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いくらでも小説は書けるのだけど…(前編)

 世の中には、小説を書きたくても書けない人がいる。

「書こう!書こう!」と思っても、全然先に進まない。「小説を書きたい!」という意欲はあるのだけど、執筆量は増えないまま。


 かと思えば、それとは全く逆。

「いくらでも書けてしまう!」という人もいる。

 ところが、そういう人に限って、一向に芽が出ない。量は書けるのだけど、なかなか読者がついてくれない。

 賞に応募しても、編集者の目には止まらず、最終審査までは進まない。ヘタをすれば、一次審査にも引っかからない。


 それには、ふたつの理由があると思う。

 ひとつは、読者側の問題。作者のレベルが高すぎて、読者がついてこられないのだ。

 もうひとつは、もちろん作者側の問題。

 自分では「天才だ!」と思っているけれども、実際にはそこまで実力が追いついていない。


 小説の難しい所はここで。ただ、たくさん書けばいいというものではない。

 どうしても、量だけでは限界がある。必ず“質”もともなわなければ。

 今回は、そういうお話なのです。


         *


 ある時、私ミカミカは、とんでもなく長尺な小説を読まされるはめにおちいってしまった。


 小説読み師としてお仕事。この料金はどうなっているかといえば、基本的には量で決まる。“原稿用紙何枚”とか“何文字の小説”とか“何時間の会話をした”とか、それに比例して料金は跳ね上がっていく。

 完全にいくらと決まっているわけではないけれど、目安としては原稿用紙40~50枚の短編小説で1万円前後。それで、3~4時間はみっちりと会話する。

 あとは交渉しだい。

 それを安い取るか、高いと取るかは、人によってマチマチだろう。

 大金持ちの人からすれば、はした金に過ぎないだろうし、貧乏な人からすれば、とんでもなく高額に思えるかもしれない。


 そんな中、「1000万文字の小説を読んでくれ!」という依頼が舞い込んできた。

 もちろん、お断りした。そんな長い小説を読めるはずがない。仮に最後まで読み通せたとしても、細部までちゃんと目を配って読む自信はない。まともな評価もできないだろうし、的確なアドバイスをするのも無理だろう。

 私にだって、この小説読み師という職業に対する自負と誇りがある。中途半端な仕事はしたくはない。


 けれども、そこを強引に押し通されてしまった。

「お願いだ!もちろん、まともに全部読まなくてもいい!概略がいりゃくだけでいいんだ!大まかに読んでもらって、大まかな感想をくれればいい!長編小説1本分の料金を払う!その金額に見合うだけのアドバイスをくれれば、それで構わない!」

 そう言われたからだ。

 長編小説1本分となると、結構な収入になる。いわゆる“おいしい仕事”だ。そこに魅力を感じないわけがない。

 それに、私自身、「ちょっと挑戦してみたいな」という気持ちもあった。偉大な登山家が、巨大な山に挑むように。ひとつの高い山に登ったら「さらに高い山に登ってみたい!」それにも登り終えたら「さらにさらに高い山に!」と、挑んでみたくなるのと同じ気持ちだ。

「わかりました。それでは、長編小説1本分の料金でお受けします。その代わり、あくまで概略だけですよ。細かい部分にまでは目が行き届かないと思ってください」と、電話口で私は答えた。

「ありがとう!ほんとうにありがとう!」と、若い男の人の声が返ってきた。

 その後、細かい交渉を重ね、料金が決定した。


 依頼主の名は、オサダさん。

 電話での声は若かったが、実際はもう30代も後半に達していた。

 20代の前半から小説を書き始め、これまで10年以上も書き続けてきた経歴の持ち主だ。その間、1000万文字以上の大作を書き進め、いまだに執筆は続いているのだという。

 それ以外にも、細かい作品を何作も書いていて、その内の何作は完成し、何作かは未完成のまま放置されている状態だ。

 ま、ここまできたら、“ベテラン”の部類と言っていいだろう。

 なにしろ、一生かけても1000万文字以上の小説を書ける人の方が少ない。


 オサダさんの超大作は、インターネット上に公開されていた。

 基本はスペースオペラらしい。そこに、社会問題だとか、恋愛だとか、ホラーだとか、ファンタジーだとか、様々な要素が含まれている。

「さて、どうしたものかしら?」と、私は果てしなく高い山の前に立ち尽くし、茫然ぼうぜんとしていた。

 ペラペラと拾い読みしてみて、大体どういうタイプの小説かはわかったのだけど、それ以上にどうすればいいのかわからない。

 さすがに、これだけの文字数を細かく読み込んでいくわけにもいかないし…


 仕方がないので、まず、最初の数万文字と、連載されている最新の数万文字だけ比べて読んでみた。

「明らかに違う。最初の頃は、とても丁寧に書き込んである。書き込みすぎて読みづらいくらい。ところが、最後の方になると超適当!完全に書き殴っている。誤字脱字も散見されるし。さすがに、これは“手を抜いている”と思われても、仕方がないんじゃないかしら?」と、私は自分の部屋の中で、ひとりつぶやいた。


