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“いい小説を書く才能”と“売れる小説を書く才能”

 またイワカベさんから連絡があった。

 今度は、小説が書けなくて書けなくて困っているらしい。

 私は他の用事を全て投げ出して、スッ飛んでいった。


「駄目だ!オレは、もう駄目だ!」と、頭をかかえて悩むイワカベさん。

 私は、落ち着いて対応する。こんなコトは1度や2度じゃない。これまでに何度も経験している。

「どうしたんですか?」

「駄目なんだよ、ミカミカさん。オレはもう書けないんだ!」

「何を言ってるんですか?書けますよ、イワカベさんなら」

「そりゃ、書ける。普通の小説ならば書ける。でも、それだけなんだ。決してそれ以上ではない。平凡で凡庸な作品ばかり。オレには才能なんてものはありゃしなかったんだ!」

「そんなコトありませんって。確かに、今はまだまだかもしれません。でも、いい小説を書くには時間がかかるんです。長い長い時間が。何年も…もしかしたら、何十年も」

「そんなに待ってられるか!」

 そこで、私はイワカベさんをなだめる。

「まあまあ、落ち着いてください」

「これが落ち着いていられるか!」

 仕方がない。これは、ちょっと心の奥底に切り込んだ話をしなければ。


 ふぅ…と、1つ大きなため息をついてから私は答える。

「いいですか?これから1つ大切な話をします。心して聞いてください」

 イワカベさんはジッとこちらを見つめながら、黙ってコクンとうなづいた。まるで、泣きじゃくった後の小さな子供が母親を見つめるような表情で。

「いい小説を書くには才能が必要です。間違いなくね。それなくして、いい小説は書けません。ここまでいいですか?」

 真剣な瞳がこちらを見つめ、コクンとうなづく。

「世の中には、この才能を持って生まれた人と、そうでない人がいます。あるいは、それは生まれ持ったものではないかもしれない。その人生のどこかで無意識の内に獲得したものなのかも。そこは重要ではありません。生まれ持ったか?自然に獲得したか?それはどっちでもいいんです」

 イワカベさんが、私の方を見てまたコクンとうなづく。

「いずれにしても、いい小説を書くには“いい小説を書く才能”というものが必要です。もしも、それを持ち合わせていないならば、この小説の世界で大変な苦労をすることになるでしょう」

 また1つ、小さな子供のようにうなづく大きな大人。

「そして、イワカベさんには、その“いい小説を書く才能”があります。それは、私が保証します。ただし…」

「ただし?」

「“いい小説を書く”のと“売れる小説を書く”のは、全然別のコトなんです!」

「フム」

「世の中には、“いい小説を書く才能”を持った人がいるのと同じように“売れる小説を書く才能”を持った人もいます。こっちの方は全然内容は関係ありません。素晴らしい作品を書いて売れる人もいれば、全くどうしようもないゴミみたいなものを書いて売れる人もいます。そこのところは、別の才能なんです」

「ウ~ン…」と、納得がいかない様子のイワカベさん。

「あなたには“いい小説を書く才能”は与えられた。でも、“売れる小説を書く才能”は与えられなかった。そういうコトなんです!」

「じゃあ、オレはこれからずっと売れないまま?」

「いえ、そうとは限りません。いい小説を書きながら、しかも売れる方法もあるはずなんです。そこのところは努力しだいです。売れる小説を書く才能を与えられなかった分、そっちは苦労しないと。世の中、そう何もかもとはいかないんです。全ての才能を持っている人なんていない。足りない能力は身につけるしかない。そこは、努力で補ってやればいい。わかります?」

「うん、なんとなく」

「じゃあ、もう1度、原稿用紙に向ってください」

「はい」


 こうして、イワカベさんの発作は治まった。一時的にではあるけれど。

 この後、こんなコトが何度も起こる。このお仕事を続けていると、こういうのは日常茶飯事なのだ。

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