宣伝とお金の話ばかりになってしまった作家
編集者との作家勝負をやったり、自分でも本を出版する事業に関わったりしている内に、私の小説読み師としての知名度もグングン上がっていった。
そうして、プロの小説家からの依頼も増えてきた。
ピーナッツ・ヨシダ先生に声をかけられたのも、そういうご縁の1つからだった。
ピーナッツ・ヨシダ先生は、前回の「プロ対アマチュア」の作家勝負にもプロの小説家代表として参加されていて、それなりに知名度のある作家さんだ。
私も先生の作品は結構好きで、デビュー作から10作目くらいまでは熱心に追っかけて読んでいたものだ。
それが、いつからだろうか?段々と疎遠になっていき読まなくなってしまったのは?
初期の頃の作品は、庶民の生活のあるあるネタなどで楽しませてくれていたのだけど、徐々に作風が変わっていき、いつしかお金の話ばかり書くようになってしまっていた。そうして、私も新作を楽しみにして買うようなことはなくなっていたのだった。
今や、たまに本屋でお名前を見かけて、手に取る程度。そうして、ペラペラと中を確認するとすぐに元の棚に戻してしまう。そういう作家のひとりに成り下がっていた。
そんなピーナッツ・ヨシダ先生から直接依頼があったのだ。
私は、「他のいくつかの仕事を断ってでも、この依頼は受けないといけないな」と強く思い、快く承諾した。
*
ピーナッツ・ヨシダ先生のお宅は、都内でも端っこの方にある街に存在していた。
若者も大勢住むちょっとした人気スポットになっている街だ。なので、交通の便があまりよくない割には地価も高い。
先生のお家は、駅前の繁華街から10分ほど歩いた場所にあった。
「こんにちは~」
私は、結構な豪邸の門に設置してあるインターフォンのチャイムを鳴らしながら、あいさつをする。
豪邸…というのはちょっとおおげさだったかもしれない。それでも建物は3階建てで、敷地の面積だって、周りの家と比べても倍くらいはある。
中から50歳をちょっと越えた男性が姿を現す。ピーナッツ・ヨシダ先生だ。お目にかかるのは、これが初めてだった。「プロ対アマチュア」の作家勝負の時にも、直接はお会いしていない。ただ、雑誌などの記事を読んでお顔は知っていた。見た感じは、とても50代とは思えない。充分に40代としても通用する。そのくらいの若さを感じる。
「ああ~、君がミカミカさんだね。さあ、どうぞ入って」
そううながされて、私は素直に従う。
「おじゃましま~す」
友達の家に上がりこむように、気軽に中へ入っていく私。もちろん、靴くらいはちゃんと整えてから上がる。
通されたのは、来客用の居間だった。
「さあ、どうぞ座って。気がねする必要はないからね」
そんなに高級そうではないが座り心地のよいソファをすすめられ、私たちは向かい合って座った。
そこへ、ピーナッツ・ヨシダ先生の奥様がやってきて、ケーキを出してくれた。イチゴのショートケーキだ。
「すぐ紅茶も持ってきますからね。お湯が沸くまでちょっと待っててくださいね」と、やさしく語りかけてくれた先生の奥さんは、見た目は先生とそんなに年は変わらないように見えた。40代に見える先生と同い年くらいに。ただ、中身の方はもっと子供っぽい感じがした。
5分ほどすると、いれたての紅茶がポットに入れられて運ばれてくる。その場で、ティーカップに注いでくれた。
「ごゆっくりしていってくださいね」
そう言って、奥様は奥に引っ込んでいかれた。
それからしばらく紅茶をすすり、ショートケーキを食べながら、私と先生は世間話に花を咲かせる。
で、ケーキも食べ終わり、いよいよ本題に入った。
「それで、今回読んでもらいたいのは、これなんだけど」と、ピーナッツ・ヨシダ先生から原稿を手渡される。
「はい。拝見させていただきます」
そう言って、私は小説の世界へと没頭する。
中身は、相変わらずお金の話だった。
「ウ~ン…」
しばらくして原稿を読み終えた私は、なんとコメントしていいのかわからずにうなり声をもらした。
「どうかな~?」と、たずねてくる先生。
「そうですねぇ…」
「ダメかなぁ~?」
「あの~、正直な意見を申し上げても構いませんか?」
「ああ、もちろんだとも。その為に君をここに呼んだんだから。編集者では、なかなか本音を言ってくれない。ノラリクラリとかわしながら、どうにか自分の意図した通りの原稿を書かせようとする。そういうんじゃないんだ、僕が聞きたいのは」
「では、率直に申し上げます。昔の作品に比べると、色を失っていますね。輝きもなくなっている」
「やっぱり、そうか…」
「代わりに欲望があふれています」
「欲望?」
「そう。欲望です。『お金を儲けたい!』『お金さえ稼げれば、幸せになれる!』ってオーラが発せられています」
「そりゃ、金をテーマにした作品だからね」
「それだけじゃありません。『読者の評価が欲しい!それもいい評価が!』そういう想いがにじみ出ています。この小説からは」
「フム…」
「昔の先生の作品は、こんなじゃなかったと思うんですよ」
