第百八十三章 マーガレット退院する
猪熊先輩が帰宅すれば、子供の事を心配して来ていたモミジが陽子の前に現れて、「勝手に死んだ事にしないでよね。」と不満そうでした。
陽子は、「初めてお会いしますね。あなたが噂の宿無しモミジさんですか。私は猪熊先輩から聞きました。猪熊先輩は本人から聞いたそうです。苦情を訴える前に、子供の躾をしたほうが良いと思いますよ。マーガレットさんを宇宙に連れ出して一体、何をしているのですか?何処かに落ち着いたらどうなのですか?」とモミジの考えを確認しました。
モミジは、「私は自分の信念で動いています。誰が何と言おうが今の生活を変えるつもりはありません。」と告げて見舞い客に化けてマーガレットの様子を見て去って行きました。
明朝、陽子は看護師の申し送りの時間にナースセンターに行き、「七一八号室に入院中のマーガレットさんですが、親代わりの人と相談した結果、今日告知します。精神的に不安定になる可能性がある為に注意して下さい。」と伝えました。
陽子は、マーガレットの病室に行き癌であり、手術が必要な事を説明しました。その後意思波で、「テレジア星人には麻酔は効かないから、麻酔にかかった振りをしてね。その後、スタッフに気付かれないように手術し易いように患部の形状を変えてね。私も偶には楽な手術をしたいから。」と伝えました。
マーガレットは、「治療費を取るだけ取って、それってずるくない?」と不満そうでした。
陽子は、「成行き上、そうなっただけよ。」と意識的にズルしようとしてないと説明しました。
その数日後、陽子の執刀で手術が開始されて、成功しました。手術後数週間で退院しましたが、定期的に再発の検査は必要でした。
暫くの間、柔道は禁止で、快復具合を見ながら、少しずつ練習していく事になりました。その間、彼女は柔道ができませんので、彼女の滞在費等の経費はスポンサーからは出ませんでした。
陽子の家はマンションですので、陽子の母・菊枝が開業している芹沢外科医院で住み込みの家政婦として寮に寝泊りして働きながら、菊枝の指導で体調管理していく事になりました。と言っても、最初の間は、体に負担が掛からないように、少しの間だけ、軽作業をしていました。その間、猪熊先輩はマーガレットを芹沢外科医院に預けて、他の選手と柔道の修行をする為に世界各国を回り、偶に来日して、マーガレットの様子を見に来ました。
陽子は仕事が休みの日は芹沢外科医院でボランティアの外科医や看護師として芹沢外科医院の手伝いをしていました。陽子は修以外では、高校時代に猪熊先輩にときめいた事があり、陽子が芹沢外科医院でボランティアの看護師をする日に、偶々猪熊先輩が来日していた為に、看護師姿を見られるのが恥かしく、度の入ってない眼鏡をしました。ナースキャップもしているので、ばれないかな?と思っていました。
陽子のその姿を見て、大学病院からボランティアに来ていた看護師の寺前さんが、「陽子先生、何故今日に限ってそんな変装みたいな真似をするのですか?それとも視力が衰えて眼鏡が必要になったのですか?」と不思議そうでした。
陽子は、「この眼鏡には度が入っていません。じつは、看護師寮にいる人は柔道の選手で、前回のオリンピックで渚と決勝戦で対戦した選手です。以前から持病があり、今回大学病院で私の執刀で手術したマーガレットさんです。大学病院を退院後、快復するまで芹沢外科医院が預かっていましたが覚えがありませんか?入院患者が退院すれば忘れるとは冷たいですね。」と聞きました。
寺前さんは、「何処かで見覚えがありましたが、今の説明で思い出しました。変装は外科医が看護師をしている事がばれると恥かしいからですか?」と変装の理由を確認しました。
陽子は、「それもありますが、じつは今日看護師寮に来た男性は、マーガレット選手の監督ですが、私の高校の先輩で、高校時代柔道部の主将を務めていた人です。私も柔道で対戦した事があり、オリンピックで金メダルを獲得した先輩自慢の必殺技を、その時に私が破りました。私は先輩に好意を持っていた為に、私を大学病院の外科医だと知っている先輩に、ここで看護師をしている事がばれると恥かしく、何とか誤魔化そうとしているのよ。今日はボランティアを休もうかどうか昨晩は散々悩んだわよ。」と説明しました。
寺前さんは、「嘘!陽子先生にも高校時代にそんな思い出があったのですか?優秀な外科医ですので、勉強一筋だと思い込んでいました。」と陽子の意外な一面をみて驚いていました。
陽子は、「私はスポーツもするし、そんなコチコチ頭ではないですよ。」と不機嫌そうでした。
