究極の小説家
「ぱ、ぱらだいす、とぅえんてぃーわん?」と、私は驚きの声を上げる。
「そうです。パラダイス21です」と、冷静に答えるシノザキさん。
「こ、これが…覆面作家ユート・ミワの正体!?このパソコンが!?」
「そう、その通り。正確に言えば、パラダイス21は小説執筆ソフトです。それも、理想のね。外側は関係ない。どのようなコンピューターで使ってもらっても構わない。そうして、私はこのソフトのメインプログラマー。パラダイスシリーズの開発者…いわば、生みの親」
「じゃあ、この子がこの小説も書いたって言うんですか?」
シノザキさんは、立ったままクルリと体を半回転させ、背中をこちらに向ける。そうして、そのまま背後の私に向って話を続ける。
「もちろん、パラダイスシリーズはまだ未完成です。その作品が未完成なのと同じように、作者であるパラダイス21も、まだ完成してはいない。発展途上!なので、完成原稿を書き上げる能力はありません。細かい日本語の使い方などがまだまだ甘い」
「それは、どういう…」と問いかける私の言葉をさえぎって、クルリと体をもう半回転し、シノザキさんは私の目の前まで顔を近づけてきて続ける。
「最終的には、人間の手が加えられている。人間によって、正しい日本語・正しい文法に修正されている。だが、世界設定・ストーリー構成・キャラクター・そこで起こる数々のイベント・心理描写などなど。残りの全ては、このパラダイス21が行っている。8割方完成されている。残りの2割弱を人間の手で補助している状態」
「8割…」
「けれども、言い換えれば、それは成長の余地を残しているというコトでもある。これからまだいくらでも進化する。いずれ、ひとりで最後まで作品を完成させられるようになる時も来るだろう。それでも、パラダイスシリーズの進化は止まらない。どこまでもどこまでも成長し続ける!それが“世界最高の作品”の正体!」
「なんてことなの…」と、驚いてそれ以上声も出ない私。
その瞬間、“小説の神”という単語が、私の頭の中をよぎる。
いつかイワカベさんが話してくれた、究極の小説家…小説の神。この世に存在する全ての小説を書くことができる。ジャンルも長さも関係なく、ありとあらゆる小説を書くことができ、それを読む者にに全ての感情を呼び起こさせる存在。もしも、そんな者がいるとすればだけど…
それは単なる架空の存在かと思っていた。人々が生み出した空想の産物だと私は考えていた。でも、そうじゃなかったのかも。このパラダイス21は、限りなくそれに近い存在だと言えた。世界で最も神に近い者。それは、人間ではなくコンピューターだったのだ。
「ウハウハ小説パラダイスプロジェクトをご存じですかな?」と、シノザキさんはガラリと話題を変えた問いかけをしてくる。
“ウハウハ小説パラダイス”
それは、ユーザーに気分よく小説を書いてもらおうと生み出されたコンピューターソフトの名前。けれども、その能力には限界があった。そうして、やがてその開発は頓挫してしまった。代わりに、その役割を私たち人間が引き継ぐことになった。小説読み師の誕生である。
「ええ、もちろんです。それは、私が小説読み師を始めるキッカケになった出来事ですから」と私は答える。
「実は、あのプロジェクトは、あの後もずっと続いていたのです。ある意味で、それは失敗だった。だが、同時に大成功でもあった」と、意味深なセリフを吐くシノザキさん。
「どういうコトですか?」
「究極の読者を目指して、パラダイスシリーズは開発を続けられた。パラダイス4、パラダイス5…とヴァージョンアップを繰り返していった。けれども…」
「けれども、究極の読者など誕生しなかった。そうですね?」
「そう。そうして、我々はついに計画を断念した。究極の読者を生み出すという“ウハウハ小説パラダイスプロジェクト”は終わりを告げたのです。ところが、ここで思わぬ副産物が誕生する」
「それが、この子…!?」
「そう!我々は、究極の読者を生み出すことには失敗したが、究極の作家を誕生させることには成功した!もはや、人間の作家など必要はない。全てはコンピューターがやってくれる!ウハウハ小説パラダイスは、ここまで進化を遂げました。もはや、人間以上の小説を書けるまでに。いかがですかな?」
私は、渡された原稿を読み返しながら答える。
「凄い!正直、おもしろい!しかも、人間以上に人間味のあふれた文章。決して、完璧過ぎない。これを、この子が書いただなんて…」
「そうでしょう!そうでしょう!なにしろパラダイス21は、現在この地上最高の執筆ソフト…究極の作家なのですから!」
なるほど。理にかなっている。
このパラダイス21は、膨大な作品を読み込んでいる。小説だけではなく、マンガ・映画・演劇・アニメ…ありとあらゆる創作物からシナリオを抜き取って溜め込んでいる。そうして、人間がどうすれば感動するかを知っている。どこでどのようなキャラクターがどういうセリフを吐き、いかなる行動を取れば人間の感情を揺り動かせるかを知っている。喜ばせるのも、悲しませるのも、激怒させるのも、恐怖させるのもお手のもの。
人間の行動と感情を分析し、蓄積した情報を再変換し、新しい物語を生み出しているわけだ。
その上、誰にも負けない圧倒的リアリティをも兼ね備えている。世界中のいかなる専門家よりも詳しい知識を持ち合わせているからだ。
これでは、どんな人間も勝てるはずがない。
私が頭の中でそんな風に考えていると、シノザキさんはもう1度高らかにうたい上げた。
「我々は、ついにここに究極の小説家を誕生させたのだ!」




