ポーカーフェイスは無表情とは限らない
若者と流行の街、原宿。
人がごった返す通りを、意気揚々と歩く少女。
「せっかく久しぶりの『お出かけ』ですもの、たまには実物を手にとってお買い物がしたいですわぁ」
染めているのであろう、紫のウェーブがかかったサイドテール。反対側には赤に染まった長い前髪が一房垂れている。黒い生地に紫の裏地、赤のフリルやレースがふんだんに使われたワンピース。いわゆるゴスロリと言われるものだ。頭にはレースで装飾された小さなシルクハット。サイズ的にカチューシャで装着しているのだろう。編み上げのブーツには無骨な5cmほどのヒールがあり身長を底上げしている。紫のアイシャドウと、真紅のルージュ。少女のような面立ちと体型とは裏腹などこか作り物めいた容姿。
隣にいる連れらしい女性も一風変わっていた。ジーンズにパーカーというごく普通の服装に見えるが、パーカーは明らかに男物で、袖も丈も大きく持て余している。しかもその柄は東南アジアの民族衣装を思わせる色鮮やかで複雑な幾何学模様。フードを目深に被り目元はまったく見えないため一見すると華奢な男性にも見えた。
そんな奇妙な二人組だが、ここ原宿では大して目立った存在ではないというのがこの街の恐ろしいところである。
「ねぇエリ、確かこの辺りだったはずですのよ?わたくしが探しているお店というのは。…あ!あのお店、わたくし好みの服がありましてよ!寄ってよろしくて?」
エリと呼ばれた連れは黙って頷く。ゴスロリ少女は嬉しそうに店に入っていく。その身体からハートが飛んでいくのが見えるようだ。少女が目をつけるのは大体ゴスロリを取り扱う店で、特に赤や紫が入った服を好んでいるようだった。
「このスカート、裏地がチェックですのね…なかなか可愛いですわ……っと、あらごめんあそばせ」
「こちらこそ、ごめんなさい」
興奮しているうちに、少女は誰かとぶつかってしまう。ぶつかったのは少女と同じゴスロリの女性だった。見るなり目を輝かせる。
「まぁ!貴女、素晴らしいお召し物ですわ!」
「ありがとうございます!あなたもとても素敵ですね」
「あら、嬉しいですわ。ところでそのお召し物、どこでお買いになりまして?」
「ここからさらに3つほど行ったお店ですよ。私の行きつけなんです」
「そこに紫のお洋服はあるかしら?」
「あると思いますよ」
「本当ですの?ありがとうございます!早速行ってみますわ。エリ、行きましょう!」
女性と別れ、意気揚々とやってきた店は、確かに所狭しとゴスロリ服に溢れていた。少女は今日最大の目の輝きを見せた。
「まぁぁっ!何て素晴らしい!これこそわたくしの求めていたものでしてよ!!」
少女は店員と熱心に話しながら、あれやこれやと店内を物色していく。一着、また一着と試着を重ねていく。と。
「アイ」
連れの女性が初めて声を発した。どうやらアイというのが少女の名前であるようだった。その声にアイは一旦立ち止まりエリを見る。しばしの静寂。
「店員さん、これ、試着いたしますわ!」
一瞬にしてさっきまでのテンションに戻ったアイは服を持って再び試着室に入っていった。
カーテンが閉まった直後、アイの目の色が変わった。服を端に放り出すと、試着室を探り始める。薄い壁を注意深く触っていって、やがて。カコン、という小さな音と共に、鏡が一歩後ろに動いた。そのまま引き戸のようにスライドさせれば。
「…なるほど。良い隠れ蓑ですわ」
そこには服に興奮していた少女の面影は微塵もない。それは薄い不気味な笑みが張り付いた『イザベラ』の顔であった。
「麻薬を密売している巨大組織を摘発する。それが今回の指令だ」
「物的証拠を押さえればいいんですのね」
「現行犯が望ましい」
「んー、やつらすっごい用心深くてねー、なかなか尻尾出さなかったのが、今回原宿のどっかで身を潜めてるって情報が入ってねー」
「罠の可能性もあるがな」