“スポーツと言ってもトラやライオン相手の格闘技だけですが、あれも立派なスポーツよね。”と思っていました。
寺前さんは、「あの家政婦さんが、渚さんとオリンピックの決勝戦で争った選手だったとは知りませんでした。持病が治れば以前より強くなるのですよね?次回のオリンピックが楽しみです。しかし、さすが、やくざの姉さんだけあって、凄いですね。あの猪熊選手が金メダルを獲得した、あの必殺技を破るとはね。」と感心していました。
陽子は、「一寸、寺前さん、やくざの事は皆、知らないから、人に聞かれたら怖がるでしょう。」と忠告しました。
寺前さんは、「御免なさい。でもそれだったら、陽子先生、眼鏡以外に髪型も変えればどうですか?私に任せて下さい。」と陽子の髪を束ねずに、胸まで下ろしました。
「これが簡単で早くできます。束ねているのを取るだけですので。」と説明しました。
陽子は、“まずいな。これってやくざの時の髪型?サングラスはしていないが、眼鏡をしているので、やくざ関係の人は来ないように祈るしかないわね。”と更衣室の鏡を見ながら思っていました。
そして寺前さんは、その姿を見て小さな声で、「あっ!やくざの姉さんに、なっちゃいました。御免なさい。でも恐いやくざの姉さんが、こんな所で看護師をしているとは誰も気付きませんので、大丈夫だと思いますよ。」と説明しました。
マーガレットもそろそろ、家政婦程度でしたら働けるまでに快復したので、来日している猪熊先輩が菊枝に呼ばれて、マーガレットを診察室へ連れて来ました。菊枝は、診察前の朝のミーティングで、医院のスタッフに、「彼女はマーガレットさんといい、病気治療中でしたが、快復して来た為に、住み込みの家政婦として寮や医院の炊事・洗濯・掃除その他雑用をして頂きます。病み上がりなので、無理はできません。完全に快復すれば、マーガレットさんはここを出て行き、社会に復帰します。皆さんとは、それまでの短い付き合いになると思いますが、宜しくお願いします。言葉は、日本で暫く病気治療していましたので、少し日本語が喋れます。英語が喋れますので、今迄外人の患者さんには苦労していたようですが、今後彼女に通訳をお願いして下さい。それから、こちらは猪熊さんでマーガレットさんの職場での上司です。親代わりでもあるので、偶に医院や看護師寮に様子を見に来ます。」と紹介しました。
猪熊先輩とマーガレットに、医院のスタッフと、陽子達はボランティアの手伝いだと紹介し、一人ずつ自己紹介していました。
マーガレットは、その一人が大学病院の病棟看護師の寺前さんであることに気付いて、もう一人もそうだったかな?と良く見ると、陽子である事に気付きました。
意思波で、「あれ?ひょっとして陽子さん?日本では外科医も看護師をするのですか?」と不思議そうでした。
陽子は、「さすがマーガレットさん、意思波を出していなかったのに、ばれちゃいましたね。私が外科医だとは母と寺前さん以外は誰も知らず、資格のない只のボランティアだと思っているので、皆には黙っていてね。」と頼みました。
マーガレットは、「あっ!陽子さんの弱点を見付けてしまった。」と陽子に向かいニヤッとしました。
陽子は先日マーガレットから幽霊に化けていた事があったと聞いていたので、「一寸マーガレットさん、変な事しないでね。ここには幽霊は出ないですよね。」と確認しました。
マーガレットは、「ここは病院なので、幽霊が出ても不思議ではないですよね。患者に冷たい看護師さんを驚かすのも良い薬になるかもしれませんね。」とニヤッとしました。
菊枝の警備をしているアヤメが、「そんな看護師がいるのか?看護は愛情を持ってするのではないのか?とんでもない看護師だな。今度は私が幽霊になって、その看護師にお仕置きしてやる!」と幽霊に乗り気でした。
マーガレットは、「お仕置きではなく、反省させる為に驚かすだけよ。アヤメさんは地球人をどの程度脅かせば良いのかその程度がわからないでしょう?」と反論しました。
陽子は、「二人とも残念ですが、病院で幽霊が出るのは、その病院で患者が亡くなった事があった場合でしょう?母は名医なので、滅多に患者は亡くならないわよ。患者が亡くならない病院で幽霊が出れば、他のスタッフまで恐がって退職したらどうするのよ!幽霊が出没する噂のある病院に就職しようとする看護師はいないだろうから、職員の補充も難しくなるのよ。人手不足で廃院になるかもしれないじゃないの!」と警告しました。
次回投稿予定日は、4月22日です。




