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魔女と過ごす非日常  作者: 柳乃 晟
はじまりのはじまり。
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002

 "剣詩舞(けんしぶ)"――、平たく言えば剣舞の事である。

 詩吟に合わせ刀剣を持って舞う事を指す伝統芸能の一つで、そこから派生したものも数多く存在する。

 詩吟に合わす事無く舞う事も剣舞と呼ぶ為、舞うように戦っている者が名乗るのも別段おかしいものじゃないと思う。


 By.西藤陵介(さいとうりょうすけ)


 翌朝、陵介は何事もなかったかのように自室のベットの上で目を覚ました。

 寝ぼけた頭を無理矢理覚醒させ、顔を洗うべく一階にある洗面所へと足を進める。

 途中昨日の事を思い出し、玄関の方を向いた。

 そこには何も変わらないいつもと同じ、傷一つない(、、、、、)綺麗な廊下と天井が存在している。

 昨日、反転世界――色の無いモノクロの世界から色の存在する普通の世界に戻った時、綺麗さっぱり何もかもが何事もなかったかのような姿で存在していたのだ。

 それを疑問に思った陵介は、

「天井の傷は?」

 とユキに問い掛けた。

 しかし、

「消えた。そうゆうものなんだ」

 それだけしか答えてくれなかった。

 その答えだけじゃ納得できる筈が無い陵介がユキに更なる問いを投げようと口を開きかけた時。

「すまない。今日は疲れた。明日でもいい?」

 と、本当に疲れた表情で言ってくるので陵介としては渋々だが頷く(ほか)なかった。

 そこまで思い返し、洗面所の方へと視線を変え足をそちらへ進める。

 何気なく歩く廊下。

 人、二人。もしくは三人くらいは歩けるほどの広さを持っている廊下。

 今までは無駄な広さと内心快く思っていなかった廊下だが昨日の一件で初めて感謝した。

(広くなかったら最後の一撃決められなかっただろうな)

 昨日の黒コート……"剣詩舞"ヒビノと名乗っていた奴の最後を思い出す。

 右腕が綺麗に切断された最後の姿。

 覚えておけ、とヒビノは言っていたが、正直忘れたくても忘れられない衝撃的な光景だった。

 あの時、ユキが俺を脇に蹴り飛ばす事が出来ないほど狭い廊下だったらどうだったのだろうか。

 そう考えるとあまり良い考えが思い付かない(一応信用しているので、一緒に斬られたという思考へ進まない様になっている、一応)。

 まあ、要するに広くて得した、と言えばいいさ。うんうん。

 と己の中でそう結論を出し、洗面所へ辿り着いた。

 黒コートの最後の姿がどうにも脳裏にこびり付いて、なかなか消えてくれず朝から薄ら寒い気分を味わう羽目にはなったが。


 朝、顔を洗い目を覚まし、朝食を簡単に済ませ学校へ行くための準備をしながらいつも通り適当にニュース番組を耳に入れる。

 どこそこで人が死んだだとか、誰かと誰かが結婚しただとか、日本の経済は云々かんぬんだとか。まあ、あまり興味をそそられる内容が無かったのでそんな程度の情報だけを頭に入れて陵介は学校へと向かう。

