才能は、人それぞれ
依頼者が書いた小説を読んで、感想を述べたりアドバイスをしたりするのとは別に、私は“小説を全然書くことができない人が、ある程度のレベルまで書けるようになるように指導する”という仕事もしていた。
こちらの方は、ちょっと料金はお安めで設定してある。それは、小学生相手でも大人相手でも変わらない。
大学生のユウキ君も、そんなお客さんのひとりだった。
「ま~た宿題をやってないのね」と、私が注意する。
「ごめんごめん、オレもいろいろといそがしくって~」と、ユウキ君。
「まったく。こんなコトじゃ、いつまでたっても、まともな小説1本完成させられるようにはならないわよ」
「いや~、大学の方はさ、そんなでもないんだけど。人間関係つーの?いろいろと友達に誘われると、断われなくて。そうなると、何かと金もかかるじゃん?で、バイトの時間も増やさないといけなくなって」
「それにしたって酷いわよ。まだ初歩の初歩なのに。1週間で2000文字よ。2000文字の小説を書くだけなのに、そこまで時間がないの?」
「ウ、ウ~ン…まあ」と、バツが悪そうにするユウキ君。
「毎日400文字ずつ書けば、5日でできるじゃない。ほんとに、本気でやってる?テレビ見たりゲームやったりしてるんじゃないの?」
「そ、それは…」と、ユウキ君は、あきらかに遊んでいてなまけていたのをごまかせずに、下を向く。
「やっぱり~」
「でも、テレビだってゲームだって、いい小説を書くには必要だろう?」と、反論が飛んでくる。
「もちろん、そういうコトはあるわ。でも、最低限執筆する能力がないと、そういうのも全部無駄になっちゃうのよ。ある程度までは、我慢して書くことも覚えないと」
「は~い」と、生返事が飛んでくる。
「ほんとにわかってるの?」
「まあ、今から書くからさ」と軽い口調で答えるユウキ君。
「今からって。2時間しかにのに…」
「大丈夫!大丈夫!」
「まったく、もう…」と、私もあきれてしまう。
けど、こういう人は多いのだ。
私がどんなに口を酸っぱくして言っても、なかなか聞こうとはしない。
そりゃ、小説の執筆ペースなんて、人それぞれだ。好きな量を好きなペースで書けばいい。とはいえ、さすがに最低限の量というのはある。“最低限、このくらいは書き続けないと”というペースがある。そこまでは能力を上げないと。
それができないと、なかなか勝負にならない。小説というのは、ひとりで書くものであると同時に、他の人との競争でもあるのだ。
プロを目指すならばもちろんのこと、そうでなかったとしても、ある程度の能力は欲しい。最低限の執筆能力がないと、いい作品を生み出そうとしても、なかなか難しい。
「それが、どのくらいのペースか?」と問われれば、断言はできないけど。まあ、1日に500~1000文字程度。できれば、2000文字以上。それをほぼ毎日続けるのが望ましい。
そのくらいまでは、訓練しだいで誰にでもできるようになるものなのだ。
仕方がないので、ユウキ君の作品が仕上がるまで、部屋にあるマンガを読んで待つことにした。
「その辺に置いてあるマンガでも読んでてよ」と言われたからだ。
ユウキ君の趣味は、いかにも20歳前後の大学生らしい。その辺の若者ならば誰もが読んでいそうな週刊誌の男の人向けのマンガばかりだった。
こういう所にも、作家性は表れる。人というのは、どうしても普段から触れているモノに影響されてしまいがち。もちろん、同じモノに触れていても、全然違う感性を発揮する人というのもいるけれど、どちらかといえば、それは例外的な存在だ。
1時間半ほどして、ユウキ君は2000文字弱の作品を完成させた。執筆のスピード自体は、悪くない。
「どれどれ。ちょっと見せてもらえるかな?」と言いながら、私は書き上がったばかりの原稿に目を通す。
原稿はパソコンのキーボードで打たれたもので、それを1度プリントアウトしてから読み始める。
「ウ~ン…さすがに、あわてて書いただけあって、誤字脱字が多いわね」
「ごめんね」と、すぐに返事が飛んでくる。
「まあ、それはいいわ。それよりも、問題は内容の方ね。それなりに勢いは感じるんだけど…なんていうか、これじゃあ、日記かエッセイに近いわね」
「駄目なの?」
「そうねぇ…駄目じゃないけど。あまりよくもないというか。もちろん、こういう小説の書き方もあるのよ。私小説とか、日常の何気ない風景を切り取った作品とか。でも、これってほんとにユウキ君が書きたかったモノなのかしら?」
「そう言われると、自信がないけど…」
「もっと、こう、心の底からわき上がってくる想いはない?『これだけは、絶対に書かないと!』ってモノ。『心の底から大好き!』とか『心底憎らしい!』とか。そういう想いがいい小説になっていくの。それが、平凡な日常の1シーンなら、それでも構わないのよ。でも、これじゃあ、『何も思いつかなかったから、とりあえず書きました』って感じしかしないのよねぇ」
「ウ~ン…」と、頭をひねるユウキ君。「確かに、そうかも。ネタが思いつかなかったから、とりあえず、この前電車で遭遇した出来事を書いてみたんだけど」
「そういうのは、なかなか小説になりづらいのよね。もし、そういう作品を書くんだったら、普通の人とは全然違う“別の視点”を持たないと」
「別の視点?」
「そう!別の視点よ!全く同じ風景を見ていても、普通の人とは全然違う感想を抱ける人がいる。全く違う発想ができる人がいる。それだったら、こういう作品でもいいかも」
「それはなかなか難しいな…」
「まあ、そうでしょうね。とりあえずは、いろいろ書いてみることよ。そこから、ユウキ君なりの才能も見えてくると思うから」
こんな風にして、その日の指導は終わりを告げた。
“才能”と一言で言っても、人によってそれぞれ。様々なタイプがある。物凄いスピードで小説が書ける人もいれば、飛び抜けた発想でストーリーを展開していける人もいる。わかりやすく読みやすい文章を書く人。ピリッと辛みのきいた皮肉が込められる人。鮮やかな表現力で、風景や心情を伝えられる人。重厚で複雑な文章を書くことのできる人。
果して、ユウキ君の才能は、どのようなものなのだろうか?




