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魔女と過ごす非日常  作者: 柳乃 晟
はじまりのはじまり。
1/4

001

この物語はフィクションであり、作りものです。現実世界のものとは何も関係ありません。

 ――中二病。

 中学二年生の頃に(かか)りやすい病気で空想の出来事、事変、事柄を自身の周りで起こる事を妄想してしまう病気である。

 基本的に時期が来れば勝手に治る病気ではあるが、時たま妄想が過ぎ現実との境界が曖昧になったり、中学生以降もその症状を長引かせる者もいる。

 が、基本的には人畜無害の病であり、生活にも支障が出にくいものなので、大概放置されるものである。


 By.西藤陵介(さいとうりょうすけ)



(美少女と一緒に戦場を駆け巡る)

 思考の海に意識を巡らせ、必死に黒板に白いチョークを走らせる教師の教えを右から左へと聞き流す。

(俺の両手には鈍く光る二本の日本刀……ダジャレみてぇだな……)

 頭の中で思い描く自身の姿は今の自分と何も変わらない紺色のブレザー姿で少し癖っ毛の赤茶の髪。

 だが、両手に持っているのは学生が持つにしては身分不相応な日本刀。

 それを軽く光らせながら薄く笑う自分。

 彼の価値観から言えば物凄く格好いいものだった。

(そして、俺達は互いに声を掛け合う……大丈夫か? 問題ないっ……ん? このフレーズは)

 そこで、彼の思考は現実に戻される。

「西藤! 西藤! 聞いてるのか!」

 窓際の席で肩肘を付いて外だけを見ていた彼の行動に思うところがあったのだろう。授業を淡々と進めていた数学教師の怒声が嫌でも耳に入った。

 自分の至福の一時(授業は苦痛である)を邪魔された西藤陵介は隣の席の人間に聞こえるかどうか分からないほどの小さな舌打ちを一つし不機嫌な表情を隠そうともせずに口を開く。

「へいへい、聞いてましたよ」

 視線だけ教師に向けて気だるそうな声色。

 その態度が教師の怒りを倍増させる。

「西藤! なんだその態度は!! それが教師に向かって」

「あー。はいはい。……てゆか、教師名乗るんならその程度の問題で答え間違えんなよ」

 しん、と教室が静まり返る。

 教師の怒声を途中で遮り呟いた一言の効果は抜群だった。

 はっとした顔で黒板に振り向き急いで自身の問いを確認する。

 視線がちょうど黒板の中央当たりで止まった。

「あっ……ここか……!!」

 慌てて黒板消しへと手を伸ばすが焦っていた為、黒板を上手く掴めずばふっと乾いた音を立てて床へと落としてしまう。

 それを慌てて拾い上げようとするが今度は教卓の角へ額をぶつけてしまう大失態。

 しかも、災難はそれだけに(とど)まらない。額の衝撃によって揺らされた教卓は上に置いてあった教科書を見事に教師の後頭部へと落下させる。教卓の角で強打した額の痛みに悶絶していた教師はこれまた教科書の角という凶器の再来に為す術もなく小さな悲鳴を上げて平伏すしかなかった。

「…………」

 教室に沈黙が流れる。

 最初の頃は小さく笑えた出来事でも、こうも立て続けに災難が起こってしまうと生徒たちは何も言えない。むしろ同情する者も少なくない人数存在した。

 しかし、その災難の引き金を引いた陵介は何食わぬ表情で思考の海へとまたダイビングするのだった。


 西藤陵介、中二病患者。

 年齢は十六歳で今年高校に入ったばかりの新入生である。

 頭脳明晰、運動神経抜群、容姿端麗と非の打ちどころのない美青年で、芸能界にスカウトされた回数も少なくない。

 だが、そんな彼は自分の才能がコンプレックスだったりもする。

 彼曰く「物語の主人公ってのは気弱でドジで馬鹿で、何も取り柄のない駄目人間が基本的になるんだよ。そんな奴のところにすっげー奴が現れて非日常に巻き込まれて徐々に強くなっていくもんじゃん?」らしい。

