ひきこもりの小説家志望者
ある時、私は新しい人を担当することになった。
今回の依頼者は、本人ではなくその母親。とはいっても、依頼者の息子はシンジ君の時のように子供ではない。もう立派な大人。年齢的にはね。
でも、中身の方は…
「もう、いいよ~!こんな人、呼んでこなくていいから!さっさと帰ってもらってよ!」
そう叫んでいるのは、リョウタ君。君づけでよんでいるけど、年齢は私よりもずっと上。もう30歳を過ぎている。この年になるまで、外で働いた経験は全くないそうだ。
ほとんど家から出ることはない。いわゆる“ひきこもり”だ。
もっとも、たまには近所のコンビニに出かけたり、ラーメン屋さんにラーメンを食べに行ったりすることくらいはあるらしいので、完全なひきこもりというわけでもないみたいだけれども。
やろうと思えば、まともに人とつき合うこともできる。会話もできる。ただ、そうしようとしないだけ。そういうタイプなのだ、リョウタ君は。
では、何をしているかって?
家で小説を書いているんですって。少なくとも、そういうコトになっている。でも、実際には…よくわからないのだ。母親にもわからないし、他の誰にもわからない。わかっているのは、リョウタ君本人だけ。
これでは、周りの人たちにもどうしようもない。応援しようにも、協力しようにも、熱が入らないのはあたりまえ。
「ほんとにマジメに小説を書いてるの?この先、プロの小説家になれる見込みはあるの?」
家族の人たちが、そう疑問に思うのも当然というもの。
そこで、私の出番というわけ。
「でも、そんなコト言ったって、このままじゃあ、どうしようもないでしょ?このまま、あと何年この生活を続ける気なの?私たちが死んだらどうするの?誰があなたの面倒を見る?誰に養ってもらうの?」
強い口調でそう言っているのは、リョウタ君の母親。
ま、その主張ももっともだ。極々自然な疑問だと言える。
「いいから!どうにかするから!」
「でも、どうにもならなかったらどうするの?」
「そん時は死ぬよ!どうせ、僕なんかが社会に出たってまともに働けはしないんだ!だから、誰にも迷惑をかけないようにひっそりと死ぬよ!」
「もう!また、そんなコト言って!」
…と、ひたすら、こんなやり取りが続いている。
そこで、さすがに私もふたりの間に割って入る。
「まあまあまあ…確かに、お母さんのおっしゃるコトはもっともです。でも、小説ってこういう世界ですからね。普通の人にはわからないコトもたくさんあるんですよ。一般社会の常識が全く通用しない世界だったりするわけです。なので、もしかしたら、リョウタ君の言っているコトの方が正解かもしれないわけです」
私がそう言うと、すぐにお母さんの方からこう返ってくる。
「じゃあ、リョウタは小説家になれるんですか?プロの小説家になれる?そうして、お金を稼いで立派にひとりで生きていけるんですね?」
「それはわかりません。“絶対!”はありません。絶対に駄目とも、絶対に大丈夫とも言い切れません。でも、ある程度の可能性を確認するコトくらいはできます。箸にも棒にもかからないのか?それとも、実は物凄い才能があって、ただ世間に認められていだけないのか?」
「どっちなんです?リョウタは?」
「だから、それを今から確かめようっていうんじゃないですか。とりあえず、作品を見せてもらわないと。人間性だけ見てもわかりませんよ。どうしようもないクズみたいな性格の人が、世にも美しい小説や詩を書いてみせることもあるかと思ったら、素晴らしい性格の持ち主が愚にもつかない駄作ばかりを量産してみたりもする。これは、そういう世界なんです」
「なるほど。それも、もっともですね」とお母さんの方は納得してくれた。
私は、クルリとリョウタ君の方に向き直り、やさしくこう語りかけた。
「じゃあ、作品の方を見せてくれるかな?リョウタ君の書いた小説。できれば、これまでで一番の自信作がいいな。それと、最近書いているものも」
そう言われて、リョウタ君の方も渋々ながら納得し、自分の部屋に原稿を取りに戻った。
*
しばらくの時が過ぎ、リョウタ君が2階の自室から紙の束を持って降りてきた。
