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魔女と過ごす非日常  作者: 柳乃 晟
はじまりのはじまり。
4/4

004

 ――ジャンヌダルク。

 百年戦争の際、フランスの勝利に貢献したとされる英雄。

 オルレアンの乙女とも呼ばれるカトリック教の聖人である。

 彼女は最後に異端者として火刑された。


 By.西藤陵介(さいとうりょうすけ)


 「う、ん……」

 軽い呻き声と共に陵介は眼を覚ました。

 酸素がまだ十分に行き渡っていないのだろう、頭の奥がまだぼんやりとしているがどうやら死んでいないらしい事はなんとか確認する。

 ふう、と軽く息を吐き、再び吸う。汚れた空気には違いないし、いつも吸っている空気と何も変わらない筈のそれがやけに美味しく感じられた。

 あまり自由の利かない身体ではあるが首だけをどうにか起こして辺りを見回す。

 色のある世界。見慣れた自分の家。リビング。

 そこまで確認し、目を閉じて再び首を元の位置に沈める。何やら柔らかい感触であったが不満は無い。むしろ気持ちが良かった。

「ん。目、覚めた?」

 上から降りてくる声に「ああ」と声を上げようと、目と同時に開き、言葉を失う。

 やけに顔が近い。

 というか、明らかに位置関係がおかしい。

 陵介はひとつ、その瞬間に仮説を立てた。そして、それを確認すべく首を先程向けた方向と逆に向ける。

 そこには――

「くすぐったい」

 ユキの腹部(こう言ったほうが幾分かマシに思える)が見えた。

 がばっ、とそれを確認したと同時に体を起こす。勿論、ユキに当たらないように最善の注意を払って。

「あまり激しく動かないほうがいい」

 そうは言われても。

 陵介は軽い眩暈を感じふらつくが、何とか身体を支える。

 このまま倒れこみたい。先程味わっていた感触が魅力的でもう一度味わいたい衝動に駆られるがそこは理性で抑えた。

 ぼんやりしていたものが今まさに驚きで全てがはっきりくっきりとする。

「ん、目覚めたか」

 聞き覚えのない声に陵介は振り返った。

 金髪長身。スラリとしたモデル体系の綺麗な身体。碧眼で日本人ではないのが一目で分かる絶世の美女がそこにいる。

「……どちら様?」

 陵介は説明を求めるようにユキを見る。

「え、と」

「いや、いい。私が答えよう」

 戸惑うユキを制し、メイが答える。

「私の名はメイ。名は"ジャンヌダルク"だ。以後宜しく頼む」

 そう言って微笑みながら陵介に近寄る。

 歩き方も美しく、まるで本物のモデルのようであった。

 だが、

「……名は"ジャンヌダルク"?」

 その説明だけではちんぷんかんぷんである。

 ――ジャンヌダルク、それくらいは陵介も知っている。

 物凄く詳しい事は知らないが多少は知識として備えられている。

 ゲームや漫画などで培われてきた知識ではあるが気になるところでもあるし、良く使われる話でもあるので、自分でも何度か調べた記憶もある。

 とはいえ、それだけでなのだ。

 目の前にいる女性が何者なのか、それに対する説明は一切省かれているといっても良い。

 名は、と言っていたがユキの言う通り名みたいなものなのだろうか。

 という事はユキの名は"灰かぶり姫"で、その由来は能力に関係している。

 一日、一つだけ自分にのみ魔法を掛ける事が出来る、という能力。

 だが、"灰かぶり姫"の名の通り零時を過ぎれば魔法が解けてしまうといったものだった。

 では、彼女は、ジャンヌダルクとは?

「名は、魔女名。まあ、忌み名だな」

 そう言って苦い笑みを浮かべる。

 ユキは苦虫を噛んだような表情をした。

「魔女は真名と魔女名を持つんだ。――まあ、"灰かぶり姫"のように途中から魔女になってしまった者は更に人間の名も持つがな」

 ユキの場合はユーキリンが真名。魔女名は"灰かぶり姫"。人間名は宮森雪奈になるらしい。

 ――そういえば。

 ユキは忌み名とも言われる魔女名を嫌っていたようだが、ならば何故ユーキリンという真名を名乗っていたのだろう?