 通学路、昨日はユキと一緒に帰った道だが今日は一人。

 いつもと同じ状況なのにも関わらず、数ある内の一回、しかも下校時だけ、一緒に歩いただけだというのに物足りなさを感じてしまう。

 知らず知らずの内に溜息ばかりが増えていく。

「それだけ刺激が大きかったってことか」

「何が?」

「そりゃ――ってぇ?!」

 何気なく呟いた独り言にナチュラルに返答が返ってきてしまい自然に答えようとしてしまった。

 更に問い掛けられた方を向いてみると、そこにいたのは他でもないユキの姿があった。

 しかし、別にユキがいたから驚いたわけではない。

 その服装に驚いてしまったのだ。

「な、なんで、制服!」

 驚き、動揺したまま口を開けばなかなかな乱れっぷりである。

 通訳が存在しないと何を聞きたいのか今一的を得ない単語の並びに、しかしユキは陵介の問い掛けに聞き返す訳ではなく正確に応答した。

「いや、今日から同じ学校に通おうと思って」

 それはまるで同じ塾に通うと言うような気軽さで答えられた。

「そんな簡単に」

 出来る訳が、そう言おうとして口を開いていたのだがユキの言葉によってそれを遮られる。

「ああ、大丈夫。それくらい簡単に書類は作れるから」

「いやいや、そもそもユキは狙われて」

「それも大丈夫。一般人がいるような場所で奴等も事を荒げる事はないから。むしろ人混みに紛れた方が安全なくらいだ」

「けど、俺がいた時は」

「それは非常に特殊で稀なケース。そもそも陵介は私が誰にも気付かれない、そうゆう能力(、、、、、、)を使っているのにもかかわらず話し掛けてたんだから一般人には含まれない」

「……そうゆう能力?」

 先程から言葉が終わる前にユキが回答するという陵介的には不完全燃焼な押し問答が続いていたのだが途中、気になる単語に首を傾げる。

「ああ、昨日の話は途中だったね。これは私の……まあ、通り名である"灰かぶり姫"の由来でもあるんだけど」

 "灰かぶり姫"

 この言葉はあまり世間では浸透されていないが有名なおとぎ話の別名である。

 シンデレラ。

 それがよく耳にする"灰かぶり姫"の別名である。

「私の能力は一日一つだけ私に対してのみ有効な魔法が使えるというもの。それこそ私に対してならばどんな能力だって問題なく使えるという……吸血鬼になって与えられた私だけの能力」

 しかし、それには制限があり、一日一回使ってしまうと時間制限こそないが午後零時まで違う魔法を掛けられない、というもの。

 つまり使いどころを誤ると昨日のように困ったことになるらしい。

「昨日私が私に掛けていた魔法は"誰も私に気付かない"という制約の魔法だったの」

「なのに俺は気付いてしまったと」

「そう、それが不思議」

「けど、あのヒビノって奴も気付いてたぜ?」

 あいつはご丁寧に反転世界ってやつに招き入れる芸当までやったんだ。気付いていない筈が無い。

「それは感知の魔術を使ったから」

 しかし、その問いに返ってきたのはなんともまあ、非科学的な言葉だった。

「まじゅつ?」

 聞いた事のある単語。

 意味は知っている。

 だが、知っているからこそ理解が出来ない。

「そう、魔術」

 だがユキはそれを当たり前の事象で存在するのが当然と言った口調で淡々と話す。

「魔女狩り、って知ってるよね?」

 それについて陵介は無言で頷く。

 人並み程度ではあるがその事は知識として知っている。

「昔の話みたいに現代では言っているけど、実際はまだ現代でも根強く続いているものなんだ」

 ユキは足を止めて陵介を見詰める。

 陵介も足を止めてユキを見る。

「吸血鬼ってのは昔から存在してる。私はかなり若い吸血鬼なんだけど――、ただまあ、新参者にしては私の能力は特殊すぎて名前と顔は結構売れてるんだけどね、とその話は置いといて」

 そう、前置きしながらユキの話は続く。

 魔女狩りというものは今から大体五百年ほど前まで遡るほど古い話である。

 当時の書物などを見る限り曖昧な定義でしか記載されていないものが多いがユキのように吸血鬼、この場合は魔女。所謂特殊な力を用いて力を振りかざす者を葬る事が本来の魔女狩りの姿なのだという。

 その為、吸血鬼の存在を知っている者は現代でも血筋として残っていたり、組織として残っていたりする為、水面下ではそのような吸血鬼と人間の攻防が繰り出されている。

「その組織の一つがあれね。昨日現れたのは"剣詩舞"って二つ名を名乗ってたからきっと組織の中でも実力はあるんだと思う。黒コートの一団は魔女狩りの組織の中でも有名で、私も何度かその組織の人間と戦った事がある」

 そして、魔女狩りはどうやって行われているのかという話題に進む。

「組織によってまちまちではあるんだけど、基本的に奴等は魔術を使用して私達と対等に戦う事が出来る。魔術は基本的に才能によって使えるか使えないか決まるし、力の差も努力より才能によるところの方が大きい。ようは超能力者みたいなものなの」

