いずれ小説を書かなくなってしまう人
小説読み師…
この仕事を長く続けていると、小説を書いている人にもいくつかのパターンがあることがわかってくる。
たとえば、それはジャンルの違い。
人気なのは、やはりファンタジー。こことは別の世界へ飛ばされたり、生まれ変わったりして、異世界で活躍する物語。あるいは、現実の世界を舞台にしつつも、魔法だとか特殊な能力が使えるようになったりする。
SFも相変わらず人気が高い。読者の数は、ファンタジーに比べるといくらか少なくなってしまうけれども、それでも書き手の数も読み手の数も、他のジャンルに比べると多い方だ。
とはいえ、本格的なSFは読者に避けられがちな傾向がある。みんな、手軽に読書を楽しみたいのだ。あまり難しいコトを考えながら読みたいわけではない。
それから、一般文芸。
現実の世界を舞台にしつつ、特殊な能力も出てこない。いや、少しは出てくる場合もあるのだが、あからさまな魔法だとか超能力的なものは登場しない。あまりにもそういった特殊な能力が前面に出てしまうと、それは、もはやファンタジーやSFということになってしまう。
さらに、ここからジャンルは細分化していき、ミステリーだとか、恋愛モノだとか、青春小説だとかにわけられていく。特殊な能力なしに、人間関係だとか事件だとかを中心にして、読者を物語の世界へと引き込んでいくわけだ。
他にも、純文学だとか歴史小説だとかバイオレンスだとか、中には数学や科学を題材にして小説を書いている人もいる。
ま、その多くは、作者の数は多いのだけど、読者の数は一部の例外を除いて極端に少なかったりする。
ただし、ジャンルわけなんて、あまり意味はないとも言える。
極端な話をすれば、世の中に存在しているのは“いい小説を書く人”か“駄目な小説しか書けない人”か?あるいは、“おもしろい小説を書ける人”か“ツマラナイ小説ばかり書いている人”か?
あるのはそれだけだと言ってもいい。しかも、それらのわけ方は、人によって変わってくるものなのだ。
けれども、それとは全く別の分類の仕方もある。
私がこの仕事を何年も続けてきて見えてきたのは、世の中にはこの2種類の書き手がいるということだ。
“小説を書き続ける人”と“どこかの地点で、やがて小説を書かなくなってしまう人”の2種類が。
*
この頃、アベさんは熱心に執筆活動に取り組むようになっていた。
近所のパン工場で汗水たらしながら懸命に働き続けているアベさん。もちろん、目的はお金のためだ。お金がなければ生きてはいけない。ご飯も食べられやしなければ、家賃も払えはしない。小説読み師の私に支払ってくれている料金だって、そうやってかせいできているのだ。
だから、アベさんは、ほんとは働くのが嫌いだった。
「ああ~、いやだ!いやだ!こんな仕事、早くやめてしまいたい!それが無理なら、死んでしまいたい!」
いつも、そんな風に叫んでいた。まるで、口ぐせみたいに。
「ミカミカちゃん。オレは、仕事なんてしたくねぇんだ。労働なんて大ッ嫌い!心の底から憎たらしいと思ってる!」
私はそんな言葉を聞くたびに、こう返す。
「はいはい、わかってますよ。だから、ちゃんと小説を書きましょうね。そのお仕事を憎む気持ちを原稿用紙に叩きつけましょうね」
「わかってる!わかってるんだよ。けど、どうしてもそれができない。その憎たらしい仕事のせいで、平日は原稿に向う気すら起きてこねぇんだ。どうしたらいい?」
「だったら、週末だけでもがんばるしかないわね。実際に、そういう作家だっているし。普段は大学で講師なんかをやっていて、平日は全く小説とは向きあおうとしない。土日にまとめて時間を取って集中してやる。そういうプロの小説家だっているんですよ」
「そうか。そういう方法もありか…」
「ほんとは毎日書いた方がいいと思うんですけどね。どんなに忙しくても、疲れていても、必ず毎日2時間は時間を取って書き続ける。しかも、お仕事が終わってからじゃなくて、朝早く起きてからの2時間。それをほとんど1日の休みもなく続けている。そういう人だっているんです」
「そいつは大変だなぁ。仕事が終わってからヘトヘトになってからだって書けやしねぇっていうのに、朝早く起きてきてだなんて…いや、待てよ。案外その方がうまくいくのかもしれねぇな」
などと言って、最近、アベさんは朝早く起きてきて仕事前の時間を執筆にあてるようになった。
そのおかげもあってか、安定して小説を書けるようになってきた。
しかも、以前は1作を書きかけては投げ捨てて、また新しい小説を書きかけては放り投げる。なんてコトを繰り返していたのに、ちゃんと1つの小説を続けて書けるようになってきたのだった。
「うん!いいですよ!これ、いいです!」と、私はアベさんの書きかけの小説を読ませてもらって答える。
「ほんとかい?ミカミカちゃん?」
「ええ。以前からアベさんの書く小説には、何か鬼気迫るモノを感じてましたけど、それが1つの作品を通して書き続けることによって、より深く、重みを感じるようになったと思います。ぜひ、このまま続けていってください」
こんな風な会話がかわされ、アベさんはいっそうやる気を出して、執筆に専念するようになっていた。
*
世の中には、いずれ小説を書かなくなってしまう人がいる。
せっかくいい作品を書いていたり、いい才能を持ち合わせていたりするのに、ある日突然パタリと書かなくなってしまい、それっきり。そんな人の、いかに多いことか。
でも、アベさんは、そうはならないような気がしていた。小説を書く楽しさに目覚め、執筆スタイルが確立しつつある。毎日の執筆が習慣化され、決まっただけの時間書くことができるようになってきている。
そりゃ、日によって調子のいい日も悪い日もあるだろう。たくさん書けた日があったかと思えば、明日にはもう全然駄目。ほとんど1行も進みはしない。そういったムラはあるだろう。それでも、平均すれば、それなりにまとまった量を書けている。総合的には、能力が上がってきている。
ここまで来れば、もう大丈夫だろう。
「この調子でいけば、きっといい作品が完成するわね」
私は、ひとりそうつぶやいた。
人の成長を眺めるのは、ほんとに楽しい。心の底から喜ばしいと感じる。
アベさんは、この数ヶ月だけを見ても、確実に成長を遂げてきていた。そんな姿を眺めているだけで微笑ましい気持ちになってくる。
この人がプロの小説家になれるかどうかはわからない。その保証はどこにもないし、私にも断言はできない。でも、きっと、この人は今に素晴らしい小説を世に送り出すだろう。それがお金になるかどうかはわからないし、大勢の人に読まれるかどうかもわからない。
それでも、その作品は、ある種の人々の心を震わせるだろう。心の底に存在する糸を震わせ、精神の泉を波立たせるだろう。それだけは間違いないと断言できる。