 そう思っていた陵介の考えを見抜いたかのようにユキは口を開く。

「私は人間じゃないから。少なくとも今の私は宮森雪奈ではないから名乗れない」

 という事だった。その表情からはなんとも言えない表現のしようがない感情が見えて「なら、どっちも名乗らなきゃいいじゃん」なんて事を言える筈もなく黙る事にした。

 その代わり気になる事を聞くことにする。

「あー。メイだっけか。……メイもさ、魔女なんだろ? しかも、人間名がないって事は」

「そう。初めから私は魔女だ」

「って事は吸血鬼の純血って事、か?」

 そこまで言って陵介の胸が小さく跳ね上がる。

 言葉にした事で理解した。

 もしかしたらユキを襲った性質の悪い吸血鬼と同類なのでは――

 だが、そんな陵介の不安を吹き飛ばすようにメイは笑う。

「あっはっはっはっは! いや、君は何かを勘違いしているようだね。確かに吸血鬼は魔女だ。だが、私は吸血鬼ではない。異能を持つ者。これをまとめて魔女と呼ぶのさ」

 まあ、最初に出逢った魔女が半分吸血鬼である"灰かぶり姫"ならばそう思っても仕方ないだろう。と笑いながら、それも豪快に笑い飛ばしながらメイは言った。

 ころころと笑う彼女を見ながら陵介は思う。

 異能を持つ者、その全てが魔女。

「因みに奴等は違うぞ。私達は生まれた時から異能が備わっているが奴等は初めは蕾の状態なんだ。それを努力によって咲かせる。――私たちを殺す為に、な」

 ――どう違うんだ。

 陵介は黒コートの奴等も彼女達も同じようにしか見えない。更に言ってしまえば自分との違いも分からない。

 ころころ笑う彼女を見て、何を考えているか分からない無表情のユキを見る。何も変わらない。変わらないじゃないか。

 何故殺されなければならない。何故。

「"ジャンヌダルク"」

「え?」

 突然、メイが口を開いた。

「魔女狩りで有名な話の一つだろう?」

 いきなりの話ではあったが陵介は頷く。

「男尊女卑。昔はそれが盛んだった。異能とは優れた能力だった。……分かるかい? 魔女狩りの始まりは男より優れた女を殺す事だ。様は見世物なのさ。男のほうが偉いんだと強いんだと、女は男に従え。――だが、世界は変わる。今は男尊女卑はそこまで酷くない。だが、異能は恐れられる。力がないものは無意味に怯える。何故か? 変わったからだ。今は力がなくとも権力(ちから)がある。その権力で上に立つ者が大勢存在する。昔とは違う。力があるからじゃない権力があるから上にいる。だから怖い、恐い。異能が、怖いのさ」

 彼等は犬なのだ。

 上の者に言われ殺すだけだ。犬以下の存在かもしれない。

 勿論肉親を殺された恨み、と言う者もいるだろうが大体は犬だった。そこに意思はない。殺したいから、ではない。殺せ、と言われているからだ。

 陵介は拳から血が流れるほど力強く握っていた事に気付いた。

 右手が血で濡れている。感触で分かる。

 だが、辞めない。止めない。流したまま強く強く握り続ける。

「"ジャンヌダルク"は――昔は、女の象徴だった。だから、殺された。今は異能の象徴。だから殺される。フランスを勝利に導いたにもかかわらず、今の現代では恩を仇で返される。なんとも皮肉なものだ」

