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外の世界

「急には信じられないかもしれないけど、地上に出れば僕の話が本当だってことが少しはわかると思う」


しばらく無言のままのユイに、ハルはそう声をかけた。

ユイはそのまま動かない。…動けない、が正しいのかもしれない。


「…ユイが落ち着くまで待ちたい。でも、夜明けまで時間がない。そろそろ、行こうか?」

「…行く、って、どこへ?」

「僕が来た自治地区だよ」

「私が行っても大丈夫なの?…何者かわからない私を入れていいの?」


ハルを真っ直ぐ見つめてのその発言に、ハルはかなり驚いていた。長いコールドスリープから目覚めたばかり、きっと信じられない話を聞かされたばかりで戸惑っているだけだと思っていたのに…。

沈黙の間に、ユイは情報を整理し、ハルが思っているよりしっかりと現状を把握しているのかもしれない。自分よりかなり幼く見える目の前の少女は、しかし頭は大人以上に切れるようだ。


大丈夫、そう言って安心させようとしたハルの耳に予想外の音が届いた。


くぅぅぅぅぅ


「………?」


くぅ くぅぅ


「…あ、あ、あのっ、これはっ」


二度目の音が響いて、ユイが赤面して焦っている様子で、やっとその可愛らしい音がユイのお腹の虫であるとハルは思い至った。

ユイに悪いと思いつつも、必死なその姿が可愛らしすぎて、ハルは思わず吹き出して、笑ってしまった。


「…ぷ、あはは!ごめん、あぁ、ごめんって!!お腹、すいてるの?」

「すいてる、っていうか、今までずーっと寝てたんだから、食べてないに決まってるでしょ!」


頬をぷくっと膨らませて拗ねる様子に、リスを連想してしまったことは絶対に言わないようにしようと誓いながら、ハルは自分のウエストポーチの中からチョコレートを一欠片取り出した。

ぷいっとそっぽを向いてしまったユイの目の前にそれを差し出した。

目はつぶっていたが、甘い香りに気づいたのか、ユイはちらっと差し出されたものを薄目を開けて確認し、チョコレートであることに気づくと、瞳を輝かせた。


「…くれるの?」

「うん。これだけしかないけど、少しは空腹がまぎれると思うよ」


差し出されたチョコレートをそっと受け取り、まず端の方をちょこっとかじってみるユイ。自分が知っているチョコレートより甘みは少し少ない気がするが、同じものだと確認できたようで、ぱくっと全部口に入れる。

じっくり味わって飲み込んだ後で、その様子を心配そうに、でも微笑ましそうに見ていたハルの衣服の裾をユイはちょこっと引っ張って言った。


「…美味しかった。ありがとう」

「……どう、いたしまして!」


まだカプセルに座ったままのユイは自然と上目遣いでハルを見上げることとなり、その姿にハルはとりあえずこの子のことを守ってあげなくては、という気持ちになる。

ユイはそんなハルの心中には気づくことはなく、カプセルから抜け出すべく立ち上がろうとする。

白い床に足を着ける。立ち上がる感覚を思い出しながら慎重に。何とか自分の足で立つことはできた。次は、歩く。右足をそっと踏み出す。次は左足、そして右足…を出そうとしたところで少しバランスを崩す。


「あっ…」


その様子を見ていたハルは咄嗟にユイの手を取り、転倒は免れた。ユイは、大丈夫、と小さく呟き、部屋の中で歩く動作をしばらく確認する。

歩くことには問題ないと確信が持てたところで、ユイはハルに声を掛けた。


「お待たせ。行こっか」


ハルはその声で壁にもたせかけていた背中を浮かせた。手元の携帯端末で現在時刻を確認する。

夜明けまで予測ではあと7時間。無事に自治地区に帰ることは可能だろう。


「よし。今は夜だから安全な方だけど、AIに見つかると捕まってしまう可能性が高い。外では僕から離れないでついてきて」

「わかった。よろしくね、ハル」


差し出されたユイの手をしっかりと握り、ハルは出口へ向かって歩き出す。ユイもそれに続く。

自動ドアを抜けるとき、ユイは一度室内を振り返ったが、立ち止まることはしなかった。

長い階段を昇り、地上への出口で辺りが安全であることを確認する。ふとユイの表情を確認すると、唇をきつく引き結んでいた。


「…ユイ?」

「話を聞いて想像してた以上に、ゴーストタウンだね」


その声音は冷たく、でも寂しさを含んでいた。

そして遠くに見えるここから見える唯一の人工的な明かりを放つ、高層建築物のある方角を指して尋ねる。


「あそこが、都市中心部?」

「そうだ」


吐き捨てるように言ったハルの言葉に、憎しみの色を感じてユイは不安そうに聞いた。


「ハルは、AIを滅ぼそうと思っているの?」

「…AIが人類を支配し続けるつもりならな」


「仲良くなれるよ」


意識して明るく、笑顔でユイはそう言った。


「私は覚えてる。みんなで仲良く暮らしてたの。だから、絶対に、大丈夫だよ」


そこ言葉に、ハルはそれ以上反論することはできず、しかし、まだ信じることも出来ず、明るい光を放つ塔に背を向けて歩き出した。


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