「そうかな~?昔っから、僕は世間の評価を気にしてたと思うけど。『読者に認められたい!』『もっと売れたい!』『小説が売れれば幸せになれる!』そう思いながら書いてきたつもりだんだけど」
「あるいは、そうなのかもしれません。でも、それが前面には出ていなかったと思います。心の底にはそういう思いがあったとしても、作品は作品。テーマも別だし、中身も別だった。でも、今は違います。表も裏も、最初から最後まで全部お金!お金!お金!なんです。なんだか意地汚い感じがするんです」
「意地汚い?」
「そうです。失礼な言い方になったなら謝ります。すみません。でも、それが私の素直な感想なんです」
「意地汚いか…」
ここで私は話題を切り換える。
「先生は、インターネットにも興味をお持ちですよね?それもかなり熱心に」
「ああ、結構やってるね」
「それも、ブログだとか他のインターネットサービスをいくつも掛け持ちしていらっしゃる。そうして、全部中途半端にされている」
「た、確かに…それは僕も申し訳なく思ってるんだ。いろいろと興味は持つんだけど、その興味が長続きしない性格でね。どうにも飽きっぽくていけない」
「それは、まだいいんです。問題は内容です」
「内容?」
「そう。ブログやなんやかんやで書かれている文章の内容です」
「どう問題なんだい?」
「そこで書かれているコトもやっぱりお金なんです。そうでなかったら、『いかにして人気を獲得するか?フォロワーを増やすか?』そんなコトばっかり。それと宣伝。過去に出した本の宣伝でいっぱい!その上、書いている小説もお金の話ばかりでしょ?そういうのに、読者は飽き飽きしちゃってるんですよ」
「そんなにいけないコトかな~?お金や評価を求めるのって?」
「それがダメだとは言いません。でも、それにも限度があります。何もかもがお金や評価の話ばかりだと、中身がスカスカになっちゃうんですよ」
「中身がスカスカに?」
「そう。人間、生きていくのにお金は必要です。小説を書いているからには、読者からの評価だって欲しくなるでしょう。でも、そればっかりだといけないんです。肝心の中身が全然なくなっちゃう。お金も評価も、あくまで何かを成した“対価”なんです。それなくして、結果ばかり追い求めちゃうと、中身がなくなっちゃうんです。バブルの時の日本みたいに。実体がともなわず、外見ばかりになってしまう」
「今の僕は、そういう状態だと?」
「そうです。読者は、そういうのに敏感ですからね。『あ、この人、お金のためにやってるんだ』『ただ評価が欲しいだけなんだな』っていうのを敏感にかぎ取っちゃうんです。そうして、逆にお金を出してくれなくなる。評価してくれなくなる。読者って、そういうものなんですよ」
「フ~ム。じゃあ、僕にお金について書かないようにしろと?」
「ま、それも1つの方法でしょうね。あるいは、それとは逆に無心でお金について書くとか。邪念を全て捨てて、非情になり、客観的な視点でお金について書く。それならばいいと思うんです。でも、おそらく先生にはその方法は無理なんじゃないかなと思います。だって、あまりにもお金が好き過ぎるんだもの…」
しばらくボンヤリと考えてから、ピーナッツ・ヨシダ先生はひとりごとをつぶやくかのように答える。
「“お金が好き過ぎる”か。確かに、その通りだなぁ。僕は、金を愛してやまない。“いかにして楽に儲けるか?”そればっかり考えて暮らしている。だから、小説にもそれを反映させようと思ったんだけど。楽に金を稼げる方法を書けば、同じように考えている読者も喜んでくれると思ったんだけどなぁ」
ふぅ…と、ため息を1つついてから、私は続けた。
「それは、それでも構わないと思います。ただし、それを極めるならばね」
「極める?」
「そうです。これまた失礼な言い方になってしまうかもしれませんが、先生の書く小説の情報は中途半端が過ぎるんです。どれもこれも、どこかで聞いたような話ばかり。まるで、インターネットで検索して調べてきた情報をそのまんま書いたようにね」
「そ、それは…図星だな」
「でしょ?何も知らない読者ならば、それで騙されるかもしれません。でも、現代の読者はみんな情報通なんです。ネットで調べた情報ばかりだと一発で見抜かれてしまうんです」
「なるほど…」
「昔の先生は、違っていたのに…」と、私はもらす。
「昔の僕は違っていた?どこがどう?昔から、その辺は同じスタイルのはずなんだけどなぁ。自分で調べて、それを小説に反映させる。もちろん、書いているテーマは変わってしまったけどね」
「そうじゃありません。昔の先生は、もっと自分の足を使っていたはずです。自分の足で歩き、自分の目で見て、自分の頭を使い、自分の口で会話していた。そうやって苦労して調べてきた情報を使って小説にしていたはずです。それが今や、ネットで調べた情報だけで形成されているだなんて。なんだか、嘆かわしいです…」
ちょっと厳しく言い過ぎたかな?とも思ったけれど、このくらい言っておかないとわかってもらえないだろう。
私は読者を代表するつもりで、ピーナッツ・ヨシダ先生に思いの丈を伝え、先生のお家をあとにしたのだった。