 ちなみに"剣詩舞"が使っていた感知の魔術は魔術の中では基礎的なもので自身から半径一キロメートル以内の空間を探知するというものらしい。

 自分に気付かないようにしていたユキが何故これに引っかかったのかと言うと

「逆に私の周りが何も感じられない空白の空間になったというのが問題なんだと思う。私も新参者だから詳しくは知らないんだけど、生物から無機物まであらゆるものが感知出来るらしい。勿論、対吸血鬼用に魔術というものは作られているから吸血鬼は吸血鬼で感知するらしいんだけど」

「なるほどな」

 気付かれないように、というものの定義が自分自身だけではなくその周辺、恐らく僅かな空間なのだろうけどそこにも適用されていて――まあ、自分の対して、というユキの能力を考慮するならばきっと触れている部分。つまりあの時はベットの一部、ユキが座っていたベットの部分が誰も座っていないのにあたかも座っているかのような状態になっていた、という不可思議な現象が起こっていたのだろう。憶測ではあるのだが。

 更に言えばそんな不思議な状態の場所に陵介という人間が感知されたとしてもそれがただの人間なんて保障が出来る訳もない。

(あいつの言葉を借りるなら反転世界ではただの人間は動けないみたいだし、とりあえずそこに引き込んで試してみたって訳か)

