自治地区
城塞都市。
それが、初めて自治地区を見たユイの感想だった。
東の空が白み始め、そろそろ屋根のある場所に辿り着かなければマズイという時刻になり、ようやく目的地に二人を乗せたスクーターは到着した。
大きなドーム型の外壁。
一見したところでは分からないが、よく観察すれば違和感を感じる造りの一角。そこに設置されているわずか1㎝四方の機械に、ハルは携帯端末を認証させる。
わずかなモーターの動作音とともに、その一角は中へと二人を招き入れる為に開いた。
「さぁ、入って。すぐに閉まるから」
ハルに背中を押され、ユイは外壁の中へ足を踏み入れる。
直後にスクーターを押したハルが中に入るか入らないかのあたりでそのわずかな入口は閉じてしまった。
ハルは一息付いてから、あぶねーと呟いた。ユイが不思議そうな顔をすると説明してくれた。
「規則で、1人につき1日1回しか外への扉は開けられないことになってるんだ。さらに開くにはこの携帯端末が必要になるから、ユイはしばらくは勝手には出られない。まぁ、ここでの生活に慣れるまでは僕とほとんど一緒に居てもらうことになるから、問題ないと思うけど」
「うん、勝手に出たりはしないよ」
そう、自信を持って言うユイにもう1つ忠告を付け加える。
「僕以外の人に誘われても、ダメだからね」
「わかってる」
その返事に満足して、ハルはこっち、と歩き始める。
自治地区まで戻った来たことで少し安心したのか、歩調は外に比べてかなりゆっくりしたものだった。
おかげでユイは自治地区の中を観察しながら歩くことが出来た。
壁の中から見上げると、ドーム部分の天井には、いくつもの採光用の天窓のようなものが付けられていた。もちろん、ドームの上空を何者かが飛んでも容易に中の様子は分からない工夫がされている。
しかしこの小さな窓だけでは、中の明かりは足りないらしく、照明器具も設置されている。
ただし、明るさや天候は外ときっちりリンクさせているようだ。ドームの中でも今が夜明けだとちゃんと認識出来る。
地面に広がるのは、牧場と田畑、小川。
家のようなものも点在しているが、それはどれもとても小さく、人が住めるようには思えない。
そのことに疑問を覚えたユイが尋ねようとしたとき、先にハルが答えを教えてくれた。
「ここが、僕の家。正確には、ここから地下に繋がる空間が、だけどね」
「みんな、地下に住んでるの?どうして?」
せっかく、こんなに綺麗な景色の地上があるのに。
そう、ユイにはこの景色はまるで昔の国立公園のように思えていた。
「いくら壁を築いても、地上でずっと生活していたら、AIにどんな暮らしをしているのか観察される危険が高まる」
ハルの口調は少し固くなった。
「ここで僕らがある程度自由に暮らせてるのは、AIが僕らが人類存続の危険因子ではないと判断しているからだ。もし、僕らの生活が彼らの理想を脅かすと思われれば、たぶん、滅ぼされる」
「でもAIは……」
「人間を傷つけられない、か?」
ユイの反論は自嘲と共に否定された。
「造られた当時はな。でも、今現在AIがどんな能力を有しているのか、全部は分からないのが現状だ。向こうが僕らの生活実態が分からないのと同じでね。正直、人間を殺せるAIが生まれていても、僕はまったく驚かないね」
「ヒトとAIが、殺し合う……?」
ユイの声が震えていることに気付き、ハルは失言だったと思った。
何とか弁解しようと考えを巡らしていたとき、第3者の声が聞こえた。
「ハル!無事ダッタンダネ」
そこに居たのは、身長120㎝くらいのロボットだった。
なにか考え込んでいたユイも、思わずその姿に目を見張る。
「AI……?」
「違イマス。僕ハ、アンドロイド。アキ、トオ呼ビクダサイ」
自主的には話しているようだが、その言葉に感情は感じられない。
変わって、ハルが説明する。
「AIとは違う理論で造られたロボットたちなんだ。自治地区に居るのはみんなこのアンドロイド。感情はなくて、AIよりも融通利かないけど、楽しい奴らだよ」
「ハル、ゴ飯ノ時間ダヨ」
「はいはい。ちゃんと今日は1人分多く作ってくれた?」
「アキ、チャント作ッタ。ハル、褒メテ」
「ありがとう、アキ。偉い偉い。……さぁ、ユイ入って」
促されて、ユイはその小さな建物に入った。地下へと続く階段が延びている。
ハルとアキは、楽しそうに話ながら地下へと降りていく。
そのアンドロイドに感情はないとハルは言ったけど、その光景はユイが覚えている、まだ父親が生きていた頃の優しい記憶と重なって見えた。
ユイはここでの生活に希望が見えた気がして、先をいく二人を少し駆け足で追いかけた。