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呪詛の同人  作者: 小倉蛇
3/6

3.

作中作パートのつづきです。

 その後は何事もなく旅をつづけ、日没前にはアリセアの町に着いた。

 目抜き通りに質屋を見つけ、彼らはその店に入っていった。薄暗い店内には武器や怪しげな魔術道具がところせましと並べられていた。奥にいた主人らしい白髪のやせた老人にバギズは声をかけた。

「買い取って欲しいものがあるんだが」

「ほう、何でしょう」

「これだ」とバギズは小さな革袋を差し出した。「僧侶の遺灰が入ってる」

「ふむ、ちょっと拝見」

 主人は革袋を受け取ると、指でつまんで中身を確かめた。

「幾らになるかね?」

「まあ、十ケスがいいところだね」主人は言った。

 百ケスが一バリンにあたるので十ケスでは、バギズはともかく千バリン銀貨を持ち歩くソルーサにしてみればほんのはした金だった。

「たったそれだけか?」

「それが相場ですね」

「ところで聞きたいんだが、僧侶の遺灰って、そもそも何の役に立つんだね?」

「低級の悪霊除けにはなります。まあ、御守りみたいなもんですな」

「御守りねえ……」

「そう言えば、よほど徳の高い僧侶の灰なら、邪竜ギロゲウスの撃退に役立つんですが。もっとも最近じゃこの辺りには邪竜も出なくなりましたが」

「あ、この坊さん、死ぬときに自分は高徳な僧だとか言ってたな」

「そりゃ信用できませんね。そういうことを自分で言わないのが徳が高いってことなんですから」

 結局二人は、遺灰を金に換えるのはあきらめ店を出た。



 ソルーサとバギズは町で手ごろな宿を見つけ一泊した。

 翌日、ノルングの谷について情報を集めようとしたが、町の者は皆、谷は危険だから行かないほうがいいと言うばかりで、具体的なことは何も教えてくれなかった。仕方なく二人は装備を整え、早めの昼食をすますと谷を目指して出発した。

 アリセアの町からノルングの谷までは、さほどの距離ではなかった。彼らは荒野を進んでいくと、ほどなくして左右を切り立った岩山に挟まれた谷の入口に着いた。

 崖の上から狼の遠吠えが聞こえたが、近づいてくる様子はなかった。

 二人は薄暗い谷間の道を進んでいった。蹄の音がこだまするだけで、谷は静まり返っていた。道はゆるやかに蛇行しながら延々とつづいた。このまま道はどこまでもつづいて、目的地に着く前に日が暮れてしまうのではないか、そう思い始めた頃、前方に青い建築物が見えた。左右の岩壁が塔の背後を囲むように繋がって谷はそこで行き止まりになっていた。