 つまり、あの場にいたのは協力者と気配を隠した何者、という構図に見えなくもない。

 そんな事を推理しながら陵介は携帯を開き時間を確認する。

 そろそろ行かなければ危ない時間だった。

「とりあえず、歩きながら話そう」

 そう時間をユキに見せながら先を促す。

 ユキは黙って頷くと陵介の隣で歩を進める。

「まあ、大体の事は昨日の話と今日の話で理解出来たよ」

「ん。賢くて助かる」

「だけど、気になる点が無い訳じゃない」

「ん?」

 陵介は足を止めたくなる衝動を抑え足を進めながら話を続ける。

「まず、昨日のヒビノ、って奴。あいつは"剣詩舞"とかいう二つ名? 持ちらしいけど、それって珍しいのか?」

「珍しい。魔術は才能で決まるってさっき話したけど。更に自分特有の……言い換えれば特技みたいなのがあるってのはなかなかいない」

「それじゃあ、"剣詩舞"ってのはあいつの特技を指す言葉なんだな?」

「そう」

 ふむ、と顎に手を当て考える。

「それじゃあ、あいつの真骨頂は刀剣を消したり現わしたりしながら舞うように戦う事なんだな、きっと」

「……なんでそう思うの?」

 きょとん、とした顔でユキは陵介を見上げる。勿論足は止めない。

「"剣詩舞"ってのは剣舞の事を指すんだ。剣で舞うから剣舞。それが由来ならそうゆう事なんだと思う。あくまで憶測だけど」

「なるほど」

 今度はユキが顎に手を当てて考える。

「するとあいつは全力を出していなかったという事になるな」

「まあ、出せなかった。ってのが正しいだろうけど」

「?」

 再び陵介の答えにユキは首を傾げる。

「簡単な話さ。あんな狭い空間で舞える筈がない」

 陵介の言葉に「ああ」と小さく声を上げ納得する。

 確かに自分も大鎌を振るう際、あの廊下の幅は苦労した。

 だが、そんな事よりも

「陵介」

「ん?」

「君はとても賢いんだな」

 その言葉は純粋な賞賛と尊敬、憧れが含まれていた。

 その言葉をむず痒く感じつつも嬉しくなり自然と頬が緩む。

「そんなことはねーよ」

 しかし陵介は照れ隠し、という事もありいつも以上にぶっきらぼうに答えた。


 校門前。

 昨日、ユキと出逢った場所。

 陵介の日常が壊れた場所。

 そんな思い出深い(陵介にとっては)場所ではあるが眼に映るのはやはりいつもの日常だった。

「ところで、ユキはどこのクラスに入る事になってるんだ?」

 そういえば、と陵介は思い出したかのようにユキに聞く。

 ユキはユキで懐かしそうに学校の校門を通っていた。

「一応、一年生と言う事で入る事にした。陵介も一年だろう?」

「……言ったっけ?」

 昨日の話を思い返すが話した記憶が見当たらなかった。

 だが、ユキは

「簡単な話さ。ここの学校はネクタイで学年が決まるのだろう?」

 となんとも簡単な理由を口にした。

 確かに、個々の学校は一年が青。二年が緑。三年が赤だと決まっている。

 だが

「でもなんでそれが判別出来るんだ?」

 これまた至極当然の疑問だった。

 この学校の生徒でもない人間が何故分かるのかと。

「まあ、この時期だから二年、三年は分からなくとも青が一年だという事は大体分かるさ」

 今はまだ一学期で四月の後半。つまり新入生はまだ新入生らしいという事だった。

