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形にならない小説を書いているからこそ

 私は、大金持ちの社長であるナカムラさんのお屋敷で、原稿を読んでいた。

 ナカムラさんは、トレビアン・ナカムラというペンネームで小説を書いている。


「なるほどね~」と、私は原稿に目を通しながら、一言ひとこともらす。

「どうですかな?」と、トレビアン・ナカムラ。

「そうですね。以前よりかはよくなったと思います。随分と人間関係もスッキリしたし、文章もわかりやすくなってるし。でも…」

「でも?」

「でも、まだまだ小説としては成り立っていませんね。何が言いたいのか、よくわからないというか…伝わってこない」

「やはりか…」と、ガックリ肩を落とすナカムラさん。

 ここで、私はフォローを入れる。

「だけど、心配しないでください。書くごとにどんどんよくなってきていますし。それに…」

「それに?」と、ナカムラさんの目に光が戻ってくる。

「それに、こういう方が将来的には希望があるんです。なんていうか、ナカムラさんみたいに最初にムチャクチャな作品を書いている人の方が、後々、オリジナリティがあっていい小説を書けるようになりやすいんです」

「ほう」

「最初から型にはまって、基本通り・パターン通りにしか書いてこなかった人は、どこかで詰まりやすい。そうして、壁にぶつかった時に、その壁を乗り越えられずに挫折ざせつしてしまいがち。才能という名の壁にね」

「才能…」

「ええ、そうです」

「あるかね?私には、その才能が」

「あると思います。少なくとも、私にはそう思えます」

「ほう」と、再びナカムラさんの目が輝く。うれしそうに微笑ほほえむ。そうして、ウンウンと何度もうなづく。

「でも、そこまで到達できるまでには何年もかかるかもしれません。その才能の大きさが大きければ大きいほど、普通の小説を書くのが苦手な傾向にあるからです。普通の人が理解できる形の表現ができるようになるまで、長い年月を必要とするかも。そこまで、あきらめずにがんばりましょうね♪」


 その言葉は嘘ではなかった。

 世の中には、いきなりバ~ッと小説を書き始められる人もいる。生まれて初めて書いた小説なのに、ひと文字目を書き始めた瞬間から止まらなくなり、いくらでも言葉があふれ出てくる。

 あるいは、何度か小説を書いただけですぐに形になり、読者が楽しんで読める作品を完成させられるようになる人も。

 でも、その多くが、どこかで行き詰まってしまう。才能という名の壁にブチ当たり、そこから1歩も先に進めなくなってしまう。

 書いているものが凡庸ぼんようなのだ。確かに、それなりにおもしろいし、それなりに読ませてしまう。だけど、それ以上ではない。ストーリーはいきあたりばったりで、キャラクターにも深みがない。全体的に浅い。その場限りのおもしろさでしかない。

 同じような作品しか書けない自分に絶望し、そのまま2度と小説を書かなくなってしまう人も多い。私は、そんな人たちに何人も出会ってきた。


「ミカミカ君は、正直でよろしい」と、ナカムラさんが言ってくる。

「え?」と、私は軽く驚いて、小さく声を上げる。

「私の周りにはね、大勢の人が集まってくる。社長なんてやっているせいだろうね。けど、そのほとんどが本音を言おうとはしない。なんだろうね?金目当てなのか、立場を恐れてか、私を傷つけないように傷つけないようにと気を使ってくれる」

「それは、その人たちのやさしさでもあるのでは?」

「まあ、そうだろうね。その行為はありがたいよ。だけど、同時に寂しくもある。私が書いた小説に向って、ハッキリと『ツマラナイ』とは言ってくれない」

「ツマラナイというわけでは…ただ、わかりづらいというか。まだ、それだけの表現力が身についていないだけで…」

「同じだよ。言い方が違うだけで、同じさ。誰も彼もがめてくれる。ベタ褒めさ。でも、それが嘘だってコトくらいは私自身よくわかっていた。そこに君が現われた。ミカミカ君、私は大変に感謝しているよ」

「そんな。これはお仕事ですし」

「仕事でもなんでもだよ。いや、むしろ仕事だからこそ、なおさらではないのかね?『この仕事を失いたくはない。だから、本音は話さない。相手を傷付けないように嘘をつこう』普通の人間ならば、そういう発想にいたるのでは?」


 それは、確かだった。

 私と同じ“小説読み師”をやっている人の中にも、依頼主を傷つけないようにと、嘘をついて褒めてばかりの人もいる。

 そういうやり方は、短期的にはいい。褒められた方は気分もいいし、「ヨッシ!また小説を書こう!」という気にもなる。それで、実際にバリバリと書き進められたりもする。

 でも、やがて頭打ちだ。そこには成長がない。得意分野はいくらか伸びるかもしれないけれど、いずれそれにも限界が来る。いい小説を書くには、苦手を克服する必要がある。今の自分にできないコトをできるようにならなければいけない。


 こういう私のやり方は、何人ものお客さんを怒らせてきた。そうやって仕事を失った経験は、数え切れないほどある。

 でも、それとは逆に、他の小説読み師では得られないような厚い信頼を得たことだって、何度もある。1度は離れていった人が、何年もして戻ってきてくれたこともある。

 だから、私はこのやり方に自信を持っていた。

“上辺だけのやり取りは、長い目で見た時に役に立たない。だから、本音で話そう”と。それが、私の信条だった。もちろん、物には“言い方”というものがあるけれど。


「じゃあ、これからもよろしく頼むよ!」と、ナカムラさんが手を差し伸べてくる。

 私は、その手を固く握り返して言った。

「もちろん!こちらこそ、よろしくお願いします」と。

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