の方にベテランのメイドさんが集められているから、比較的手の開いてる新人のメイドまで駆り出されちゃったのかもな。
熱の集まった顔をぱたぱたと手で扇いでいるメイドさんを微笑ましく思いながら、そっくりさんなコンさんの方に目を向ける。
彼は話しかけてくるわけでも何かをしてくるわけでもなく、ただ僕らの様子を無表情で見ているだけ。ぶ、不気味だ。
一言も発さずこちらを凝視してくるくせに、目を合わせるとすぐに逸らすのは何なんだ。恥ずかしがり屋さんかよ。
埒が明かなさそうだから、こちらから話しかけてみることにした。コミュニケーションは大切!
「で、そっちの銀髪の人は誰?」
「人に名を尋ねる際は、先に自ら名乗るのが常識では?」
表情一つ変えず、冷たい声で淡々とそう切り替えされてしまった。なまじ正論なだけに言葉に詰まる。
くそ、声までアニメのキャラに似てイケボじゃねーか! って違う、そうじゃない! いや、まあ、確かに中の人かなって思うほどに似てはいるんだけど、今はそんなことを考えている場合ではなくて……それにしても本当によく似ているなあ、ってだからそうじゃなくて!
どうでもいい葛藤をしながらも、確かに名乗っていなかったことをなんとか思い出し、自己紹介をすることにした。
別にこの男に言われたからではない。断じて違う。
「僕は奏夜、だ。椛奏夜」
「ファルディクシェ=コンストラルです」
こちらが名乗った途端にあっさり名を明かしたことよりも、その名乗った名前に驚いた。
思わず声を出しそうになった。なんとか息を呑む程度に堪え、咳払いで誤魔化した。
本当にこの男の人はコンさんだったのだ。まさか実際に名前のどこかにコン、が入っているなんて!
例のアニメの登場人物と同姓同名というわけではなかったけど、こんな偶然もなかなかない。
名前が長くて噛みそうだし、もうこれは親しみを込めてコンさんと呼ぶしかないな! 一気に距離が縮まった感じ!
少し浮かれた気持ちでコンさんを見ると、こちらを不審げに見下ろす鋭い視線とぶつかった。
怖っ!
た、たしかに少しばかり挙動が不審だったかもしれないけど、そんな冷たい目で見なくたっていいじゃないか。
あれ、そういえば異世界でも普通に言葉が通じるな。
僕らの世界と同じ言語なのか? いや、日本語を話せるのはさすがに都合が良すぎるから、勇者召喚特有の自動翻訳機能が働いていると考えるべきか。
勇者として召喚された桜は言葉が通じないと意味ないから当然適用されているとしても、巻き込まれた僕まで翻訳してもらえるとは有り難い。
もし言葉が通じなかったら苦労するだろうから。
「あのう……お部屋へご案内させていただいてもよろしいでしょうか? もう私たち以外は誰もいなくなってしまいましたし」
おずおずとメイドさんがそう申し出てくれたおかげで、この部屋に僕ら以外誰もいなくなっているのに気が付いた。
「お願いします」と伝えると、彼女は任せて下さいと言わんばかりに微笑んで扉へと進んでいく。
いけないいけない。コンさんがあまりにもコンさんだったから、ここが血の魔法陣のある部屋だって忘れかけていたよ。
案内されるがまま、扉の先の階段を上っていった。
石を組み上げられただけの簡素な階段を上るたび、湿った落ち葉の匂いが強まってきた。もしかして、この先は外?