 種さえ分かればなんとも単純な話だ。

「確かにな」

 陵介もそれ以上疑問に思う事無く足を玄関へ進める。


 場所は陵介の教室。

 玄関で靴を履き替え、ユキは一旦職員室へ行ってくるという事で二人は別れた。

 教室に一人で入ればいつも通り、陵介を軽く見るだけでクラスメイト達は自分達の世界へと戻っていく。

 陵介は既に浮いた存在だった。

 中学の時の素行が噂を呼んでいたし(この場合は不良という意味では無い)、更に授業中、昨日の数学教師の時のように問題児として周囲から恐れられていた。

 腫れ物に触るかのような態度に、陵介はもはや何も感じず、自分の席へと腰を掛ける。

「西藤、聞いたか?」

 だが、そんな陵介にも友達がいない、という訳ではない。

「ん? なんだ木下」

 木下、昨日も少し話をした事のある青年だが彼は唯一このクラスで陵介に話し掛ける事の出来る人間だった。

 陵介の評価では冴えない羨ましい奴、ではあるが極論彼は普通の人間である。

 他の人間とも親しく話せるし、陵介とも話す事が出来る気さくな人間であった。

「今日、転入生が来るらしい」

 その木下からもたらされた情報は陵介にとって嬉しいニュースであった。

(そうか、ユキはうちのクラスに来るのか)

 その事が素直に嬉しい。

「……まあ、西藤には興味のない話だろうけど」

 しかし木下の続きの言葉にん? と陵介は首を傾げる。

 興味が無いとは言った覚えが無い。

「なんでそう思うんだ?」

「いや、西藤ってあんまり他人に興味なさそうだから」

 返ってきた言葉に苦笑が漏れる。

 別に、他者に興味が無い訳じゃないんだけどな。でも、木下にはそう見られているのかと自身の行動を振り返る。

 ……あー。

「いや、俺に話し掛ける人間がいないだけだろ」

 自分が浮いている事くらい理解している。

 けど、自分から好きで浮いた訳じゃない。

 大本は中学の時の素行の噂だし、話し掛けられないから自分から話し掛けないだけ。

 話し掛けないのも話し掛けたら怖がられているからだし、しかし、そういった行動がそういう風に受け取られてしまうのか。うーん。

 と、陵介が一人で悩み出すとチャイムが鳴り響いた。

 HRを開始を告げるチャイムの音に生徒達は自分の席へと移動し出す。

 陵介の通っている高校は有名な進学校であり、素行の悪い生徒はいない。

 皆無、という訳ではないが漫画やアニメに出てくるような不良は存在しない平和極まりない高校である。

 しかも、創立以来一番の問題児が陵介だというのだからこの高校の平和さは全国でもトップクラスである。

 チャイムが鳴り終わる頃にはクラスの人間はそれぞれ自分の席へと着いていた。

 そこではたと気付いた。

 陵介の席は窓側後列一番後ろと言う誰もが羨む席である。

 見渡そうとすれば教室内全てを見渡せる位置にいる陵介はひとつだけ誰もいない席を見付ける。

 そこは教室の後ろの扉側の最後列。ちょうど陵介とは逆の位置にある場所だった。

(あそこがユキの席なんだろうな)

 そこに誰かが座っていたかなんて記憶は陵介には無い(そもそもクラスメイトの顔と名前を全くと言っていいほど覚えていない)、つまり空いているという事はそうなんだろうと陵介は自分の中でそう結論付けた。