 謎めいた青い石で組み上げられたその塔は、装飾のない円柱型で、上層へ行くほど少しだけ細くなっていた。点々と小さな窓が配され、高さは通常の建物の五層分ほどだった。

 その場で二人は馬を降り、警戒しながら徒歩で前進していった。

 塔の近くで、動くものの姿を見つけ二人は岩陰に身を隠した。

「ありゃあゴブリンですぜ」バギズが囁くように言った。

「うむ、門番のようだな」とソルーサ。

 それはいかつい顔をした大柄なゴブリンで、鎧に身を固め、槍を手にして入り口の前を左右に歩いていた。

「よし、俺が弓で仕留めてやりますよ」

 バギズは背負っていた弓矢を用意しようとして言った。

「まて、よく見ろ」と、ソルーサがそれを止めた。

「何です?」

「あのゴブリン、体が透けてる」

 言われてよく観察してみると、かすかだがたしかに体が半透明で、向こう側が透けて見える瞬間があった。

「どういうことです? ゴブリンの幽霊かな」

「いや……」

 ソルーサは小石を拾い上げると、ゴブリンのほうへ投げつけた。

 ゴブリンは、小石が背後に音を立てて転がっても、何の反応も見せず歩きつづけていた。

「やはりな、あれはこけおどしの幻影だ」

「何だ、まぼろしか」

 二人は実体のない門番を素通りして、塔の入口にたどり着いた。

 頑丈な木の扉には鍵がかけられていたが、王子の解錠の呪文で開けることができた。



 塔の内部は、床、壁、それに天井まである種の魔方陣らしい幾何学的な模様でおおわれていた。色のついた小石を埋め込んだモザイクで描かれているのだった。

 人のいる気配はなかった。

 壁沿いにある螺旋状の階段が天井までつづいていて、跳ね上げ式の扉で途切れていた。

 王子と半獣人はゆっくりと注意しながら階段を昇って行った。

 天井の扉は、バギズが押し上げると難なく開いた。

 上階へ出ると、そこは錬金術師の実験室を思わせる部屋だった。周囲にはさまざまな薬草や実験器材が保管され、中央のテーブルでは炉が焚かれ、薬品の匂いが漂っていた。

 二人が奥の間へ進むと、そこは書庫になっていて、壁一面の本棚に大量の書物が詰め込まれていた。

 並んでいるのは、『ナコト写本』『エイボンの書』『グハーン断章』といった魔道書ばかりである。

 ソルーサはその中の一冊に目を止めて言った。「見よ。『ズマガンマの帰還』もある」

「それは?」

「ズマガンマの呪いのかけ方は、この本に記されているのだ」

「じゃあ、あの盗賊に呪いをかけたのは……?」

「ここの住人と見て間違いないだろう。どこにでもある本ではないのだから」

 ソルーサとバギズは、さらに探索をつづけるべく隣の部屋へと移動した。

 そこは何も置かれていない丸い部屋で、床には赤い絨毯が敷かれ、正面に大きな窓があった。外には青空が広がっていた。

 二人が窓辺に歩み寄ろうとすると、突然、声が響いた。

「何者だ、お前たちは!」

 声は窓の外から聞こえてきたが、人の姿は見えなかった。

「私の名はソルーサ。ザイファーの王子だ。それに友人のバギズ。門番が話の通じる様子ではなかったので勝手に入らせてもらった」

「何をしに来た?」

「カルコサ・ルビーを探している。祖国にかけられた呪いを解くために必要なのだ」

「なるほど、あのルビーには強大な霊力が宿っておるからな。だがその力、今は我が魔術のために使っておるのだ」

「魔術だと……」

「ふふふふふ」

「姿を見せよ、魔術師!」

「よかろう、我が名はカーシーアだ。見るがいい」

 声が響くと、窓の外は暗黒に包まれた。



 暗闇の中、前方にかがり火が灯されているのが見えた。灯の近くに人影があった。

「ここへ来るのだ、王子よ」影が呼んだ。

 塔の上層にいるはずだったが、いつの間にか窓のすぐ下には大地が広がっていた。

 王子はひらりと窓枠を飛び越え地面に降り立った。

「わ、だ、大丈夫なんですか、王子」

 バギズも後につづいて、恐る恐る足を地につけた。普通の地面だ。

 見上げると見慣れない星がきらめく夜空だった。周囲は荒野がどこまでも広がっていて、後ろを見ると、彼らがくぐり抜けた窓だけが虚空に浮かんでいた。

 二人はかがり火のほうへ歩いて行った。

 魔術師カーシーアは痩せこけた長身の男だった。青い長衣を着ており、皮膚は白く黒髪が頭上で逆立っていた。

「ようこそ我が魔界へ」魔術師は言った。

 彼の足元の地面には、複雑な十二芒星を魔術文字で囲んだ魔方陣が刻まれてた。その中央で赤い宝石がゆれる炎を反射して光っていた。

「あれは!」

 ソルーサとバギズの二人が魔方陣に近づくと、見えない壁のようなものに阻まれ、先へは進めなくなった。

「何だこれは!?」

「ふふふ、ここには結界が張られておるのだ。お前たちはそこで私の行う儀式を見ておればよい」

「儀式だと、何をする気だ?」

「邪神ゾイガーを召喚するのだ。その後でならこんなルビーぐらいくれてやってもいいぞ。私は大いなる神の力を手にするのだからな。そうなれば世界は我が暗黒教団が支配することになるのだ!」

「あの野郎、ふざけやがって!」

 バギズは見えない壁に肩から体当たりした。

「無駄だバギズ」と王子は友人を止めた。「この結界を破ることは不可能だ」

「じゃあ、どうするんです。奴が邪神を呼び出すのを黙って見てるんですか?」

「いや、しかし……」

 そう言ったきりソルーサは黙って考えこんだ。

 魔術師カーシーアは、両手を宝石へかざし呪文を唱えはじめた。


  ウーガウ ウーガウ

  ヒダエイア ニャグラア

  ハヌ ククイヒア

  ウーガウ ウーガウ

  トトエーグ タイロンファ

  ゾイガー ゾイガー イア!