 次に、どこからそんな風になったのか調べてみる。

 最初の80万文字くらいまでは、結構丁寧に書かれている。時期によっては、書き込みの割には非常に読みやすいくらい。

 それが、100万文字を越えたあたりから、文章がスカスカになっていく。会話が増え、地の文が極端に減っていく。その上、誰がどのセリフをしゃべっているのかさえ、サッパリわからない。

「これじゃ、さすがにね…」と、私はあきれてしまった。


 その後は、ポイントになりそうな部分だけ拾い読みしていき、大体の感想をメモし終えた。

「これで、よし!っと。あとは、直接本人に伝えるだけね」

 ま、それが問題なのだ。一番の大問題。なるべく本人にショックを与えないように、それでいて真実を伝えなければならない。

 “あなたのやっていたコトは無駄でしたよ。もっと、早くに気がつくべきでしたね。どこかの地点で方向転換しなければならなかったのに。小説というのは、ただ単に量を書けばいいというモノではないのです。質が伴わなければ読んではもらえません”と。

 残酷なようだけど、それが真実だった。

 さて、どのような伝え方をすればよいのだろうか?


         *


 今回の依頼主であるオサダさんとの面会当日。

 オサダさんは、地方都市の閑静な住宅街にある2階建ての一軒家にひとりで住んでいた。

 私は、そこまで1時間半ほど電車を乗りついで、ようやくたどりついた。


「こんにちは~♪お約束していたミカミカです~」

 私が玄関のインターホンに向ってそう声をかけると、中から細身の男性が現われた。髪はボサボサ、ヒゲも伸び放題。ただ、それ以外は意外と清潔にしている。

「ああ、どうぞ。あがってください」

 オサダさんに言われて、私は家の中へと上がりこむ。

 廊下はきれいに掃除されていて、通された部屋もキチッと片づいている。

「へ~、意外ですね。もっと散らかってるイメージだったのに」

 私の言葉に、ボサボサ髪の青年が反応する。

「ああ…こういう人生ってね、あまり物が必要なくて。小説を書くのに最低限の資料さえあれば、他は特に。欲しい物だってそんなにないし」

「へ~」

「それに、やる気が出ない日なんかにね、掃除したり洗濯したりするんだ。それで気晴らしになる。気づいたら、こんな感じさ」

 なんだかボ~ッとしていて、魂が抜けたようなしゃべり方をする人だ。電話で応対した時には、もっと情熱的で鬼気迫ききせまっている感じがしたのに。

「失礼ですけど、おひとり暮らしで?」

「ああ…家族はね。父も母も早くに亡くなってね。それで、ずっとこんな生活をしてるんだ。さいわい、つつましやかな生活をしていれば、とりあえずは生活していけるだけのお金は残してくれていたので」

「それで、小説を?」

「ああ、そうなんだ。小説を…小説を書いて生きてきたんだ。これまでも、きっとこれからも。僕の望みは、それだけ。ただ、それだけなんだ。一生小説を書いていたいだけ。死ぬまで、この暮らしを続けたいだけ」

「で?なぜ、心境の変化が?」と、私はたずねる。

「変化?」

「だって、そうでしょ?これまでは、読者を意識せずに書き続けていた。それが、ここに来て、なぜ人に読んでもらいたいと?私に読んでもらいたいと思ったんです?」

「ああ…そういうコトか。そうね。なんか、“このままでいいのかな?”って。漠然ばくぜんと、ただ漠然と。こんな時間が、あと20年も30年も、もしかしたらそれ以上かも。続いていっていいのかな?って」

 相変わらず、ふわふわとしていて、つかみどころのないしゃべり方をする人だ。

 ま、いいわ。そういうのは全然関係ない。小説を書くのに性格は関係ない。ふわふわだろうが、ゴツゴツだろうが、なんでもいい。要は作品なのだ。人としての性格など、どうでもいい。

「わかりました。では、そろそろ始めましょうか?」と、私は切り出した。

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