 要するに自分の能力や性格がそこに当て嵌まらないのが大変遺憾だということだ。

 正直、俺のところにすっげー奴が現れてもなんかすぐに追い付きそう。なんて事を考えてしまう。

 実に面白くない。ああ、不愉快だ。

「なーに眉間に皺寄せてんの?」

 今は数学の授業が終わって昼休み。

 基本的に群れるのが嫌いな(周りに人がいると妄想に集中できないから)陵介は一人で食事を楽しんでいた。

「ああ、木下か。いやなに、なんで俺はこんなにも恵まれてしまったんだろうと嘆いていたところだ」

 木下と呼ばれた陵介からしてみれば羨ましい要素の塊である青年(要するに冴えない)は陵介の言葉に逆に自分が眉間に皺を寄せることになる。

「はあ、相変わらず贅沢な悩みだね」

 やれやれ、と溜息を吐きながら肩を落とす。実に贅沢な悩みだ。

「贅沢? どこが?」

 だが、そんな木下の言葉が理解出来ない陵介はきょとんとした顔で木下を見上げる。

 そんな陵介の言葉を聞いて「いや、もういい……」と言葉を紡ぐのを諦め陵介の向かいの席に椅子を逆にして向かい合う形で座る。

「前々から思ってたんだけどさ、何がそんなに不満なの?」

 いい機会だから、と言葉を付け足して。

「主人公になれないから」

「は?」

 だが、返ってきた意外な言葉に素っ頓狂な声を上げて木下は目を見開く。

「いやいや、十分主人公になれるって」

「俺の求めてる主人公にはなれねーんだよ」

「……どんな?」

 一体、どんな、これ以上凄い人間になりたいの? という木下の言葉の裏に隠されている本質まで見抜いた陵介はまた自分の理想とのギャップに小さく溜息を吐く。

 いやはや、理想の人間には遠い位置にいるよな、俺って。

 こうゆう時は相手の言葉の本質なんて即座に見抜いちゃ駄目だし、さっきの授業だって黒板を軽く見ただけで答えが分かるなんて……遠い、遠すぎる。

 はあ、と今度は大きく溜息を吐き、窓へと視線を向ける。

 勝手に落ち込み出した陵介を見て木下は首を傾げる事しか出来なかった。


 時は過ぎ、放課後。陵介的には何も面白くないただ普通の日常が幕を閉じた。

「つまんね」

 内履きから外履きへと履き換える際中、咄嗟に言葉が漏れた。

 つまんない、実につまんない。

 外履きに履き替え下校すべく玄関へ向けて足を一歩踏み出した。

 これから家に帰って最近ハマっている最新のオンラインゲームをして飯を食べて眠る。起きたら朝食を食べて学校へ向かう。その繰り返し。

 何も変わらない、何も面白くない。

 昨日も同じで、今日も同じで、きっと明日も同じ。

 平凡で変わらない、穏やかな日々が続いていくのだろう。

 そんな考えに耽って歩いていたら気付けば校門が目の前にあった。

 周りにはこれからどこへ行くか、という雑談に花を咲かせている女子高生や手を繋いでイチャついているカップルの姿。周りを威圧して堂々と歩く不良の姿。どれも見慣れた光景だ。

 こいつらも俺と変わらないくだらない日々を過ごしているのに……そんな考えが頭を過ぎるか他人は他人と自分の中で早々に結論付ける。

 そして校門を出る、一歩を、踏み出した。

「…………!?」


 そして、


 自分の日常を変える世界へ、


 踏み込んだ。


 目の前に入ったとびっきりの美少女。

 背は小さくて小柄な少女だが、出るものはちゃんと出ていて(下品な表現だが)漆黒の長い髪を(なび)かせ堂々と道を歩いている。

 だが、それだけならば言葉を失うほどの衝撃は受けない。

 服装はどこの学校だか分からない見慣れない制服姿、――しかしそれ以上に背後に背負っている自身の背丈ほどある巨大な大鎌、これがなんとも非日常すぎて陵介の胸の高まりはピークに達した。

 更にそんな異様な姿をしている彼女に誰も陵介以外気に留めていない――こんな不思議があっていいのだろうか? こんな不思議を逃していいのだろうか? いや、良い訳がない。