 隣に座る男子生徒もどことなくそわそわしているようだし、きっとそうなんだろう。

 と、そこでガラガラと音を立てながら黒板側、つまり正面側の扉が開いた。

「よし、みんな揃っているな」

 その言葉で陵介の推測は当たっていたものだと確信する。

 そして、教師がそう言って教室に入ってくる後ろに見慣れた小さい女の子がとことこと付いてくる。

 その姿を目にし、男子生徒の何人かは息を飲み、何人かは「おぉ」なんて感嘆の声を漏らす。

 女子生徒はどうかと言うと可愛いぬいぐるみを見付けたような眼をしている者やそんな男子生徒の行動にむっと顔を顰める者。または、何故だか頬を染めて熱っぽい溜息を吐く者もいた。

 しかし、教師の後ろを歩く少女はそんな彼等の行動を少しも気にせず教師に導かれ教卓の隣に姿勢正しく立った。

 その姿をまた真正面から捉えて彼等は先程と同じようなリアクションを取る。

 とにはかくにも、吸血鬼"灰かぶり姫"ユーリキン、そして、

「はじめまして、宮森雪奈です」

 元人間、宮森雪奈の学生生活は始まった。


 がやがや、わいわい、ざわざわ、

 そんな効果音が似合うだろうと思えるほど賑わっている昼休みの教室。

 陵介はいつも通り教室の隅で一人のんびりとご飯を食べていたのだがあまりの賑やかさ――というか、騒がしさに顔を顰める。

 お気に入りの購買で売っているカツサンドの味もぼやけてしまうほどの不機嫌っぷりであった。

 さて、何故彼がそんなに気分を害しているのかと言うと、

「ねえねえ、宮森さんってさー」

「なあなあ、宮森ちゃんさー」

「ハロー、ミス宮森」

「にーはお、宮森さン」

「誰だ! お前ら!」

 本当に誰だ、お前ら。

 さて、教室の騒がしさの原因である陵介の反対側に位置する座席。宮森雪奈の席にたかってあーだのこーだの喚いている同級生の態度が陵介には気に食わなかった。

 俺のユキに、と思うほどの独占欲や束縛欲、支配欲は持ち合わせていないが単に騒がしいから、という理由だけでもない。

 実に複雑なお年頃で複雑な心境である。

「うっざ……」

 呟き一つ。

 もやもやしている自分の心にも何も知らず陽気に騒いでいる奴等にも、そして、

「あははははは」

 ――話を振られれば楽しそうに笑うユキの笑顔にも。

 その全てが憎い、というか、ウザイ。

 とりあえず、飯を食って寝てしまおう。

 それが最善だとでも言うかのように、いつもなら多少は味わって食べるカツサンドを早々に食べ終え、机の上に突っ伏す事にする。

 眠気はすぐにやってきた。


 夢を、見た。

 昨日想像していた世界の夢。

 少女の横に立って両手に日本刀を持つ自分。

 場所は何処だろう。

 ただ分かるのは異世界じゃない、この世界だという事。

 眼前には悪魔の様な異形の姿をした怪物達。

 それを見据える俺と少女。

 後ろを向けば何人かの仲間らしき姿。

 俺達はこの怪物達の百分の一ほどにしか満たない人数でこれから戦場を駆けるのだろう。

 ずっと考えていた、想っていた妄想だから、分かる。

 俺はこいつらと奴等に喧嘩を売るんだと。


「ん……」

 腕が痺れている感覚に目が覚める。

 何か見ていたような気がするが曖昧で思い出せない。

 だけど、胸が、血が、踊っているような感覚に自分の見た夢が良い夢だったんだとおぼろげながら思う。

 何かに満たされるようなそんな感じ。

 顔を上げる。

 教室内は外からの光でオレンジ色に染まっていた。

 見る限り教室内には人がいないようだった。

 ところどころから聞こえる喧騒は部活に所属している人間達の声なんだと理解するには然程時間は掛からなかった。

「寝過ごしちまったか……」

 視線を黒板の上にある時計へと向ければ時刻は五を指している。

 それを確認すれば溜息が洩れた。

 授業を寝るのは別に問題ではないが、帰っても良いという時間を過ぎても寝続けてしまったのは十分に問題である。無駄な時間を過ごしてしまった。

 とりあえず、寝起き特有の倦怠感を無理矢理飛ばそうと首を左右に振り、覚醒させるべく軽く伸びをしようと手を挙げた時、

「やっと目が覚めた」

 隣から聞こえる声に動作を途中で中断してしまう。

 しかも、途中で止めてしまったから手も中途半端な位置で止まっている。

 しかし、声の主はそんな陵介の不恰好な姿を気にも留めず再び口を開いた。

「陵介、授業を寝て過ごすのは感心しない」

 声の主――ユキは小さいが決して聞こえにくくない澄んだ声で陵介に言う。

「いや、だってさ……」

「だってもへちまもない」

「へちまって……」

 そんな言葉久々に聞いたぞ。

「それにしても、学校というものも変わった」

「そーなのか?」

「うん。私が居たときはもっと、こう。……凄かった」

 いったい、どう凄かったのだろう?

 そう思う陵介であったが何故だか怖くて聞けなかった。

 ……沈黙。

 ユキの言葉を最後に二人の会話は途切れた。

 外から聞こえる喧騒や廊下を運動部が走る音等がやけに大きく聞こえる。

「そういやさ」

 と、沈黙に耐えかねた陵介は何か話題をと考え思った事を口に出す。

「なんで待ってたんだ?」

 沈黙。

 その言葉にユキは反応しない。

 その事を不審に思いユキのほうへ顔を向けるが表情からでは何も読み取れない。

 何も考えていないようなそれでいて何か考えてるような……無表情に近いそんな表情。

 聞こえなかったのか? なんて思いもしたがこんな至近距離で聞き逃す訳がないだろう、と自分で破棄する。

 暫く相手の返答を待った。

「ん」

 短く、ユキが呟いた。

「待ってたの」

 誰を? と聞くなんて無粋な真似はしない。

 待っててくれたのか。

 陵介は頬を僅かに緩めながら頬を照れ臭そうに掻いた。

「結構、みんなに誘われてたみたいだけど?」

 とはいえ、ちょっといじめたくなるのは男心というものであろう。

 事実、不機嫌ながらもユキの周りにたかっていた生徒達の声は(うるさくて)陵介の耳にも入ってきていた。

 その会話の中でデートに誘おうとする男の声だったり遊びに行こうと誘う女の声だったりみんなで、なんて言う奴の声だったり、泊まりに誘う男女の声……男はともかく女のほうの声もやけに熱っぽかったのが非常に気になるところではあるのだが、そんなのが嫌でも聞こえていたのである。

