理想の作家の姿と、現在の自分の姿
次に訪れたのは、イワカベさんの部屋だった。
すると、イワカベさんは、また例の病気が発病してしまっていた。
「駄目だ!こんなんじゃ駄目だ!オレは天才なんだ!もっといい作品が書けるはずなんだ!なのに実力が足りない!足りないよ~!」と、手足をバタバタさせながら暴れ回っている。
そんなイワカベさんを横目に、試しに書き上げた原稿を読ませてもらう私。
けれども、決して悪くない。いや、それどころか、かなりいい!イワカベさんの中では何かもっと目指すものがあるのだろうが、私からしてみると、持ち味も充分に生かせていて、とてもいい小説に思えた。
「イワカベさん。これ、問題ないですよ。もうあとは細かい部分を修正して、完成原稿として出しちゃいましょう」
けれども、私の意見には耳も貸そうとはしない。
「駄目だ!駄目!駄目!こんなんじゃ全然駄目だ!最初から書き直す!」などと、手足をバタバタさせながら叫んでいる。
「大丈夫ですって。これで、充分通用します」
「いいや、駄目だ!普段ならよくても、今回は大勢の人の目に触れるんだ!今までのレベルで満足しているわけにはいかない!」
そう言って、聞かない。
確かに、この向上心たるや素晴らしいものがある。きっと、これだけ高みを目指しながら小説を書き続ければ、今にもっといい作品が書けるようになるだろう。来年は今年よりも、3年後は来年よりも、5年後は3年後よりもさらにいい小説が書けるようになっているはず。他の人たちにも見習ってもらいたいくらい。
けれども、今回は締め切りが迫ってきているのだ。
私は、ふぅ…と大きく息を吐くと、続けてマシンガンのごとくしゃべり始めた。
「いいですか?イワカベさん?今回は締め切りがあるんですよ。いいえ、今回だけじゃない。今後もずっと同じ。プロの作家としてやっていく気があるならば、締め切りは守らなければ。それは鉄則。ここで書き直していると、間に合わなくなるかもしれない。どんなにいい作品を書き上げたとしても、締め切りに間に合わなければ全部おじゃん!白紙で提出したのと同じになっちゃうんです!どうしても、それだけは避けないと!」
「いや、わかってるよ、ミカミカさん。わかってはいるんだけど、その時間内で最高の作品に仕上げたい。その気持ちもわかるだろう?時間にも間に合わせる、クオリティも高める。オレは、その両方を達成したいんだ!」
「じゃあ、これから書き直して、これ以上の作品になるんですか?」
「それはわかんない。わかんないから、こんな風に嘆いているんじゃないか。オレにもっと実力があったら、こんな苦労はしないさ。でも、その実力が足りない。それが、もどかしくてもごかしくてたまらないんだ!」
まったくこの人は…
明らかに、他の人たちに比べれば実力はある。才能だってある。でも、その才能に現在の実力が追いついていない。きっと、そういうコトなのだ。
イワカベさんの中には理想とする作品像がある。理想の小説家の姿がある。きっと、潜在的にはそうなれるだけの才能も秘めているだろう。でも、今はそうじゃない。今はまだ駄目。その理想に、現在の実力が到達していない。そこに悩み苦しんでいるのだった。
それが私にもわかる。わかるからどうにかしてあげたい。でも、ここから先は私ではどうしようもない。私だけじゃない。他の誰でも同じ。手の出しようがない領域。作家が心の底に抱える悩みは、その作家自身がどうにかするしかない。
「わかりました。じゃあ、好きに書いてください。この作品を満足するまで手直しするでも、1から書き直すでも構いません。でも、この原稿はいただいていきます。とりあえず、コピーをとらせてもらいますね。で、どうしても間に合わなかった場合は、これを使わせてもらいます。それで構いませんね?」
「ああ、それでいいよ」と答えると、イワカベさんは再びパソコンの前に座り、格闘を始めた。
もちろん、それですぐに書き始められるわけがない。わけはないのだが、それでも必死に頭をひねり、1行でも書き進めようとがんばるのだった。