 しかし、どうしたらいいのだろうか。

「ん?」

 どう声を掛けようかと悩んでいた陵介に視線を向け短く声を漏らす。

「君は私が見えているの?」

 そして、継いだ言葉に陵介はこくこく、と力の限り頷いた。

 すると彼女は驚いた表情になり周りを見渡す、が、相変わらず周りは彼女に無関心を貫いていた。

「これはどうゆう事?」

 彼女の問い掛けに陵介は首を傾げる事しか出来なかった。


 とりあえず、場所を変えよう。

 そう申し出た彼女の言葉に従い陵介は自宅へと招き入れた。

 初対面の女の子を家に招き入れるなんて、と世間体を気にする人間がこの場にいたらそんな言葉を漏らしたかもしれないが生憎そんな事を言うような人物はこの場にいなかった。

 更に陵介の両親は共に海外出張中の身であり家には陵介しかいない。

 周りの人間からは寂しくないのかと心配されているが陵介自身はこの境遇をえらく気に入っている(彼曰く唯一主人公っぽいから)。

 しかし、それはあくまで陵介側の意見であり女の子である彼女が承諾するかどうか、陵介自身は不安であったのだが、

「誰もいないのであれば好都合」

 という彼女の一言によって不安は一掃され今現在、陵介の自室に二人はいた。

(しかし、招き入れたのはいいんだけど)

 視線を彼女に向ける。

 部屋には簡易なベットにライトノベルや漫画がぎっしり詰まっている大きめの本棚。そして、自分好みの機能を多彩に詰め込んだ陵介作の自作パソコンとそれを置く為にこれまた自分が使いやすいように作った自作のパソコンディスクが置かれている。この年頃の男子にしては殺風景な部屋であった。

 そんな中、背中に背負っていた大きい鎌を壁に立て掛け、床に座らせるよりは、と陵介が勧めたことによってベットに座る彼女。

 大鎌と少女によって見慣れた部屋が異空間に感じられる。

 陵介はそんな状況を楽しみながらもどう口を開こうか悩んでいた。

「さて」

 しかし、そんな陵介の考えを余所に少女が口を開く。

「まずは自己紹介から始めよう。私の名はユーリキン。元人間で、人間の時は宮森雪奈(みやもりゆきな)という名だった」

 彼女の言葉に思考が停止する。

 辛うじて思考が再起動するのに一秒ほどの時間が掛かり、しかしそれでも彼女の言葉に謎が多すぎて全てを悟るには情報が少なかった。

 え、と……と彼女の言葉に何か質問しようか陵介は思考を巡らせていたが、彼女の咎めるような視線を感じ、それに気付き一つ咳ばらいをし、口を開く。

「悪い。俺の名前は西藤陵介。ただの人間で、ただの高校生だ」

 ただの、というには才能に恵まれすぎていると自覚はあったがこの際は省きたい。何しろ目の前にいる少女に比べたら自分は明らかに、ただの、なのだから。

「陵介、ね。……ん。ただの、と君は言うけれどただの人間に私は見えない」

「だけど、俺は正真正銘ただの人間だぜ? そりゃちょっとばかしスペックは高いかもしれんが生まれが特殊だったり変な能力を持ってたりとかそんなものは何一つない」

 陵介の言葉に顔を(しか)め、不思議そうな表情で見詰める。

「確かに君からは何も感じない。だから君が嘘を吐いているようにも思えない。しかし、だ。それでも私と今こうして話している事自体君がなんらかしら特殊な人間であることには違いないんだよ」

「……いや、さ。俺があんたとこうして話をしている事がおかしいってさっきから言ってるけど何がおかしいんだ? 俺にはあんたがおかしいおかしい言う理由が分かんねーんだけど」

 そこでユーリキンはふむ、と言葉を漏らし一つ頷く。

「確かにそうだな」

 そして、自分がまだ何も説明していない事に気付き補足するように言葉を継ぐ。

「ここで聞いたことは他言無用。まあ、話したところで信じてはもらえないような話になるんだろうけど、君は知りたがっているようだからとりあえず、説明する。けど、あまり(おおやけ)にされると困る話でもあるから君が誰かにこの事を話せば、それ相応の事はさせてもらう」

