憎悪の結晶化
毎日、近所のパン工場に単純労働に出かけるアベさんは、アレからも必死に小説を書き続けていた。
毎朝、朝早くに起きてきては、出勤前の1時間か2時間を執筆にあてるのだ。それに加えて、休日の日もできるだけ部屋にこもり、自分の作品と格闘していた。
いつも思ったように書き進められるわけではなく、全く筆の進まない日も多かったが、それでも全身全霊を傾けて小説と向かい合っていた。それだけは違いがない。
そうして、書いては削り、書いては削りを繰り返し、着々と作品は書き上がっていく。まるで、古代の奴隷が巨大な重い石を積み上げてピラミッドを作り上げていったように…
私は、そんなアベさんの姿を見に、時々部屋を訪れていた。
「ミカミカちゃん!オレは、この世界が憎くて憎くて仕方がないんだ!何もかもをブチ壊し、破壊してやりたい!デストロイしつくしてやりたい!」
そう言いながらも、アベさんは前へ前へと進んでいく。3歩進んで2歩下がり、5歩進んではまた4歩戻るといった感じではあったけれども、着実に着実に進んでいく。
そんなアベさんの姿と、書き上がった原稿を読んで、私はこう叫ぶ。
「ああ~、いい!いいわ、アベさん!これよ、これ!これこそがあなたの書くべき小説!あなたにしか書けない作品だわ!人を憎みなさい。世界を憎みなさい。でも、決して犯罪者になってはいけない。その憎しみを昇華させ、作品とするのよ。あなたには、その力がある」
「よっし、わかった!ミカミカちゃん!」と答え、再び執筆に集中するアベさん。
私たちの関係は、ある種、SMプレイの女王様と奴隷の関係にも似ていた。
アベさんが最後まで原稿を書き上げると、私はそれをまた最初から書き直すように命令する。
それが完成すると、また最初から。
その行為を何度も何度も繰り返している内に、作品はより洗練され、鋭さを増し尖っていく。そうして、不必要な部分を削りに削り、それでも残った文章は、得も言われぬ負の感情と重厚さを感じさせるものとなった。
こうして、アベさんは憎しみの権化と化した。
その憎悪は結晶化し、1つの作品が誕生した。




