心を浸食する小説
プロの作家たちとの対決が終わっても、イワカベさんは悩んでいた。
「なぜだ?なぜなんだ?なぜ、オレの作品は評価されない?」
私は、それに対してやさしく反論する。
「そんなコトありませんよ。イワカベさんの小説の魅力をわかってくれた人はちゃんといたじゃないですか。現に私だって…」
「けど、得票数だって一番低かったし、感想だって一番少なかった。あの中で誰よりも認められていないのはオレだったって、証明されたじゃないか!」
「数なんて関係ありません。要は内容なんです。書いている小説がよくなければ、どんなに人気があったってそんなものは無意味です。一時の人気に過ぎない。いずれ、忘れ去られちゃいます」
それでも、イワカベさんは頭を抱えたままだった。
やれやれ、仕方がない。これは、いくらか本腰を据えて語らなければいけないようだ。
私は、しばらくの沈黙ののち、意を決して語り始めた。
「いいですか?心して聞いてください」
「はい」と、イワカベさんは、また何も知らない子供みたいな表情でジッと私の方を見つめてくる。
「あなたの書く小説は強すぎる。よくも悪くも力が強すぎる。影響力がありすぎるんです。だから、人々は敬遠しがちになる」
「じゃあ、やっぱり駄目ってことじゃないか」
「そうじゃない。そうじゃないんです。あまりにも真実を語りすぎていて、みんな、目をそらしてしまうんです。みんな、心の底ではわかっているはずなんです。“ああ、これが真に大切なコトなんだな…”って。でも、それを認めようとはしない。わかっていて認めたがらない。なぜだか、わかります?」
しばらくの間があってから、イワカベさんはポツリと答える。
「わからない」
「世界を変える小説は、世界を破壊する小説でもあるんです。それまで生きてきて身につけてきた経験・常識・思考スタイル…などなど。真実を認めるためには、それらを1度捨てる必要がある。そうして、その人の生き方そのものすら破壊してしまわければならない。そうすることで人は先に進めるんです。これまで学んできた全てを破壊して、新しい道へと進める」
「フム」と熱心に聞き入っているイワカベさん。
「でも、そんなコトができる人は、わずかしかいない。極々少数の限られた人たちだけ。他の人たちには、そこまでのゆとりがないんです。心のゆとりも、人生を根底から変えてしまうのに必要な時間や経済的なゆとりもね」
「そんなモノなくても、人は変われるだろう?」
私はその言葉を聞いて、左右に首を振る。
「たとえば、これまでの人生が“一生懸命マジメに働きさえすれば、人は幸せになれる”という考え方を信条としていたとしましょう。ところが、イワカベさんの小説を読んで、“それは間違っていたんだ!そうじゃなかったんだ!もっと別の生き方をしなければ!”と強く思ったとしましょう。でも、実際に行動を起こすには物凄く大きなエネルギーが必要になる。転職するには、今の仕事をやめないといけませんよね?」
「うん」
「あるいは、新しい恋に生きるためには、前の恋をあきらめなければならない」
「うんうん」
「もしくは、こう。イワカベさんがよくテーマとして書いておられる“自由の謳歌”もそうです。世の中には、日々の労働に疲れ、身も心もズタズタに切り裂かれるような生活をしている人たちが大勢います。そこに、自由気ままに人生を謳歌している人の話を書いた本が置かれたとするでしょ?それを読んだ読者には、どう思われるかしら?」
「『いいな~!オレもあんな風に生きたいな~!』かな?」
「かもしれません。でも、それ以上に、こう思うのでは?『なんで、あいつはあんな風に自由に勝手に生きてやがるんだ?オレは、そうじゃない。オレは、あんな風には生きられない!オレには、あんな人生を歩めやしない!だから、悔しい!』と、こうなるのでは?」
「じゃあ、仕事をやめて自由になればいいじゃないか」
「…と、イワカベさんなら当然そう思うでしょうね。でも、世の中のほとんどの人はそう思えないんです。たとえ思ったとして、それを実際に行動には移せません。自由に生きている人を見て、羨んだり、悔しがったりするだけです」
「フム」
「そんな小説を誰が読みたがると思いますか?」