 昔は、英雄として奉られる事になったのだが今ではそんなの関係なくなっている。それが嘆かわしい。

 メイは空を見上げるつもりで視線を上へと向ける。

 そこにはただ白い天井があるだけだ。

 見上げた白い天井を見て小さく溜息を吐く。

 まるで籠だ。

 鳥篭の中にいる鳥のような気分だ。

 陵介が怒ってくれている事は気付いている。右手を見れば嫌でも分かった。それは嬉しい。同情から来る哀れみではなく、ただ純粋な怒りを感じてくれている事が。

 きっと"灰かぶり姫"も同じように怒ってくれているのだろう。

 彼等は似ているから、何処か通じているから、だから彼がそうなら彼女もきっと。

 そう思い視線をユキに向ける。彼女は俯きながら唇を噛み締めていた。

 それを見て頬が緩む。

「"灰かぶり姫"、君は良いパートナーを見付けたな」

「? うん」

 一瞬、言葉の意味が分からず首を傾げるがその後肯定の意を口に出す。

 陵介の事だろうと分かれば肯定するしかない。自然と頬が緩む。

 と、そこでふと気になった事があったのを思い出した。

「そういえば、なんで私を?」

 ちょこん、と首を傾げてユキは問う。

 ユキの問い掛けに、メイは「ああ」と苦笑を漏らし、

「いやなに、私は魔女の中では情報通だからな。"灰かぶり姫"の事はその伝で聞いたんだ。それに、君は君が思っている以上に有名人だからね」

「そうなの?」

「そうだ。――どれくらい有名かと言うとそうだな……、君を知らない者はそういないだろう。それこそ一匹狼だとか他者と共に行動しない者だけだと思う」

 その言葉にぎょと目を見開いたのは陵介だった。

「なっ! そんなにかよっ」

「そんなに、だよ。そも、彼女は稀有すぎる。吸血鬼にされた、というだけでもかなり稀有なんだ。奴等が人を生かす事自体稀有だからね」

 その言葉に陵介は呆然とする。

 生きていた事自体が奇跡だと言われているようなものだった。そして、吸血鬼とはそういう存在なのだと、恐ろしい物なのだと知る事にもなる。

「それだけでも稀有なのに、そこに吸血鬼になった事で能力に目覚める。これは前代未聞だ。吸血鬼にそんな力などない」

 ユキはその事を初めて知ったのだろう。口を手で押さえ何も言えないでいる。きっと驚いているのだろう。

 だが、そんなユキの行動を見ながら陵介は一つ疑問に思った事を口にする。

「あのさ」

「ん? なんだい?」

「いや、稀有なのは分かった。有名になる理由もだ。んで、それを踏まえて聞きたい。ユキはさ、吸血鬼に出逢った時一人だったのか?」

「? ……う、うん」

 陵介の問いの意味が理解出来ず戸惑いながらも頷く。

 それを見て陵介は嫌な予感が当たったとばかりに顔を手で覆いながら上を向く。

 それと同時に、メイも陵介の考えを正確に理解し、口を広げ驚く。

「なぜ……」

「何が?」

 メイの呟きにユキは首を傾げる。一体何が。

「ユキはさ、吸血鬼になったって気付いたのはいつだ?」

「それは襲われた時に、奴に言われたから。そしてすぐに確かめた。傷を付けてもすぐ直るから信じるしかなかった」

「能力には?」

「……それは自然と。なったって確信した時、出来るって、そういうものなんだって理解した」

「じゃあ、それを誰かに話したりは?」

「してな……あ」

 そして、そこでユキも気付く。

「そう。知らない筈なんだ。誰もユキがそうゆう存在になったんだって。吸血鬼までなら分かる。そいつ自身が話したと思えるからな。けど、能力はどうだ? 俺がユキなら話さない。誰にも言わずに俺なら行方を眩ます。この能力でそいつを殺してやろうと思うかもな。誰かに話そうって気も起こるだろうけどそれはしない。何故なら巻き込みたくないからだ。違うか?」

 ユキはその言葉に無言で頷く。

「私は最初に出逢った魔女に"灰かぶり姫"と呼ばれた。その由来とこの世界の理もその人に教えてもらった」

 だから、とユキは言葉を続ける。

「私からこの事を話した事は、ない」

 その言葉を最後に三人は口を開く事が出来なかった。


 誰がばらしたのだろう。

 三人が三人。それぞれがそれぞれ違う視野から事を考える。

 最有力は間違いなくユキの仇だ。

 奴が特殊な吸血鬼で能力を与える事が出来る非常に稀有な存在だったという説。

 だが、それは確証がない。というか、やる意味を見出せない。

 わざわざ与えてそれを自らばらす、その思考は理解出来ない。ただ、人間ではないからそこに当てはめるのは危険だろうと陵介は思う。

 とはいえ、それを差し引いてもありえない。

 自分の人生を狂わせた相手を恨むのは当然。憎むのも当然。復讐しようと思うだろう。吸血鬼となるだけでも十分に危険な行為なのに能力まで与えるメリットは、ない。

 だが、そういった行為を楽しむタイプなのかもしれない。

 復讐心を植え付け自分の下へとやってきて自分に挑んで来る者を倒す、という行為を。

 挑んで来る、挑ませる……。

 ……ん? 何かが引っ掛かる。

 ピンポーン。

 そこまで考えてチャイムの音で現実へと引き戻される。

「……なんだこんな時間に」

 ちらりと時計に目をやれば十時を過ぎている。人が訪ねるには遅い時間だ。

 そもそも、陵介の家に人が訪ねてくること自体珍しい事である。

 両親がいない事は周知の事であるし、陵介が異様にしっかりとしていて心配するような事がないと思われている。定期的に生存確認に近い電話が鳴る事はあっても訪ねるまでの事はほとんどない。

