パラダイス21
それは1件の依頼から始まった。
「あなたにぜひ読んでいただきたい小説があります。世界最高の小説です。もちろん、報酬もはずませていただきます」
そのメッセージにひかれ、私は指定されたビルへと向っていた。
そこは都内のオフィス街の中心地にある高層ビルの1つだった。
私が1階の受付で用件を告げると、受付嬢はすぐにお偉いさんの待っている部屋まで案内してくれた。
エレベーターに乗り、48階で降ろされる。それから、ある部屋の前まで歩いていく。
「こちらになります」と告げると、受付嬢はその場から去っていった。
ひとり残された私は、トントントンと軽く扉をノックしてから部屋の中へと入る。
「依頼されてまいりました。小説読み師のミカミカです」
そう声に出しながら部屋に入った瞬間、一目見て“広いな”と感じた。
軽く数十人が一堂に会して会議が行えそうな広い部屋。会議用の机が細長い長方形の形に囲われてズラリと並べられている。それぞれの机の前には、座り心地のよさそうな高級なイスが、これまたズラリと並べられている。
そうして、部屋の端っこに、ポツリとひとりの人物が座っている。
「どうぞ、お待ちしておりました」
そう告げた人物のところまで私は歩いて進んでいく。
それは、50歳前後のさえない顔をした男だった。髪の毛はボサボサで、服装も乱れている。清潔感にも欠けている。どうやら、見た目や衛生観念に気を使うタイプではなさそうだ。
「はじめまして。シノザキと申します」
「小説読み師のミカミカです」と、お互いに自己紹介をする。
「私が何をしている者かは…あとからご説明いたしましょう。さっそくではありますが、まずは小説の方をお読みいただきましょう。おっと、その前に飲み物でもいかがですかな?」
そう言って、シノザキさんは側にあった電話で飲み物を注文してくれる。私は、あたたかい紅茶をお願いした。
数分後に、秘書らしき女性がお盆に載せてホットティーを運んできてくれた。とびきりの美女だ。彼女が去っていくと、私たちは会話を再開した。
「さあ、冷めないうちにどうぞ。それから、こちらがその作品です」
シノザキさんが手渡してくれたのは、真っ白な紙に美しい書体で印刷された原稿の束だった。私は、パラパラとめくってみる。結構な分量がありそうだ。中編小説1編分くらいだろうか?パッと見た感じでは、原稿用紙で200枚かそこら。300枚はなさそうだ。
「それでは、読ませていただきます」
そう言って、私は原稿の1ページ目をめくった。
タイトルは、「世界を変える私の一生」
1ページ目を読み始めた瞬間、私は物語の世界へと引き寄せられていった。そうして、そのままグイグイと引き込まれていく。夢中になって読み続ける私。さすがは“世界最高の小説”と豪語するだけのことはある。
そこには“世界”があった。この現実の世界とは別の世界。私は、その世界を泳ぎ続け、浸り続け、冒険し続けた。
2~3時間が経過し、最後のページまでたどり着く。あるいは1時間だったかもしれないし、5時間だったかも。完全に時間の感覚が狂ってしまい、どのくらい経過したのかはわからなかった。とにかく、ムチャクチャにおもしろかった!
が、物語は突然に終わりを告げた。非常に中途半端な部分で。
パタンと原稿の束を閉じ、私はたずねる。
「あの…続きは?この物語の続きは、どこにあるんですか?」
「続きはありません。これから生まれるんです。これは“進化する物語”なのですから」と、シノザキさんは答える。
「なるほど。まだ完成していないんですね。未完成だからこそ、素晴らしい。これからいくらでも成長する可能性がある。進化の余地がある。だからこそ“世界最高の作品”なんですね。完成してしまったら、そこで終わり。いずれ、誰かに追い抜かされてしまう時が来る」
「それもあります。けれども、それだけではありません。それは、この作品を執筆した作者に秘密があるのです」
「作者に?」
「そうです。ユート・ミワという作家をご存じですか?」と、シノザキさんはたずねてくる。
「ええ、もちろん。ちまたで有名になっていますから。名前も知っていますし、実際に作品を読ませてもらってもいます。あるいは、小説だけでなく映画やアニメなども」と答える私。
「それならば話は早い。この作品の作者は、彼なのです。いえ、“彼”という表現は正確ではないかもしれない。いずれにしても、この小説を執筆したのはユート・ミワ本人です」
「もしかして、会えるんですか?ユート・ミワさんに?」
「ええ、これからお目にかけましょう」
そう言うと、シノザキさんはスクッと立ち上がり、背後に置いてあったキャスター付きの机の側まで歩いて行った。そうして、ゴロゴロと音を立てながら、その机を私の前まで押してきた。机の上には、1枚の大きな布がかけられている。
シノザキさんは、おもむろにバッとその布を引きはがした。
そこに置かれていたのは1台のコンピューターだった。
「これこそが、この小説の作者。パラダイス21」