「なるほどね。つまり、読者はオレの書いている小説の主人公を見て嫉妬してるわけだ」
「まあ、そう表現しても構わないと思います。いずれにしても、ほとんどの読者はそういう小説を好んで読みたがったりはしないということなんです。世間一般の読者が望むのは、読んだあとに『あ~、楽しかった!』とか『おもしろかったな~!』と思える小説なんです。決して、読者を傷つけるような小説ではなくてね」
「なるほどね。オレの書く小説は人を傷つけていると?」
「そうです。それがどんなにクオリティの高い作品であったとしても、読者に嫌な思いをさせた時点で失格。もう読んではもらえないわけです」
「でも、ホラーは?他にも、主人公がボロボロに傷つく作品だってあるだろう?」
「確かに。でも、そういう小説は、心のどこかで『どうせ、これは別の世界のどこかの話なんだろう』っていう思いがあるわけです。だけど、イワカベさんの書く小説は違う。妙なリアリティがある。読んでいる読者を引き込み、『ああ、これは自分の話なんだ』『オレたちのコトだ』『私たちのコトを語っているのね』と思わせる何かがある」
「だって、そういう風に仕掛けてあるんだもの」
「でしょ?それは読んでいてわかります。『ああ、この作者は、読んでいる読者を物語の世界に引き込むために、わざとやっているんだな』って。それが伝わってきます。あなたの書く小説は、あまりにも影響力がありすぎる。人の心を根底から揺るがすような、心を浸食するような小説。本来なら、そんなものを書いてはいけないのよ。だって、人は直感的にそれを避けようとするのですもの。心を壊されないためにね」
「じゃあ、ミカミカさんは、どうして無事なんだ?どうして、心を壊されずに済む?」
「そりゃあ、私は小説読み師ですもの。常に心をガードしているもの。いいえ、正確に言えば、心を開きながら同時にガードもしている。そのくらいの経験は積んでいる。イワカベさんの書く作品ほどではないにしろ、人に大きな影響を与える小説だっていくつも読んできている。そういう経験が、私を守ってくれる。そうして、心を破壊されない程度に、ゆっくりゆっくりと吸収していけるの。あなたの書いた小説をね。でも、防御力なき者が触れてはならない小説。そういうのも存在するのよ」
「じゃあ、オレに、そういう小説を書くのをやめろと?」
「いえ、そういうわけではありません。むしろ、もっとそういう小説を書いて欲しい。だって、あなたにはそれだけの才能を与えられているのだもの。他の人にはない貴重な貴重な才能を。あなたはあなたなりの小説を書けばいい。あなたにしか書けない小説を書けばいい」
「だったら、今まで通りでいいってこと?」
「そう。今まで通り、自信満々に書き続ければいいんです。『オレは、天才だ!誰にも書けない最高の小説を書いてやる!』って思いながらね。ただ、そういう小説を書くなら、そういう小説を書くなりに“覚悟”というものが必要だと、そう言っているだけなんです」
「覚悟?」
「そう、覚悟です。『オレの書く小説は、ほとんどの人間には理解されない。読まれはしない。それでもいい。それでも、オレは書き続けるぞ!』という覚悟です。世界中全ての人間を敵に回してでも、それでも自分の信念を貫き通して書き続けるくらいの覚悟」
「それはある。あるつもりだ」
「でしょうね?でも、時々弱音を吐いてしまう。それは、まだ覚悟が足りない証拠」
「覚悟が足りないか…」
「いずれ、イワカベさんの書く小説も、読者に理解される時が来ます。読者の方にもそれだけの心のゆとりができ、そこまで読書能力のレベルが上がる時が。時代が追いついてくる時がね。それまで我慢して書き続けるんです。それしか方法がありません」
「わかった。もうしばらくがんばってみるよ」
「でも、安心してください。たとえ世界が敵に回ったとしても、私は…私だけは、イワカベさんの書く小説を応援します。擁護し続けます。もっとも、今と違って妥協するような作品を書くようになった時には、その限りではないかもしれませんが…」
それで、イワカベさんは納得し、安心してくれた。そうして、再び原稿へと向かい始めた。
それと同時に、私は私の中に眠る才能にも気づき始めていた。