 それ相応……。

 その言葉が耳に入った時、壁に立て掛けられている大鎌が鈍く光を放ったような気がした。

「ん、他言しない」

 自分の命のほうが大事だ。

「そう。ありがとう」

 そんな陵介の考えを知る由もなく彼女の説明は始まった。


 彼女の話はよくあるテンプレの話を少し弄ったような、中二病患者である陵介にとっては理解しやすい内容だった。

「私は元人間。なら、今は何かというと」

 という言葉から始まり彼女は今ヴァンパイア、つまり吸血鬼になっているという。

 ユーリキン、という名は彼女を吸血鬼に仕立て上げた純血のヴァンパイアから名付けられたもので吸血鬼となった今これが彼女の名前になったらしい。

「だけど、多分君たちが知っているヴァンパイアとはいくらか違う」

 まず、太陽の日を浴びても問題が無い。

 食事は人間の血である必要は全くない。稀に好んで血を食す者もいるらしいが基本的に鉄の味しかしないという事で好むものはそういない。

 肉体面でも人間達と何ら変わりはなく、歯が尖っている事もない。その証拠にとユーリキンは口を大きく開けて見せてくれたが確かに綺麗な歯がそこには存在していた。

「だから正確にはヴァンパイアとは呼べないのかも」

 とは言うが、純血のヴァンパイアに関してはやはり言い伝え通り血をすすった相手をヴァンパイアにする能力があるとの事だった。

 ユーリキンは今から大体三十年ほど前に純血と出逢ってしまいそいつの気紛れでヴァンパイアにされたそうだ。

「純血もそうだけど、私達元人間も基本的には不老不死なの。だけど死なない訳じゃない」

 そう言ってユーリキンは大鎌を指差した。

「あれは対吸血鬼用武器として作られた鎌なの。原理は私には分からなかったけど、吸血鬼に存在するとある細胞を破壊する事が出来て、普通の傷なら問題なく治せる吸血鬼にも致命傷を与える事が出来る武器」

 心臓を壊されようが脳を壊されようが瞬時に治してしまう吸血鬼でもあの鎌のように対吸血鬼用に作られた武器であれば殺すことが可能だという。

「ということは」

 そんな武器を彼女が持ち歩いているという事は、

「そう」

 彼女は黒い瞳に憎悪の炎が燃え盛っている事を隠そうともせず重苦しい声音で声を発する。

「私は奴に復讐する為に世界を回ってる」


「一旦、休憩しよう」

 本題に入る前に重苦しい空気が部屋を支配してしまった為、空気を変えるという意味合いも込めてユーリキンはそう、提案した。

 陵介はその彼女の言葉を素直に受け取って、

「そしたらお茶でも淹れてくるよ」

 と言葉を残し台所へと向かった。

 陵介の自室は二階にあり、台所は一階にある。

 大豪邸と言うほど大きな家ではないが、かといって小さくはないそこそこに立派な家だ。

 そして、そこそこに大きい家の為移動する時間もそれほど短くはない。その時間を有効に使うべく今の話を頭の中で整理する事にした。

 階段を下りるたびに軋む階段の音をBGMにしながら陵介はさっきの話を思い返す。

(吸血鬼、ね。まさか本当にいるとは思わなかった。……けどまあ、俺の知ってる吸血鬼とは違うけど)

 陽の光が弱点じゃない、その時点で陵介の知っている吸血鬼の弱点の大本が消された気分である。

 そして、今部屋に吸血鬼がいるという事に今更ながら危機感が沸いてくる。

 人間に害があるという話はされていないが逆に無害であるとも話されていない。

 更に陵介の知るところである吸血鬼という生物は根本的に身体能力は人間以上だ。

 勝てるのか? なんて思考に辿り着くも頭を振ってそれを消去する。

 そもそも、彼女の話を全て信じることがまず間違いだ。

 いくらでも作れる話だし、鎌や先ほどの校門前での周りの人間の態度だって信用するにしても力が無さ過ぎる。

 不思議には変わりないが吸血鬼を信じるほどまだ非日常な出来事ではない。陵介はそう結論付けて台所まで辿り着いた。

 冷蔵庫を開けるといつも買ってくる自分が気に入っている紅茶のペットボトルを取り出し、二つのグラスに氷を淹れて注ぐ。

 グラスに紅茶が注がれているのを何気なく見詰めていた。

「陵介!」

 だが、そんな呑気な陵介の下に一つの叫び声が届いた。

 その言葉にびくっと体を強張らせた陵介は掴んでいたペットボトルを僅かに揺らしてしまいグラスの脇へ紅茶を零してしまう。

 「あ……」と小さく声を上げるも、声に次いで聞こえてくる慌ただしい足音に紅茶を零したことなど放置し、階段へと駆け出す。

「どうした!」

 階段へ向かう際中に陵介も声を荒げる。

 そして、階段から物凄い勢いで飛び降りてくるユーリキンの姿を見てただ事ではないと悟った。

「すまない! 見付かった(、、、、、)!」

 何に? と陵介が言葉を発する前に陵介が見ていた世界に色が無くなる。

 モノクロの世界。

 白と黒と灰色。それ以外の色が見当たらないモノクロ。

 かといって暗い訳ではない。ただ、色が無い。それだけだ。

「くっ……油断していた!」

 そう、自分の行動に悔やむ声を上げるユーリキンの手には大鎌が握られていた。

「鎌……」

 陵介がその大鎌を確認した時、咄嗟に言葉が漏れた。

 これから何が始まるんだ?

