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自称天才作家の悩み

 世の中には、自分を「天才だ!」と信じて疑わない人がいる。

 それ自体はいい。自分に自信がなくて、いつも落ち込んでいて、途中で小説が書けなくなってしまうよりかは、よっぽどいい。

 だけど、ある程度の謙虚さは欲しい。


 私が担当しているお客さんの中にも、そういう人は何人もいる。

 その中でも、特に極端なのがイワカベさん。


「ああ!神は、なぜこのオレに才能を与えなかったのか!素晴らしい小説を書く才能を!オレは、こんなにも小説を書いているというのに!毎日毎日、大量の小説を書き続けているというのに!誰よりも小説を愛しているというのに!!」

「まあ、落ち着いてくださいよ。そんなに興奮なさらずに」と、私はなだめる。

「これが落ち着いてなどいられるものか!興奮せずにいられるものか!!」


 イワカベさんは、こんな風に言っているけれど、決して自分に自信がないわけではない。むしろ、それとは全く逆。“自分にはたぐいまれなる才能があり、そこら辺の人間たちがたばになってかかっても勝てないくらい素晴らしい小説を書いている!”と思い込んでいるのだ。

 じゃあ、なぜ、口では「才能がない!」なんて言っているかって?

 それは、目指している作品のレベルが高すぎるからだ。自分の理想と、目の前で書いている作品の間にギャップがありすぎる。だから、こんな風に悩んだり、迷ったり、叫んだりしているのだった。


「大丈夫ですって。イワカベさんなら、落ち着いてちゃんと書き続ければ、今に傑作が書けますって」

「嘘をつくな!じゃあ、いつまでに完成する?何年の何月何日何時何分だ?正確に言ってみろ!オレは、いつ最高傑作をこの世界に誕生させられる!?」

「それは、私には保証できませんけど…」

「ほら、見ろ!だったら、なぜお前はここにいる!?お前に何ができると言うんだ!!」

「そうですね。それを一緒に考えてみませんか?」

「ああ~!イライラする!こんなコトなら、お前になんて依頼するんじゃなかった!他人に小説を読んでもらおうなどとするんじゃなかった!」


 イワカベさんは、とても感情的な人。だけど、私はこういうのには慣れている。さすがに、こんな仕事を何年も続けていると、この程度の状況には何度も出会っている。修羅場でもなんでもない。


「でも、読者がいなければ、作者も困るんじゃないですかね?ほら、“読者が作家を育てる”なんて言葉もありますし」

「いいや、違う!断じて違う!読者などオマケだ!後からついてくるものだ!まず、世界に作者が存在する。作者イコール神だ!読者は人だ!人は神に従えばよい!従うしかない!」

「ウ~ン…じゃあ、100歩ゆずって、それは正しいとしましょう。作者が絶対正しい。読者は、後からついてくるもの。確かに、そういう小説の書き方もありますし、イワカベさんにはそういう作風が向いているとも思います。でも、そんなにあせらなくてもいいんじゃないですかね?」

「バカが!人生は短いのだ!あせらずしてどうする!あせって、いそいで、書き進めるのだ!それこそが、成功への最短の近道!」

「ま、たくさん書くのはいいと思いますよ。イワカベさんの場合、1つ1つの作品のクオリティも高いし。今のまま量産していっても、そんなに質は落ちないと思います。だけど、時には立ち止まって考えることも必要なんじゃないでしょうか?」

「うるさい!うるさい!うるさい!黙れ!アマが!」

 と、ひたすらこんな感じなのだ。


 で、なだめたり、すかしたりしながら、最後には結局、原稿を読むことになる。

 1時間くらいこんな風に言葉の格闘をして、ようやくイワカベさんの方も落ち着いてくる。そうして、新作の原稿を差し出してくる。

「へ~、今回のもおもしろいですね。ストーリーは起伏に富んでいるし、言葉の使い方も上手い!キャラクターだって、生き生きとしている。こういうの、他の人じゃなかなか書けませんよ」

 その言葉に嘘はなかった。

 私が担当しているお客さんの中でも、イワカベさんはトップレベルに能力が高い。いつもいい作品を書くのだ。

「そうだろう!そうだろう!オレは天才なのだ!いかな人間社会広しと言えども、このオレくらいの小説を書ける奴は、そうそういまい!」


 こういうところなのだ。すぐに調子に乗ってしまう。ここが、この人のよい点でもあり、悪い点でもあった。

 よく言えば、“自分に自信と誇りを持っている”

 悪く言えば、“自信過剰”

 この辺のバランスが上手く取れるようになれば、もっと先に進むこともできるだろうに…

 私は、いつもそんな風に思っていた。


「とりあえず、もうちょっと1つの作品を深く書き進めていってみたらどうですか?基本的な能力は、もう充分に備わっていると思いますし、幅広い作品も書けるようになっていますし。後は、1つ1つの作品をもっと深めていくだけかと」

「そんな暇はない!」と、すぐに反論が飛んでくる。

「でも…」

「“でも”も“だって”もありゃしない!オレはいそがしいのだ!神に与えられたこの才能を最大限に生かすために、ありとあらゆる小説を書いて生きていかねばならぬ!1つの作品に没頭している暇などぬぁい!」

 さっきは、“神に才能を与えられなかった”とか言って叫んでたくせに…

「まあ、いいです。好きにしてください。自由に書くのが、小説を一番伸び伸びとさせてあげる方法でもありますし」

「オッシ!書くぞ!次のアイデアが降りてきた!書くぞ!書くぞ!書くぞ!」と、再びイワカベさんは原稿に没頭し始めた。


 世の中には、こういう人もいるのだ。

 さいわい料金の方はちゃんと払ってくれるタイプだし、きっとこの人は、私に話を聞いてもらうだけで満足なのだろう。それで次の作品を書く意欲がわいてきてくれるなら、私としても文句はない。

 こうして、私とイワカベさんの関係は、この先も続いていく。

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