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反逆の物語

 アベさんの完成させた小説は、一言ひとことで言えば、“反逆の物語”だった。

 過酷な労働をいられる労働者たちが、低賃金でこき使われる。前半は、克明な描写でその様子がえがかれる。ひたすらに地獄のような日々が続いていく。

 さすがは、実体験で同じような目にあっているだけはある。圧倒的リアリティと迫力で、労働者たちの暮らしがよく描けている。

 後半は、主人公を中心に、雇い主や社会に反旗をひるがえすストーリーが展開されていく。この辺りは、読んでいて胸をすくような思いにさせられる。

 最終的には反逆は失敗に終わり、首謀者たちは粛清しゅくせいされる運命にあるのだが…

 そこにさえ、現実の恐ろしさ・壁の高さをまざまざと感じさせられ、読後感は感慨深いものがあるのだった。


「素晴らしいですよ、これ!ぜひ、どこかの賞に応募してみるべきです!」と、私は提案する。

 ところが、とうのアベさんの方は、そんな気は全くないのだった。

「どうでもいい。そんなコト。その原稿は好きにしてくれ…」と、完全に興味を失っているのだった。

 アベさんは、最高の小説を完成させるべく全身全霊を傾けた結果、何もかもを失って、もぬけのからとなってしまっていた。全てのエネルギーを小説に吸い取られ、完全に脱力状態、無気力人間としてしまっていたのだ。

「わかりました。じゃあ、この原稿は預からせてください。私が出版先を探してきますから」

 そう言って、私はアベさんの部屋をあとにした。

「ああ、好きにするがいいさ…」

 背後から、そのような言葉をつぶやくのを耳にしながら。


         *


 ここで私は思案した。

戦学社せんがくしゃに持っていくべきだろうか?」と、一瞬考えた。

 以前に5対5の作家勝負をした出版社だ。

 1度、戦学社の社長さんに呼び出されて、こう言われたコトがあったからだ。

「誰か、優秀な作家はいないか?いれば、紹介して欲しい。君の人脈を使えば、きっと、まだまだ隠れた才能ある者たちを発掘できるだろう」と。


 けれども、しばらく考えたのちに私が足を向けたのはナカムラさんのお屋敷だった。“トレビアン・ナカムラ”という名前で小説を書き続けているお金持ちの社長さんのもとだ。

 以前から、ナカムラさんは、自分の書いた小説を本にしたがっていた。そのくらいの資産は軽くある。物理的には、1000冊や2000冊の本をるだなんて、雑作ぞうさもないことだ。ただし、ナカムラさんの方は「ミカミカ君に認められるような作品が書けるようになるまで、それはやめておこう」と言ってくれていた。

「そろそろ、その時が近づいているな…」と、私も思っていた。ナカムラさんの小説の腕はメキメキと上がり、すでにまともに読者が読めるレベルにまで到達していた。元々、個性あふれる作品を書いていた人だ。内容的には、もはや問題はない。

「よければ、他に何人か一緒に本を出したいと思っているのだが。私ひとりが本を出しても、それは『金の力で出版したに過ぎない』と思われるかもしれない。同時に何冊か出版し、読者に読み比べてもらいたいのだ。そうして正統な評価を聞きたい」

 ナカムラさんは、そんな風に語っていた。

 私は、その内の1冊にアベさんの作品をすつもりでいた。

「これならば、いける!うまくすれば、この作品はなんらかの賞を受賞できるだろう。その為には、大手から出版した方がいいに決まっている。その方が圧倒的有利だもの。でも、この作品はそうじゃない方がいい気がする。もっと小さな、誰も注目していない小さな場所から始めた方がいいような気がする。その方が、ふさわしい。そっちの方がドラマがある。なによりも、この作品に合っている!」

 そう信じて、私はナカムラさんのもとを訪れたのだった。


 いつもの依頼者としてではなく、ひとりの経営者として、ナカムラさんは私の提案をこころよく受け入れてくれた。まさに“快諾かいだく”といった感じだった。

「いいよ、いいよ。私も感動した。この小説を読んで、“労働とは何か?”“労働者とは、どうあるべきか?”“もっと労働環境を改善してやらねばな”と思い直した」

 アベさんの作品を読み終わると、ナカムラさんはそう言ってくれた。

「じゃあ、いいんですね?この小説を世に出して?」と、私はあらためてたずねる。

「ああ、もちろんさ。ミカミカ君の推薦してくれたこの作品を、私の作品と同時に本にしよう!」


 こうして、アベさんの魂の結晶は、まだ名も知られぬ弱小出版社から刊行されることが決まった。

 同時にそれは、小さいな小さな新しい会社が生まれた瞬間でもあった。ナカムラ書房の誕生である。

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