 故に、陵介は警戒する。

 この場にはユキとメイ、二人の魔女がいる。

 今まで滅多になかった訪問者。しかも、記憶が正しければこんな時間に訪問してきた者など今までいない。

 ならば、と思うのも無理のない事だった。

 そのまま無言で陵介は玄関へ向かう。背後から身構えるような二人の気配を感じ、心強い事だと笑う。

 だが、廊下へ出れば顔は引き締め警戒心を最大にしておく。

 ピンポーン。

 二度目の催促。ますます怪しいと思う。

 一歩二歩。決して遅くない速度。しかし、急いでもいない。徐々に扉へと近付いていく。

「どちら様ですかー」

 扉から少し離れた距離からわざとらしく間延びした声で問う。返事はない。

 ごくり。

 自然と喉が鳴る。

 と、扉の目の前に立つ。人の気配を感じながらドアノブに手を伸ばす。

「おーい。陵介」

 が、その声が聞こえた途端。陵介はピタリと手を止める。

「おい陵介! 無視とはどうゆう事だ! 声がしたのに居留守ってなんだ!」

 ガクリ、その場で項垂れる。

 後ろから心配そうに覗き込んでいる二人に気付き苦笑を浮かべながら手を振る。害がないのは分かった。

 そんな陵介の行動に安堵の表情を浮かべ二人は部屋へ戻る。

「おい陵」

「うるせえよっ、何時だと思ってんだクソ野郎」

 扉を開けながら文句を言っている女に向かって陵介は言葉を遮る。

 扉を完全に開き切れば黒いサラサラとした長い髪に陵介の学校とは違う制服。ルーズソックスに短いスカート。ボタンをギリギリまで開けてYシャツを着こなす、薄めのメイクをした、雰囲気だけは大人しめだけど今時のギャルのような小さい女がそこにいた。

 外見は黙っていれば間違いなく可愛いのに。と思わずにはいられない。

「クソ野郎ってなんだよクソ野郎って! あたしは野郎じゃない!」

「つっこむところはそこかよ」

 口を開けば馬鹿丸出し。

「んで、何の用?」

「てか、なんであんた制服な訳?」

 お前に言われたくない。

 と言おうとしたが確かに家にいるのにこの時間まで制服なのはおかしいと言えばおかしい。

「あ、いや、その」

「あんたさー。高校生になってもまだはっちゃけてるの?」

「いや、それこそお前に言われたくない」

 どこからどう見てもはっちゃけているのはお前だ。

 はあ、馬鹿な奴だ、と内心で溜息を吐きながら、

「で? 結局何の用なんだよ?」

 本題を聞く事にする。

「ん? あー。いや、さ。最近あんた付き合い悪いじゃん?」

「……ああ」

「そりゃ中学の時、あんな事になってさ。……距離置きたいっつーの分かるよ。分かるけど」

「そりゃ分かってねえよ」

 ピシャリ、と言い放つ。

 怒気が含まれている声色に女はビクッと身体を跳ねさせた。

「分かってんならさ。――此処に来ねえだろ」

「…………」

 何も言えない。

 何も言い返せない。

 女はただ身を震わせて陵介を見る事しか出来ない。

 だが、

「……っ」

 それさえも叶わない。

 俯いて陵介の顔から眼を逸らす。

 あの、眼。

 なんの感情さえ篭ってない冷たい眼。

 それを見るのが恐くて何より辛くて、悲しかった。

「付き合いを悪くしたのは俺じゃねえ。お前らが付き合いづらくさせたんだろうが」

 身体が震える。

 冷たい視線に射抜かれている事が分かってて恐くて、震える。

「多分、加藤辺りに言われて来たんだろうけどさ。――お前らが困っててもそりゃ俺には関係ねえよ」

 その瞬間、女はガバッと顔を上げて驚く。

「な、なんで……」

 なんで困ってて助けを求めに来たって事が?

 そう思って陵介を見ると感情の一切篭っていない表情に、冷たい眼に射抜かれる。

「それ以外来る理由がないだろ。俺がいなくて困りそうなのはそこだけだしな」

 もう、何も言えなかった。

 全部見抜かれて、それでいて、

「帰れ」

 それなのに、冷たかった。

「っ! そうかもしんないけど! でもっ! あたしは!」

 扉が閉まっていく。

 叫んでいるのに、あたしはここにいるのに。

「陵介! まだあたしは!」

 ガチャリ。

 完全に閉まる扉の音がやけに虚しく響いた。

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