「え、と」

 陵介の言葉に言いにくそうに顔を俯かせる。

 良く見れば手をもじもじと弄っているようにも見えた。

 年齢を忘れれば実に可愛らしい仕草である。――残念な事に陵介は年齢を忘れる事は出来なかったが(実年齢は知らないが少なくとも一回りは年上である)。

 もじもじもじもじもじ。

 下手すれば永劫に続くと思われた沈黙だが決意を固めた表情を貼り付け顔を上げたユキによって沈黙は破かれる。

 ごくり、

 何故だか陵介は喉を鳴らした。

 その表情は戦場に赴く戦士のような顔で、気圧されてしまったのである。

「陵介、のほうがきっと楽しいと……思ったから、かな?」

 言い終えて、かあ、と顔を真っ赤に染める。

 かわいい。――年齢さえ忘れてしまえれば。

 陵介のそんな失礼な思いは露知らず頬を染めながらユキははにかんで笑った。


 場面は変わって駅前のゲームセンターである。

 そこには陵介とユキの姿があった。

 何故二人はこんなところに居るのかと言うと、

「久々にゲーセンに行きたい」

 というユキの一言から始まった。

 なんとなくそう言った文明の、科学の結晶とも言えるような物に疎いと勝手に思っていた陵介にとっては酷くインパクトのある言葉であった。

 因みにユキ曰く「知らないとか失礼。私だって一人で世界回ってきたんだから娯楽や機械に疎くはない」らしい。

 更に言えば一人でカラオケに行くのは苦じゃない派とも公言していた。陵介のイメージが崩壊した瞬間でもあった。

 陵介の住んでいる街はそんなに大きなところではない。

 とはいえ、田舎でもない良くも悪くも普通の街だ。

 駅前はそこそこに栄えていて飲み屋やデパート、カラオケにゲーセン。人が集まりそうな店は大抵揃っている。

 人もそこそこに往き返っていてなんとも賑やかである。

 そんな訳で。

 そんな場所に位置する地元でもなかなか有名な格闘ゲームが豊富な陵介オススメのゲームセンターへとユキを連れてきたのである。

「ユキはどんなのするんだ?」

 ゲーム特有の激しい効果音が鳴り響く店内の丁度真ん中に位置する格ゲーが立ち並ぶフロアに二人で並び、隣に居るユキへ声を掛ける。

 ユキは無表情に近い表情を貼り付けながらも眼はきらきらと輝いていてテンションが上がっている事が良く分かる。

「これ」

 とてとて、と陵介を連れ歩きながら一つのカプセルのようなゲーム機を指差しながら後を着いて来ている陵介に振り返りながら言った。勿論、眼はきらきらである。

「これって……」

 そう呟く陵介を置き去りにしながらユキはカプセルへと入っていく。

 その姿を呆然と陵介は見送った。

「……マジっすか」

 その呟きに答えてくれる人は誰も居ない。

 更にカプセルの中から「いっきまーす」なんて声が聞こえた気がするが聞こえなかった事にしたい全力で。


 ユキはゲームが上手い。

 げっそりしながら陵介は思った。

 先程のカプセルのゲームも猛烈に強かった。コクピット内から「ふははははは」なんて上機嫌な声を漏らしながら敵を獅子奮迅、天下無敵、一騎当千。……とにもかくにも相当な強さで蹴散らしていた。

 それこそこの手のゲームに付き物のギャラリー達が口をぽかーんと開いて見入ってしまうほどに。

 次いで遊んだのは落ちてくる丸い物体を下にあるラインの中心にリズム良く押す、所謂音ゲーを存分にプレイした。

 それも物凄い高難易度の何曲をパーフェクトで。

 「ふふふーん♪」なんて上機嫌に鼻歌を歌いながらも無駄のない最善の動きで次々にボタンを押していってた。

 陵介も自信はあるし、上手いと自他ともに認めていたが、次元が違うと悟った。

 きっとゲームである以上ポイントやらは全くの五分五分になるだろうが洗礼さ、華麗さ、優雅さといった部分では負ける。そう、競える部分はそこくらいしかない域に達している二人だった。

 試しにとある格ゲーで興味本位に対戦してみる事にしたのだが、二人の次元はやはり異常だった。

 陵介の操作しているキャラはサングラスを投げたり炎を繰り出したりと相手を攻め立てるがそれをユキが操作する水色の髪をした少女は軽々と交わす。そして交わせば隙を見付けたとばかりに氷を吹き出したりくるくる回って蹴りを放ったりするのだがこれを陵介は交わす。

