世界を恨む気持ち
私が、最低限の質と量が書けるように指導している人のひとり、アベさん。
この人の才能はわかりやすい。それは、“世界を恨む気持ち”だ。
小説というのは不思議なモノで。他の世界では絶対に許されないような想いや行動が、全て許されてしまうというような部分がある。
むしろ、それが極端であればあるほど、余計に評価が高くなったりもするのだ。
たとえば、愛する人を一方的に追いかけ回すストーカー。無差別に人を惨殺して回る殺人鬼。大量虐殺を行う戦争小説などが、いい例だろう。
より強い気持ちを持って、より執拗に、より残酷に、詳細に描写した方が“価値の高い作品だ”と評価される。
これを現実の世界でやってしまったら、大問題になる。でも、小説の中の世界ならばお話は別。そういう特殊な世界なのだ。
「オレはね。世界が憎くて憎くてたまらないんだ。今の環境も、仕事も、この人生そのものも。何もかもが気にいらねぇ!ブッ壊れてしまえばいいとさえ思ってる」
アベさんは、よくそんな言葉を口にした。
いつもは近所のパン工場で働いているアベさん。単調な日々の労働から来るストレスが、もうマックスに到達しようとしていた。
「でも、それを実際に行動に起こしちゃったら犯罪者になっちゃいますよ」
私の言葉に、アベさんはうなづく。
「それはオレだってわかってる。だから、小説を書きたいんだ!この鬱屈とした想いを叩きつけてぇんだ!」
パチパチパチ、と私は拍手する。
「素晴らしい!素晴らしいですよ、アベさん!それですよ、それ!それこそが、あなたの才能です!思う存分叩きつけてください!さあ、パソコンのキーボードに向って、叩きつけちゃってくださいよ!」
あ然とした顔のアベさん。それから、すぐに落ち込んで、こう言う。
「だけどよ…オレには、それだけの力がないんだ。心の底から燃え上がってくる情熱みたいなもんはある。けど、それを上手く表現してやるだけの力がねぇ…」
「そんなもの誰だって同じですよ!誰もが最初は、上手くいかないもの。もどかしさを感じるものなんです!いい小説を書けるようになるには、時間がかかるものなんです。さあ、あきらめずにコツコツがんばっていきましょうね♪」
私の言葉にうながされて、アベさんは仕方がなさそうにパソコンの前に向かう。
そうして、書いては消し、書いては消しを繰り返す。
いつも、この調子。アベさんは、あふれ出て止まらない熱き情熱は持ち合わせている。けれども、それを上手く言葉にして表現する能力が身についていない。
なので、せっかく途中まで書いた小説も、すぐに投げ出してしまう。途中で書くのをあきらめて、また最初から書き始めてしまう。何度も何度も、その繰り返し。
「ちゃんと最後までひとつの作品を書き通しましょうね♪」と言っても、聞いてもらえない。
断言しよう!この人には、間違いなく才能がある。それも、素晴らしい小説をこの世界に生み出せる才能が!けれども、それを形にできるだけの実力がない。それだけの実力を身につけられるのは、一体いつになることやら?
どうやら、先は長そうだ。




