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無難な作品をどう変えていけばいいのか?

「ウ~ン…そうですねぇ」

 私は手にした原稿を前に、何を言えばいいのか必死に考えていた。

 ストーリーもちゃんとしているし、キャラクターだって動いている。文章はシッカリしているし、設定的にもどこにも破綻がない。その代わりに、何もかもが普通なのだ。

 こういう人が、一番アドバイスに困る。何を言っていいのかわからない。


 そもそも作家を目指そうだなんていう人は、どこかしらおかしいものだ。

 何かに固執こしつしているとか、性格的にトチ狂っているとか、人生が破綻しているとか。“大きな失敗をして、それを取り戻そうとしている”か“何か足りないモノがあって、それを埋めようとしている”ものなのに。

 でも、この人は普通すぎる。生きてきた人生も、物事に対する考え方も、感じ方も。それが露骨ろこつに書いている小説に表れてしまっている。


 長所があればめることもできる。欠点があれば補うようにうながせる。でも、そうじゃあない。

 何もかもが無難。大きな矛盾もない。でも、決定的な魅力に欠ける。完全に頭打ちなのだ。


 小説の世界というのは、そういうところがあって、他の世界とは違っている。

 無難に、安定に、ケガをしないように、事故を起こさないように。そういう生き方や考え方が、かえって邪魔になってしまう。足を引っ張ってしまうのだ。

 そうではなく、もっと極端な生き方・考え方をして生きていく。その方が伸びやすい。

 最初は苦労するかもしれないけれど、いずれはいい小説を書くようになっていく。


「もっと極端になった方がいいんじゃないかしら?」と、アドバイスしたところで、なかなか難しい。長い人生を生きてきて、今さらその生き方を変えるだなんて難しい。一番最初に無難なところから入ったから、そのクセがついてしまっているのだ。

 それとは逆に、極端な表現から入った人は、後半に入っても成長度が落ちにくい。その代わりに、作品の安定度には欠ける。あちこちに矛盾が増えたり、表現があらくなってしまったり。

 ただ、それはどうとでもなる。それに、そういう部分さえも小説のおもしろさへとつながっていく。


 長い間小説を書き続けているのに、世の中に認められない人というのはいる。必死になってがんばって、作風を変え、書いている小説のジャンルを変え、自分を変えようとしているのに、なかなか芽が出ない。そういう人は存在するものだ。

 でも、この人は、そういうのとも違う。 

 “無難”なのだ。何もかもが無難。まるで、ゲームの攻略法に従って、淡々と書き続けているような小説。

「これでは…」と私は思う。

 これでは難しい。


 才能の壁にぶつかった人に、なんてアドバイスすればいいのだろうか?

 もっと昔にムチャをやっていれば。別の人生もあったかもしれないのに。


 散々考えに考えた末、結局、私は素直にその思いを伝えることにしてみた。

「ええっと…リュウザキさん、でしたよね?」

「はい」と、30代後半の太った男性が答える。

「リュウザキさんの書く小説は、非常によくまとまっています。どこにも破綻がないし、大きな矛盾も欠点もない。でもね、そこが逆に欠点になってしまっているんです」

「はい。よく言われます」

「でしょうね…」と、私はついつい、ふぅと1つため息をついてしまう。

「どうすればよろしいでしょうか?」

「そうねぇ…もっと極端になってみたらどうかしら?矛盾を恐れず、破綻を恐れず、もっと大胆に書いてみるの」

「それができれば、苦労しません」

「まあ、そうでしょうね。でも、それ以外方法がないと思うのよね。正直、このまま続けていても、リュウザキさんの書く小説は、大きく変化することはないでしょう。そこには大きな成長もない。地道にがんばっていれば、それなりに成長はするだろうし、それなりに技術も上がるでしょう。でも、今のままだと、頭打ちなのよ」

「はぁ」


 正直、こういうコトを告げるのはつらい。だって、「あなたには、小説を書く才能がありません」と宣言するようなものだもの。

 誰しも才能はあるはず。なんらかの才能が。でも、それが小説を書く才能でないとしたら?いい小説を書く才能も、売れる小説を書く才能もないとしたら?だとしたら、この人がやっている努力は全部無駄だということになってしまうのでは?

 そんなコトを私が断言してもいいのだろうか?


 そんな風に迷いながらも私は続ける。

「いい?小説というのは、ある種の“極端さ”なの。学校のテストとは違うの。数学・物理・化学・日本史・世界史・現代文・英語。全部が80点以上取れれば、学校では褒められるでしょ?でも、小説はそうじゃないの。1つくらい落第点があってもいい。極端な話、2つや3つ0点の分野があってもいいの。その代わりに、120点とか200点、300点を取れるモノがないと」

「300点ですか…」

「そう!この世界にはね、そういう人たちがゴロゴロ転がっているわけ。もちろん、そういう人たちはそういう人たちなりに苦労してるわよ。さらに自分の長所を伸ばそうと、短所を補おうと一生懸命にがんばってる。でも、その長所も短所もないとなると…」

「長所と短所ですか」

「そう!それが、あなたの武器となるの!」

「武器…」

「皮肉な話だけどね、この小説の世界では長所だけでなくて短所だって武器になることがある。たとえば、設定的な矛盾や破綻が、ツッコミどころ満載まんさいのおもしろい小説になったりする。あるいは、おかしな日本語の使い方が逆に他の人にはできない個性的な表現につながっていったり」

「フム」

「リュウザキさんには、そういうのがないのよね…」

「じゃあ、どうすればいいですか?どうすれば、その長所と短所ができますか?」


 ここで私は言葉に詰まる。こういうのは、なかなか指導しづらい。「こうすれば、魅力的な人間になれますよ!」なんて方法は、なかなかありはしない。

「そりゃ…やっぱり、さっき言ったように、もっと大胆に書いてみるしかないんじゃないかしら」

「大胆にですか…」

「そう。根底から常識をくつがえすくらいにね。たとえば、これまで服を着てしゃべっていた登場人物を全部裸にしてみるとか」

「裸に?」

「いえ、たとえばよ。たとえば!なんでもいいのよ。普通の人がやらないコト…というか、これまでリュウザキさんがやってこなかったような実験的なコトを次から次へとやってみるの。そりゃ、最初は形にならないでしょう。それは、小説とすら言えない代物しろものかも。でも、そういうところから新しい発想は生まれるの。これまでになかったような新しい小説を生み出すキッカケになる」

「これまでやってこなかったコト…」

「そう!最初は逆を行く!これまでやってきたのとは全く逆を!でも、それだけだと単調過ぎる。だから、いずれば正しいルートでも逆のルートでもない、全然別の道を開拓しないといけなくなる。でも、いきなりは難しいだろうから、とりあえずは逆を行きなさい。これまで歩んできたのとは逆の道を!」

「逆の道ですか…わかりました。ちょっとやってみます」

 と、こんな風に告げてみたのだが、はたしてこれでよかったのだろうか?


 もしも、ほんとうに小説を書くのに必要なのが“才能”だとしたら?

 そうして、その才能を持ち合わせていなかったとしたら?

 だとしたら、その人は、今後一生どうやって小説を書き続けていけばいいのだろうか?

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