ドサッとテーブルの上に置かれた原稿の中から、100枚ほどの紙を抜き取ると、リョウタ君はそれを私に手渡した。
「一番の自信作っていうと、これかな~?でも、これも小説の公募に出して、2次審査で落ちたヤツだけど…」
「どれどれ…」と、私は渡された原稿を読み始める。
パッと一目見て、私は思った。
「あ、これは読みやすい」と。
おそらく、これならば中学生や高校生でも苦もなく読み進めることができるだろう。もしかしたら、それをターゲットに想定して書かれた作品なのかもしれない。
「フムフム。なるほどね~」
「へ~、なかなかやるじゃないの」
「ああ~、やっぱりね~!」
などと口に出しながら、読み進めていく私。
1時間ほどして、ひと通り最後まで原稿を読み終えた。
「で、どうですか?」と、お母さんの方から口火を切ってくる。
「そうですね…」と、ちょっと間を置いてから私は答える。
「軽く読み流しただけなので、もっと時間をかけてゆっくりと読み直してみたら、また感想も変わるかもしれませんけど。一言で言うと、上手いですよ。小説として、実によくできています。完成度も高いし、最初から最後までワクワクしながら読むことができたし、細かいミスもほとんどないし…」
「じゃあ、プロになれますか?」と、またお母さんの方がたずねてくる。
「そうですね。これは、あくまで個人的な感想ですけど。この小説が、プロの小説家の作品として本屋さんに並んでいてもおかしくはないと思います」
「ほんとに!?」と、お母さんは驚く。
リョウタ君の方も、目をまん丸にして驚いている。
「ただし、並んでいなくてもおかしくないと思います」
私がそう言うと、またふたりは驚く。
「ど、どういうコトですか?」とお母さん。
「つまり、こういうコトです。この小説は、本屋さんに並んでいても並んでいなくてもおかしくない。そのくらいのクオリティの高さは持ちつつも、同時に決定打もないってコトです。『ど~してもこの小説を世に出さないといけない!』っていうほどのインパクトはありません。だけど、そつなく上手いし、それなりにおもしろい。楽しみながら最初から最後まで読ませる力もある。そこそこ高いレベルで安定しているんです」
その言葉を聞いて、リョウタ君の方は「やっぱりね…」と顔をした。それだけ言えば、私の言いたいコトが理解できたのだろう。
ところが、お母さんの方は、さらに質問を続けてくる。
「それって、いいコトなんですか?悪いコトなんですか?」
そこで、私はちょっと考えてから、こう答える。
「ウ~ン…これ、難しいところで。どっちとも言えるんですよね。こういう人は、安定していい作品を生み出しやすい。対して、それ以上になるのも難しい。殻を破って大きく成長するのが苦手なタイプだからです」
それを聞いて、リョウタ君はウンウンと大きくうなずいている。
「じゃあ、どうすればいいんですか?」と、お母さんの質問は続く。
「そうですね…何か大きな衝撃を受けて、成長できればいいんですけど。でも、そういうのはなかなか難しい。なので、普通はコツコツやっていくしかないですね。コツコツがんばって、少しずつ成長していく。それで、プロとして立派にやっていけるくらいのラインを越える。それが、普通の作家のやり方です」
「だったら、このままでいいと?このままの生活を続けてればいいってコト?」
「ま、基本的にはそうなりますね」
それを聞いて、リョウタ君のお母さんは、安心したような不安が続いているような、なんとも言えない表情をした。
それはそうだ。私の方も、中途半端な答え方をしてしまったのだから。
だけど、仕方がない。だって、それが事実なのだもの。
“リョウタ君の書く小説は、確かにクオリティは高い。プロになってもおかしくないし、なれなくてもおかしくない。そういうライン上にある作品を書く”
それが素直な私の感想なのだ。
「じゃあ、今度は最近の作品の方も見せてもらえるかな?」
私がそう言うと、今度はリョウタ君も素直に原稿を差し出してくれた。
ところが、ここで大変な問題が生じてしまっていると、私は思い知らされてしまう。




