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執筆処方箋

 サノさんの家を出ると、私は次の目的地へと向う。

 今度は、カメヤマさんという50代の男性だ。主に、ゆったりとした歴史小説なんかを書いている。


「ウ~ン…そうですね~」

 カメヤマさんの新作を読み終わって、私はコメントに困った。

 言うべきコトは決まっている。ただ、それを正直に語ってしまっていいものだろうか?

 これまでも遠回しに伝えてきたつもりではあるのだけど、それで弱点は全く改善されていない。

 私は意を決して、ハッキリと伝えることにした。


「いいですか?あくまで、これは、いち読者としての意見です。ただのひとりの普通の女性読者の意見だと思ってください。あ、いえ。男性だとか女性だとかは関係ありません。ひとりの読者の意見です」

「うん…」と、ひとことカメヤマさんは答える。この人は、大変に寡黙かもくな人なのだ。

「カメヤマさんの書く小説は退屈なんですよ。たぶん、歴史小説って、こういうものなんだと思います。基本的には、退屈なものなんでしょう。でも、それにしてもです!こう…なんていうか、心の底からワクワクしてくる感じがしない」

「ワクワク…」

「そう!ワクワクです!私は、この手の小説は専門じゃないし、あんまり読んだこともありません。それでも、いくらかはこういう本も読んだ経験があります。ワクワクしました!そりゃ、相手はプロの作家だし、いまだにこの世に残ってるってことは傑作の部類なんでしょう。それでもです!」

「フム…」

「カメヤマさんにだって、そういう小説が書けるはずなんです!全部が全部おもしろくなきゃいけないってわけじゃないんです!そりゃ、長い小説を書いてれば、退屈なシーンも出てくるでしょう。でも、最初の1ページ目から、最後のひと文字まで全部退屈だと困るんです」

「うん」と、カメヤマさんは言葉数少ないながら、真剣に私の話を聞いている。真剣な瞳でジッとこっちを見ながら聞いてくれている。

 “これは、まだいける!”と感じた私は、さらに攻撃を繰り出す。

「なんていうか…歴史の教科書を読んでる感じなんですよね。これだったら、年表でも眺めていた方がいいというか。基本線は悪くないと思うんですよ。むしろ、いいと思います。よく勉強もされてると思いますし。“どこで何が起こって、誰がどう行動したか”そういうのはよくできてるんです。ただ…」

「ただ?」

「ただ、人が生きていないっていうのかな~?登場するキャラクターが全部人形みたいなんですよ。無理矢理操作されているっていうか…」

「それは、よく言われる」

「でしょ?たぶん、そう感じてるのは私だけじゃないと思うんです。おそらく、この小説を読んだほとんどの人がそう思うはずです。途中で読むのをやめちゃう人も多いかも」

「うん…」

「そりゃ、こういうジャンルですから、元から読者の数はそう多くはないかもしれません。日本の歴史好きのわずかな読者。でも、そのわずかな読者までのがしてどうするんですか?むしろ、もっと取り込まないと!歴史小説なんて読んだこともないような人たちでも引き込まれるような魅力的な小説を書かないと!そのために必要なのは、別のモノなんです!」

「別のモノ?」

「そう!歴史とは別のモノ!カメヤマさんに足りないのは、そこなんです!歴史の勉強だけじゃなく、他の人が書いた歴小説だけじゃなく、もっと全然別のモノにれないと!全く異質!全然逆!そういうのが必要なんです!たとえば、ライトノベルとか」

「ライトノベル?」

「そう!ラノベ!今どきの中高生や大人でも読んでいる軽めの小説。でも、バカにはできませんよ。ラノベにもピンからキリまであるんですから。きっと、カメヤマさんが気に入る本もあるはずです」

「フム」

「あと、アニメなんかも見るといいかも。思いっきり軽めのモノから始めて、段々と重いモノにズラしていく。たぶん、最初は全然理解できないでしょうけど、どこかの地点でピンッ!とくるはずです。『ああ!これだ!これが求めていたモノだったんだ!』って」

「アニメか。そういえば、あんまり見たことないな…」

「そうでしょ?読んでればわかります。カメヤマさんの書く小説には、そういうものがカケラも感じられないんだもの。『ああ~!この人、頭の中だけで書いてるな。理詰めで小説を書いちゃってる!もっと、自由に感性や経験を使って書かないといけないのに!』って」

「感性や経験か。苦手だな、そういうの…」

「でしょ?苦手だから克服するんです。弱点は埋めてやらないと」

「まあ、そうだな…」

「なにも全部を捨てろって言ってるわけじゃないんですよ。長所は長所で伸ばせばいいんです。基本線は、今のままでいい。ただ、それに加えて新しい武器も欲しい。それは、軽さであり、読みやすさであり、自由さであり、経験や感性でもあるんです」

「わかった。ちょっとやってみるよ。大変そうだけど」

 カメヤマさんは、そう言って納得してくれた。


 アドバイスは処方箋のようなモノ。

 人によって、必要な言葉は違ってくる。だから、さっきの人とは全く逆のコトを言わなければならない時もある。

 患者に合わせて、必要な薬は変わってくる。お医者さんは、それに合わせて的確な処方箋しょほうせんを出さなければならない。

 私がやっているのも、それと同じコトなのだから。

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