 こんな呪文を何度も繰り返した。

 ソルーサとバギズは、魔方陣の外周に沿って張られた結界の外側で、その様子を為す術もなく見守るしかなかった。

 やがて、赤い宝石はカタカタと振動したかと思うと、スッと宙に浮かび上がった。

「あっ、石が」

 宝石は自ら光を発しながら回転しはじめた。

 その時、二人の耳には、頭上から響くキェーッという奇怪な叫びが聞こえた。

 見上げるとそこには、巨大な翼と長い尾を持つ黒い影があり、ゆっくりと旋回していた。

「ゾイガーが来たのか!?」バギズが叫んだ。

「いや違うぞ」ソルーサは冷静に言った。「あれはただのドラゴンだ」

「ド、ドラゴン……」

「そうだ、ドラゴンは黒魔術を用いたものを襲うと聞いたことがある」

「じゃあ……」

 頭上の怪物は、狙いを定めるように首を地表へ向けると、一気に降下を開始した。

 結界に遮られて、一度は跳ね上がったが、再度ぶち当たると、見えない壁を押し破るように通過した。

 一心に呪文を唱えつづけていた魔術師は、逃げる間もなく竜の顎に捕らえられた。

「うぎゃっ、が……ぁ」

 カーシーアは、血を撒き散らしながら咬み砕かれ、絶命した。

 ドラゴンは上を向いて死体を飲み下すと、足踏みをしながら辺りを睥睨した。

「今だ」

 そう囁くと、バギズは結界のなくなった魔方陣へ踏み込んだ。

 その途端、ドラゴンはギロリと半獣人を睨み、牙をむいて襲いかかった。

「あぶない!」

 ソルーサが突き飛ばすように伏せさせたおかげで、バギズは紙一重で難を逃れた。

 ドラゴンが王子に向かってくると、彼は呪文をかけた短剣を投げつけた。

 短剣は空中で静止して光を発した。ドラゴンは幻惑されたようにしばらくそれを眺めていたが、すぐに尻尾を振るって弾き飛ばした。

 その数秒の間で、ソルーサはバギズを助け起こし逃げ出していた。ドラゴンが翼をはばたかせて追ってくる。

「何で、おれらを追ってくるんだ!?」走りながらバギズが喚いた。

「お前が宝石を盗ろうとしたからだ」

「それが何で?」

「ドラゴンは宝石が好物なのだ」

「知りませんよそんなこと」

「来たぞ!」

 ソルーサの合図で二人は左右に転がって、地面に伏せた。

 ドラゴンは勢いあまって前へ飛び出したが、上昇しながら反転し、ふたたび襲ってきた。

「うわあ、こっちへ来た」

 バギズは地面に尻をついて動くこともできず悲鳴を上げた。

「バギズ、灰だ!」ソルーサが叫んだ。「僧侶の遺灰を使え!」

「そ、そうか」

 バギズはベルトに下げていた革袋を取ると、力いっぱいドラゴンへ投げつけた。

 灰色の煙があたり一面をおおった。

 ドラゴンは灰を嫌がり、のけ反って奇声を発した。そして身体を大地にこすりつけるように、のたうち回った。

 ソルーサとバギズは離れた所へ逃れ、様子を見守った。

 力を失った黒い竜は、よたよたと魔方陣の所へ戻り、そこから飛び立って空へと去った。

「あーあ、あいつルビーを持って行っちまった」

「うむ、宝石が好物と言っただろう」

「遺灰が効いたってことは、あれが質屋の言っていた邪竜ギロゲウスだったのかな」

「そうかもしれんな」

「あの僧侶、じっさい徳が高かったんだな」

「うむ」

 二人は竜の去った空を見上げて立ち尽くしていた。

「あーっ大変だ」バギズが大声を上げた。

「今度はなんだ?」

「ほら、あの窓、おれらがここへ入ってきた窓が消えてる」

 バギズは宙に窓が浮いていたあたりを指さした。窓はなくなっていた。

「ふむ、あの魔術師が死んだからな、異界との接続も失われたのだろう」

「えっ、じゃあどうやって元の世界に戻るんです?」

「戻る必要はない」

「えっ」

「もとより私はカルコサルビーを手に入れるまでは祖国の地を踏めぬ身だ。今はあのドラゴンを追い、ルビーを盗み出す方法を考えねばならん。帰り道の心配はその後だ」

「まっ、そりゃ……そうですがね」

「バギズよ。無理について来なくともよいのだぞ。何ならお前だけ元の世界に戻す方法を見つけてやる」

「いや、お供させていただきますよ。たとえ地獄の果てだろうともね」

 こうして二人の旅はつづくのであった。

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