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目覚め

そろそろ夜が訪れようと言う時刻。

もう誰も使うことのなくなった、今にも崩れそうなビルや商店、高速道路が建ち並ぶかつての巨大都市の中に、足音を殺して歩く1人の少年の姿がある。

少年の名前はハルという。

実際の年齢は今年で18歳だが、小柄な為もう少し幼く見える。


ハルは、回りに何者の気配もないことを慎重に確認し、手元の携帯端末が指す場所と同じ位置にある地下へと続く階段に足を踏み出す。

階段を降りるにつれて、地上の廃墟感は取り払われて行く。踏みしめる足元は瓦礫から綺麗なリノリウム張りに変わり、少しずつ光を放つ電灯が増えていく。

かなり長時間階段を下り、ついに最下層にたどり着いたハルを出迎えたのは、ガラス張りの自動ドアだった。ただし、その先の部屋の中は照度が足りず見通すことが出来ない。

ハルは1つ深呼吸すると、自動ドアの前に立った。するとドアの横に設置されていたカメラつきの液晶端末が起動する。どうやらハルの生体スキャンが行われているような映像が映し出された後、ピー、となんともレトロな確認音と共に自動ドアが開く。

何十年と開いていないはずの自動ドアは、そんなことを感じさせない様子で滑らかに開き、ハルを招き入れる。

ハルが部屋の中のタイルに足をつけたと同時に、今まで省エネ運転していたような照明を含む室内の機械が一斉にフル稼働する。


太陽の光とは異なる、生まれて初めて感じる強い人工的な明かりにハルは瞬間的に眼を閉じた。瞼越しですらまぶしく感じる光に、それでも数十秒で慣れてきて、ハルは眼を開ける。

其処は、とにかく白い空間だった。

様々な用途のわからない、しかしとても高度であるとわかるコンピューターが壁際に並べられ、そこから伸びた大小色とりどりのチューブが部屋の中央にある丸みを帯びた2m程度のカプセルに繋がっていた。

ハルの頭に咄嗟に浮かんできた研究所、病院と言ったイメージは、しかしカプセルの内部に存在するものを見た瞬間に変化した。

無機質なカプセルの中で静かに眠っていたのは、美しい少女だった。長い真っ直ぐな黒髪に、同じ色の長い睫毛、瞳の色は閉じられていて分からないが、肌は陽の光を知らないように白く陶器のようだ。身に付けている服は、眠るのに支障を来さないようなワンピースで、しかし凝ったレースと刺繍の装飾が施されていた。

その姿は、ハルにはどこかの国の皇女様か、巫女のように見えた。

だからこの場所も、白亜の城の寝室か、神殿と思う方がふさわしいと考え直す。


カプセルの横には小さなタッチパネル式の端末が付属している。液晶には、手形と左手を認証させて下さいの文字が表示されている。

ハルは意を決して自分の左手を液晶画面に押し当てた。

かすかな電磁波が掌を嘗める感覚の後、ジリリリリン、という鈴のような音がかなりの音量で部屋に響く。ハルはその音に馴染みが無かったが、カプセルで眠る少女にとっては、毎朝聴いていた、けれどあまり心地よくない音、そう目覚める時間が訪れたことを告げる目覚まし時計の音だ。


数回の目覚まし音の後、カプセルの蓋部分が静かにスライドして開く。カプセル内からは長袖を来ていても少し肌寒く感じる温度の空気が流れ出す。反対に室内の少し暖かい空気がカプセル内に入り込み、少女の白過ぎた頬がピンク色に変わった頃、少女はうっすらと瞳を開いた。

ハルは少女を驚かさないように、しかしその視界に自分の顔が映るようにカプセルを覗きこむ。

少女の瞳は、本当に美しい琥珀色だ。始めは焦点が合っていないようだったが、わずかな時間で少女はハルの顔を認識出来たようで大きく眼を見開いた。

見知らぬ顔に驚いてはいるが、恐怖心は抱かれていないようだと感じたハルは、緊張を隠し、自分の中で最大限穏やかな声音で挨拶をした。


「おはよう」


少女は少し不思議そうな表情を浮かべ、しかしそれが朝の挨拶だと思い出したように、わずかに口角を上げて答えた。


「おはよう」


ハルはその返答に、言葉は正しく通じることに安堵し、微笑みを返した。


「今は………いつの、朝?」


少女は少し考えて、そうハルに問いかけた。

ハルも同じ位の時間考えてから返事をする。


「いつの、はゆっくり話すよ。まだ、朝までには少し時間があるから」

「分かった。ここには、貴方だけ?貴方は……誰?」


本当に少女が、何も知らない少女であることに、ハルは少し胸の痛みを覚えつつ、笑顔のままで答えた。


「今は、僕だけだよ。僕はハル。君は……ユイちゃん、でいいかな?」

「ユイ、でいい。私の名前を知ってるの?ハル」

「名前だけはね。とりあえず、お互いに知らないことを話したい。いいかな?」


ハルの言葉に、ユイは一度瞳を閉じて、何かを考えている様子だったが、数秒後、小さく頷いた。


それを確認してハルは、ユイが眠りに就いた後から現在までの歴史と呼ばれるものを語り始めた。

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