 そして、二人はノーダメージでゲームを終える事になる。周りのギャラリーはやはり口を開けてぽかーんとしている。次元が違いすぎるために付いてこれないでいるようだ。

 しかしそれでも、

「ユキのが強ェわ、やっぱり」

 めちゃくちゃ必死に負けてたかるか、と全力でプレイしていた陵介に対して、

「ん? 陵介も強いよ。久々に楽しかった」

 余裕綽々、ゲームを楽しんでいたユキのほうが一枚も二枚も上手だと陵介は思った。

 久々にゲームを満喫出来た事もありユキの足は軽やかで鼻歌が自然と出てしまうほど上機嫌だった。

 それを見て陵介も来て良かった、と頬を緩ませる。

 ――因みに余談ではあるのだが、二人が去った後ゲームセンター内は静寂が支配し、その日ゲームに手を付けられる客はほとんど居なくなってしまった。


「ん。陵介、ここでいい」

 帰り道。二人は一緒に帰っていた。

 ユキが言うには変える方向は一緒らしく、それならと陵介は一緒に帰ろうと提案したのだ。

 因みに出来る限り人の流れが多い道を選びながら、である。

「いいよ。ちゃんと送る」

 ユキの言葉に陵介は反論した。

 まあ、下心がないといえば嘘になるのだが。

「んん。大丈夫」

 だが、そんな陵介の言葉を首をゆるゆると振って拒む。

「んー。嫌ならしょうがねーけどさ」

「んん。嫌じゃないんだけど……」

「けど?」

 そこで再びもじもじし出すユキ。

 何がそんなに恥ずかしいのだろう? とユキが言葉を紡ぐまで待つ事にする。

 すると、暫くして再びあの戦場に赴くような表情でユキは顔を上げた。

 ごくり、

 また自然と喉を鳴らした。

「私家ないから、漫画喫茶に……」

「はぁぁぁぁぁあああああああ!?」

「ひっ」

 盛大に、壮大に、大声を出して驚いた。

「服は!」

「……駅前のコインロッカー」

「金は!」

「ん、と。困らないくらい持ってる……」

「……風呂は?」

「漫喫にある……」

「洗濯……」

「洗ってるよっ」

「だよな……」

 しかし、中身はどうあれ外見は若い女の子なのである。

「泊まっても大丈夫なのかよ? 年齢確認とかさ」

「ああ、されるけど、問題ない。免許証持ってるから」

「……なーんかな」

 つーか、免許証は実年齢書いてあるのだろうか。

 てゆーか、年齢確認よりももっと心配しなきゃいけないことが多々あるような。

「今までそんな感じだったのか?」

「うん。ホテルの時もあったけど」

「部屋借りたりしねーの? 短期間で借りれる場所とかあるじゃん」

「んー。気分でその街出て行くし。なんかそうゆうの借りちゃうとなんか微妙」

 良く分からん。

 と、そこで気が付いた。

 気分で、出て行く。

 つまり、また出て行ってしまう可能性があるということを。

 だが、

「――学校通うんだったら、部屋あったほうがいいんじゃねーの?」

 学校に通い出したんだ。

 という事は少しは長居してくれる筈だと、そう思った。そう、願った。

「でも」

 そう言ってもじもじ。

 今度は何だろう?

「一人じゃ、寂しい、から」

 …………。

 出来る事ならここで盛大に転んでリアクションを取りたい衝動に駆られた。

「一人で旅してるのに?」

「ん」

「一人で寝るのは寂しい?」

「ん」

 どうゆうこと。

 若干、混乱し掛けた陵介にユキが説明するかのように慌てて口を開く。

「え、えっと。誰も居ない密室ってのが苦手。ホテルに泊まった時、そう思ったから……」

 何回かホテルに挑戦したらしいがやはり寂しかったらしい。

 その分漫喫だと周りに人の気配が感じられるから落ち着くのだとか。

 それを聞いた陵介は呆れて溜息を付いてしまう。

「……んじゃあ、うちに来れば?」

「え?」

 きょとん、と言葉が理解出来ない子供のように陵介を見詰める。

「いやだから、うちに来れば? 俺の家って誰も帰って来ないし」

 そこまで言うとユキは気が付いたようで顔を真っ赤に染める。

 初め、ユキが何故頬を染めたのか理解出来なかったがよくよく考えてみると陵介は遅くなりながらも理解した。

「あ、いやその。別に他意はなくて。荷物置いたりすんのとかさ、やっぱり家があると色々便利かなーなんて思ったりしてさ」

 しどろもどろである。

 とりあえず、自分は他意はないと必死に弁論する陵介であった。

「んー。じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて」

 あたふた、と弁論する陵介にそう言葉を返す。

「でも、本当に何もしないんだね?」

 こくこく、陵介は無言で必死に頷く。

「じゃ、じゃあ、よろしく」

 そう言って頭を深々と下げる。

 暫く下げて上げてみればその頬は赤く染まっている。

 そして、ついでにとばかりにはにかんだ笑顔付きであった。

(いや本当、こうして見ると鎌を振り回していた女の子とは思えん)

 鎌を振り回して(、、、、、、、)

(って!)

 そう思って陵介はある事に気付いた。

「鎌は?」

「ん?」

「いや、鎌はどこに?」

 あんなのコインロッカーに仕舞えない。そもそも、仕舞えるサイズがないはずだ、と疑問に思う。

「んー。知りたい?」

「物凄く」

 こくこく、と何度も陵介は頷いた。

「んー」

 それを眺めながらユキは頬に手を当てて小首を傾げる。

「内緒」

 そして、それだけ呟いた。

「……気になる」

 だが、結局ユキは教えてくれなかった。

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