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小説の神

 それは、いつものように依頼されて、書き上がったばかりの原稿を読んでいる時のことだった。

「なあ、ミカミカさん。“小説の神”って知ってるか?」

 突然、イワカベさんがそうつぶやいた。

「小説の神?なにそれ?」

「この世に存在するありとあらゆる小説を書くことができる存在。ジャンルを問わず、長さも関係なく、全ての小説を書いてみせる。読者を喜ばせるだけじゃない。悲しみも、憎しみも、恐怖も、あこがれも、なつかしさも、全ての感情を呼び起こしたり与えたりできる。そういう存在さ」

「へ~、聞いたことないわね」

「オレはね、ミカミカさん。その小説の神になりたいんだ」

「なれるわよ、イワカベさんなら」と、私は何も考えずに、そう答える。

「軽く言ってくれちゃうなぁ。そう簡単にはいかないさ。小説という世界を極めて極めて極め尽くして、それでもたどり着けるかどうかわからない領域だぜ」

「フ~ン」と、私もちょっと考えてみる。

 ありとあらゆる小説が書ける者…か。

「確かに、そんな人がいたら凄いわね。いえ、神様だから人じゃないのかも?いずれにしても、世界中の小説を全部ひとりで書いちゃったら、他の人たちは必要なくなっちゃうんじゃないかしら?」

「だろ?世界にたったひとり。そいつさえいれば、他は必要ない。それって、究極の存在じゃないか?」

「でも、どうしたってそういうのは無理よね。だって、人間には寿命があるんだもの。全ての小説を書いている時間なんてないわ」

「まあ、物理的にはな。けど、能力的にはなんでも書けちゃうんだぜ」

「なるほどね。イワカベさんは、そういう人になりたいのね」

「そう!だけど、オレには無理かもな。小説を極めれば極めるほど、読者は離れていってしまう。読者には理解されなくなっていく。もしも、小説の神ならば、そうはならないはず。自分の世界を極めつつも、人に受け入れられる小説を書けるはずなんだ」

「心配しなくても大丈夫。イワカベさんには、イワカベさんなりの小説の“良さ”というものがあるもの。世界中全ての人…とはいかないまでも、今にきっと読者に理解される時が来るわ。数は少ないかもしれないけれど、熱狂的なファンがついてくれるようになる。まるで、神様みたいにあがめてくれる人たちも現われるわ。それだって、1つの神様の形なんじゃない?」

「そういうんじゃないんだけどなぁ…」


 と、その時は、それ以上深くは考えてみなかった。

 けれども、後になって考え直してみて、なかなかおもしろいなと思った。

「小説の神…か」と、私はひとりつぶやく。

 この世界に存在するありとあらゆる小説を書くことができる。それって、この世界に存在しない新しい作品だって書くことができるってことよね?誰も読んだことのない未知の作品。そういうのを次から次へと生み出してみせる。世界の常識を打ち破った小説の数々を。

 もしかしたら、それはイワカベさんが生み出した妄想に過ぎないのかもしれない。あるいは、小説を書いている人たちがみんな心のどこかに持っている共通認識みたいなもの?

 でも、そんな人がほんとに存在するなら、会ってみたいなと思う。そうして、読んでみたいなとも思う。その人が書いた小説を。

 一体、どんな小説書くのだろう?その小説の神様は。

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