周辺の状況を推察しながら進んでいくと、少しして階段を上り終え、屋外へ出た。
冷たく強い風が顔面に吹き付けて髪がボサボサになった。
身だしなみに神経質な方ではないが、このままではさすがに場所に見合わない気がして、軽く手ぐしで整える。
上って来た場所を振り返ってみると、階段の入口は大樹の洞だということが分かった。先程の不自然な白い空間は地下にあったらしい。
その大樹の前後と左側の三方は白亜の壁、そして右側の生垣の向こうには渡り廊下があった。
どうやらここはこぢんまりとした中庭のような場所らしい。
足元には大樹から落葉した赤や黄が絨毯のように広がり、少し離れた場所には小さな池とそこから続く細い水路もあった。
池や水路の至る所から、薄水色のシャボン玉のようなものがぷかぷかと空中に浮き出てきては再び水底に沈んでいく。
それは元の世界では考えられない現実離れした光景であるにも関わらず、どこか懐かしさを覚える光景だった。見たことなんて無いはずなのに。どこかのアニメで見たのかなあ。
「こちらは王城の離れにある中庭の一つなんです。普段は結界があって、私達のような使用人は近寄れないんですけどね」
「結界?」
「はい、だから私も今日初めて入ったんですよ」
そう言って、メイドさんはえへへと笑みを零す。かわいいかよ。
幻想的で綺麗な場所なのに、普段は近寄れさえしないのは少し勿体ないな。
でも、そうだよな。いくら入り口が木の根本の洞にあって分かりにくくなっているとはいえ、あんな物騒な魔法陣がある部屋に簡単に出入り出来てしまったら問題があるか。
なるほど、なんて相槌を打ちながら、渡り廊下まできたところでさり気なく後ろのコンさんを振り返ってみる。
渡り廊下へ続く短い階段の下。そこを通る水路のところで彼はぴちゃぴちゃと何かをしていた。
み、水遊び……?
一瞬そんな考えが浮かんだがいやいや、と即否定する。いい歳をした大人が、このタイミングで水遊びをするだなんてそんなまさか。
コンさんの人となりをよく知らない僕は、突っ込んで訊くことも出来ず、結局見なかったことにした。なんか見ちゃいけないものを見た気がする。
渡り廊下を右手へ進み、いくつかの角を曲がった先にあった階段を上り、長くて代わり映えのしない廊下をしばらく歩いた。
どこも豪奢でありながら似たような内装をしていて、さながら迷路のようである。方向音痴ではなくても迷いそうだ。
最初はぽつぽつと幾つかの会話があったものの、途中からは三人とも無言。こういう時、桜がいれば賑やかしになるのになあと思ってしまう。
いたらいたで厄介なことも多いけど、いないのもそれはそれで違和感があるみたいだ。なんて厄介な。
桜は今、王様から召喚された理由の説明でも受けてるんだろうかね。
鮮やかな青色の花の花瓶が壁の凹みに置かれた角を曲がる。
そして、ずらりと扉の並ぶ廊下に出ると、メイドさんが「もう少しで着きますよ~」と教えてくれた。
「似たような廊下が続くのに道順とか覚えてんですね」
「あ、はい。よく見ると若干違いがありますし、覚えようと思えば覚えられると思いますよ」
「へえ、その前に迷子になりそうだけど……」
本気でそう言ったつもりだったけど、メイドさんには冗談だと思われたらしくクスクスと控えめに笑われてしまった。
なんでだよ! 方向音痴じゃなくとも、ここまで同じような構造だったら迷ってしまってもおかしくはないだろうが。
例えばマッピングスキルのようなものがあれば迷うこともないんだろうけど、巻き込まれた僕にそんな能力があるわけがない。そもそもこの世界にスキルとかの概念はあるんだろうか?
扉の並ぶ廊下の突き当たりまでやってくると、メイドさんが左側の扉を手で指し示した。
「ソーヤ様のお部屋はこちらです。どうぞ」
言って、彼女は鍵を開けてから重厚な扉を開いた。
中に入ってみるとそこは僕の部屋より断然広く、家具や調度品がやたらと装飾されてきらきらした部屋だった。といっても下品な感じではなく、むしろ上品に纏まっているのだと思う。インテリアとかよく分からないけども。
「机の上のベルを鳴らしてくだされば使用人が参りますので、ご用の際は気軽にお申し付けくださいね。ええと、鍵はこちらに置いておきます」
「はーい、ありがとうございます」
「それでは、私は失礼しますね」
一礼し、部屋から出て行くメイドさんに軽く手を振ると、はにかみながら遠慮がちに手を振り返してくれた。可愛い。
普段、桜以外の若い女子と話すことってほとんど無いから緊張したけど、なんとかミッションクリアだ。
途中会話が途切れた時は気まずすぎてどうしようかと思ったのは内緒だ。
しかし僕にはもう一つのミッションが残っている。そう、コンさんの対処だ。
メイドさんが去ったことにより、華美な部屋の中には僕とコンさんだけが残されてしまった。
コンさんは名を名乗ったきり、ここにつくまで一言も言葉を発していないし、何のために付いてきたのかも分からない。
その上、空気が非常に重い!
相変わらず今も無表情のまま、扉の脇の壁に凭れて腕を組み佇んでいる。こちらへの無言の圧力が凄まじい。
さーて、どうしたもんかね。