「本当なら一斉摘発、罠だとしても向こうから出てきてくれるのでしょう?どちらにせよおあつらえ向きですわ。わたくしたちの敵ではありませんもの」
「…そうだな。お前とアイリーンに特別外出許可が下りた。行って来い」
「アイリーンちゃんなら、ちょっとの『匂い』もきっと探知してくれるからさ」
「まぁ!原宿に行けるんですのね!嬉しいですわぁ」
「本来の目的を忘れるんじゃないぞ」
「そんなことするわけがありませんわ」
「わたくしが最も愛するものは、一番が事件で、二番がお洋服ですもの」
部屋は薄暗く、常人と変わらない嗅覚を持つイザベラでも分かるくらい、嫌な匂いが立ち込めていた。なんと、ここでは製造だけではなく、栽培まで行われていたようだ。植物が人口の光で育てられている。吐き気がした。限りなく不快だ。今すぐ燃やしてしまいたい衝動に駆られたが抑える。ここに人はいない様子だ。ならばこの奥か。
「動くな」
頭に突きつけられたのは、拳銃の感触。
「麻薬に、拳銃。凶悪犯罪のオンパレードですわねぇ」
「手を上げろ」
「………………」
イザベラはゆっくりと手を上げていく。その口元に、笑みは消えない。
「貴方、そんなにのんびりしていると…燃えてしまいますわよ?」
「え?…う、うわああぁぁぁぁっ!!」
「わたくしに気取られずに背後まで回ったのはお見事でしたわ。しかし…わたくし、相手を視認できなくても、存在さえ確認できれば、問題ありませんのよ?」
ゆるりと振り向いたイザベラはにやりと笑った。拳銃を持った男の服に、火が付いている。みるみるうちに炎は大きくなり、服全体に燃え広がろうとしていた。
「どうやらお洋服に紛れ込ませ麻薬を取引していたようですわね。フリルの内側やリボンの中。隠す場所はいくらでもありますもの。そのせいか、かすかな『匂い』がこびりついていたようですわ。…いくら素晴らしいお洋服でも、こんなことに使われ穢れたお洋服じゃ、わたくし欲しくありませんの」
「ぎっ、ぎゃああああああああああああああああ!!!熱い!熱いいいいいいっ!!!」
「お洋服を冒涜した罪ですわ。大丈夫、死にはしませんわ。さて…残りの方々もしょっぴきに参りましょうか?…どこにいらっしゃいますの?」
店に入り口付近に立っていたアイリーンは、わずかな温度変化を感知した。イザベラが炎を使った。制圧開始の合図だった。アイリーンは入り組んだ店内に飛び込んだ。衣装棚を飛び越え、試着室に駆け込む。店員が異変に気付いて駆け寄る頃には、彼女はイザベラが入っていた試着室のカーテンを開け放った。
そこにイザベラはおらず、鏡がスライドしており、闇が広がっている。隠し部屋の証拠だ。背後から奇声を上げて店員が襲い掛かるが、肘鉄一発で伸した。
「イザベラ」
アイリーンが呼びかける。
闇の中から、ぬっとゴスロリの少女が出てきた。その顔は無表情で、一転してホラーと化したかと思うほど空気が凍った。ただし、唯一見ているアイリーンの表情は眉ひとつ動かない。アイリーンと目が合うと、また作り物めいた笑みに戻って。
「…全員確保いたしましたわ。証拠も、この通り」
イザベラは首に巻かれたチョーカーを指差す。チョーカーではあるが、その実態はノックスが改造した隠しカメラだ。これで部屋の内部を一部始終撮ったということなのだろう。
「了解」
アイリーンは耳に手を当てる。そこにはイヤホンが差してあって。
「こちら『E』。作戦完了。麻薬栽培・製造現場及び目標を確保。撤収支援部隊を要請する」
イザベラはホントにキレると無表情になる。表情がない方が感情をあらわにしているって結構面白い現象ですよね。
女の子ふたりの原宿お買い物回。イザベラは公私混同するタイプ。境目がないからバレないんです。
ちなみに二人の偽名。「エリ」はアイリーンの「Eileen」から。「アイ」はイザベラの「Isabella」の頭文字そのまま。
あと、イザベラと会話した素晴らしいゴスロリのお嬢さんは、とある方のとあるお子様を意識しているとかしていないとか。