はたらくおんなのこ
叙瀬とともに、“芒裕厳基金”の建物から放り出されてから、久礼子は服装のこぎれいな、しかし顔はささくれたダンボールのように汚れた男に丁寧に話しかけられた。
「きみたち、ここから出てきたってことは難民でしょ? 女の子に向いているいい仕事があるからおいで」
そうしてやってきたのが、“金楼夢”だった。
親切そうな笑顔で男は言う。
「ここはヨコハマ租界でも一番の店なんだ。
というのも、顧客が底辺層から上流層まで幅広い。だから誰でもそれなりに自分のポジションを得られるというわけ。つまり門前払い一切なしの労働者にもお客にも優しいシステムなのさ。
なにより、ここを経営しているのは、ヨコハマ租界の支配者、芒一族が経営している店なんだ。だから、きちんと務めればそれなりに人脈ができるかもしれないね」
よく事情が飲み込めないまま、叙瀬と久礼子は結局、男に進められるまま“金楼夢”に就職するしかなかった。
「おい、お前……したことないの? 今まで一度も?」
久礼子は頬に血の気が昇ることをどうしても抑えられなかった。
“金楼夢”の支配人にこれまでの性体験が皆無であることを話したとき、珍しそうに見られた。
脚の間も実際に確認された。
「あ~ほんとだね。これだったら……ちょうどいい相手がいるよ」
支配人の判断で、久礼子は芒宗楽に売られたのだった。
三十五歳という年齢と比較して妙に若々しい外見の宗楽は、まるで新しいオモチャを手に入れた子どものように、久礼子をじっくりと鑑賞した。
「この記念すべき一回性の奇蹟を永久に記録にとどめることこそ、人のなせる唯一の営為なのさ。ピラミッドの時代から人間は変わらない。そしてわたくしは人類の遺志を継ぐものだ」
久礼子の肉体をすみずみまで映像で記録した宗楽は、自分との性行為もくまなく録画するに及んだ。
「君は最高の被写体だ。わたくしの目だけではなく、カメラの目がそう言っている」
それ以来、宗楽は久礼子目当てに“金楼夢”を日参するようになった。
「きみはわたしとともに新しい神話をつむぐんだ、いまだ誰も知らないおとぎばなしを」
まぶたの裏に張り付いた暗闇にまた、醜い記憶がよみがえる。
おびえたように、久礼子はあわてて目を開いた。
何も身につけないまま、久礼子は浴室から出た。
長い髪を頭に上げ、速乾ローションを身体に塗りたくっている。ローションが水分を急速に揮発させる際の紙のような匂いが部屋に広がった。
浴室から出た久礼子は息を呑んだ。
「やあ、来たよ」
ずんぐりとした洋梨を滑らかな布で包装したかのような男がベッドにかけていた。上品なスーツから突き出した頭はきれいに整えられ、肌はつややかに光を帯びている。
「あら、あら」
嘔吐感に堪えるかのごとく久礼子は口中の唾液を飲み下した。湿った声で言う。
「うれしい……」
男は丸い顔を無邪気な笑顔で輝かせた。ベッドから立ち上がり、短い両腕をいっぱいに広げた。
「君が寂しがってると思ってね、昨日も来たけど今日も来たんだよ」
「ありがとうございます、芒さま。あなた様はわたしの、いいえ、このヨコハマの希望です」
「どうだ? 僕の魅力には逆らえないだろ?」
自信たっぷりのようすで言い放ちつつ、宗楽は床にひざまづいた。
宗楽の前で、久礼子は傲然と立つ。
おもむろにベッドの端に片足をかけ、脚を開く。
優しげな面持ちで宗楽を見下ろした。
「おっしゃるとおりでございます。あなた様ほどかわいらしい飼い犬はこの世には一匹もいませんもの」
甘えるような口調で久礼子はささやいた。
身体を震わせ、宗楽はあえぐ。
「さあ…わがしもべである天の使いよ、お前の全能なる父である天主に最も愛でられし素晴らしきわれに慈雨を恵むがいい」
久礼子はむき出しになった内臓へつながる門を宗楽に誇示する。肉で形成された扉を指先で左右に展開し、奥行きの短い洞穴を晒した。
「お待ちください、その前にあなた様の神聖な柱で傷ついたわたくしめの胡乱な迷宮を麗しく癒していただけますか」
「あわてるな……わがしもべ、お前はわたしの慈悲の下に常にあると知るがいい」
熱っぽい口調で宗楽はつぶやいた。くっきりとした形の唇が乾燥して白くなっていた。わななく口唇の間から、唾液が絡みついた舌を突き出す。
宗楽は久礼子の大腿の付け根に顔を寄せた。