 そんな不安を感じながらも楽しみにしてしまっている自分がいる事に陵介は気付く。

 が、ユーリキンにはそれが分からず、不安でいっぱいであろう陵介に言葉を掛ける。

「すまない。出来る限り君に被害が無いよう善処はするつもりだ」

 しかし、紡いだ言葉は相手の不安を煽る様な内容であった。

「善処って……」

 しっかり守ってくれよ、とは言えず心の中で呟く事にした。

 その代わり気になっている事を聞く事にする。

「何が起こるんだ?」

「……魔女狩りさ」

 ユーリキンはそれだけ答えると視線を玄関へと向ける。

 釣られて陵介も玄関へと視線を向ける。

「……!」

 するとそこには黒いフード付きのコートを羽織った背の高い、恐らく男性だと思われる姿がそこにいた。

 黒い、といってもモノクロ世界の為黒かどうか定かではない。

 更に男性かもしれない、というのは顔がフードに隠れている為背丈でしか判断していないからだ。

 その恐らく男である黒いコートの人間が言葉を失って絶句する陵介に声を掛ける。

「反転世界で動けるとは……"灰かぶり姫"の同胞か?」

「……"灰かぶり姫"?」

 聞いた事のない単語に陵介は首を傾げる。

 その言葉を受け、答えようとしたそぶりを見せた黒コートを遮り隣にいるユーリキンが口を開いた。

「私の通り名だ」

 と短く答える。

 その様子を見て黒コートはくつくつと面白い物を見たかのような笑い声を上げた。

「通り名、か」

「黙れ」

 黒コートの言葉にユーリキンは声こそは荒げていないが殺気のこもった鋭い声音で黒コートを黙らせる。

 ぴりっと空気が凍てついたのを陵介は感じた。

 先程まで多少なりとも楽しむ余裕があったとはいえ今は完全にその余裕はない。

 完全な非日常。

 経験した事のない現状に陵介は遂に不安だけに支配された。

 だが、そんな陵介の心を察しているのかいないのか更に事態は加速する。

「で、少年。少年は敵か? 味方か?」

 主語を省いた問い掛けに陵介は顔を顰める。

 どちらとも受け取る事の出来る言葉だ。

 黒コートの、でも通じるし、ユーリキンの、でも問題なく通じる。

 だが、それが陵介の命運を分けるのは決定的であった。

 陵介はどちら側につくか、今ここで決めねばならなかった。

 とはいえ、

「そんなの決まってんだろ」

 陵介の答えは悩む事無く、

「あんたの敵さ」

 ユーリキンの隣に立つ事を決めた。

 陵介の答えに黒コートはまたおかしそうにくつくつと笑い、ユーリキンは驚いた表情で陵介を見上げる。

 その視線に気付き陵介はユーリキンの方を向く。

「……なんだよ?」

 向いても尚、驚きを露わにしているユーリキンに問い掛ける。

「き、君はただの人間だろう?」

「ああ、そうだな」

 不安、否。この場合は恐怖か。

 恐怖に支配されそうになるのを無理矢理拒否する。

「だったら何故」

 何故自分の方に、と彼女は聞いているのだろう。

 だったら俺は胸張って答えればいい。

 震え出している足を思いっ切り地面を踏む事で停止させ、胸を張って答える。

「あんたと一緒の方が、楽しそうだ」

 そう言って、笑い掛ける。

 過ごした時間は長くはない、まだ一時間っも経っていないだろう。

 だけど、それがなんだ。

 さっきは一瞬でも疑った。

 その行為に罪悪感さえ感じる。

陵介(、、)!)

 彼女が叫んで呼んでくれた俺の名。

 あの時、分かったんだ。

 ユーリキンは俺を心底心配してくれたのだと。

 俺の事を騙すような人間じゃないって事。

 そう、

 ユーリキンは吸血鬼じゃない、人間なんだって。

 だから、俺は、

ユキ(、、)。俺はあんたを信用する。信頼する。だから俺はあんたを選ぶ」

 ユーリキンはそれを聞いて目を見開き、そして笑う。

 飛びっきりの笑顔で。

「陵介、ありがとう」

 笑顔のままで、ユーリキンはその言葉を陵介に向けた。

 だが、一つの拍手の音で現実に戻される。

「美しい話ではあるが、今の話を聞くと少年。少年は人間らしいな」

 パチ、パチ、と一つ一つの手拍子の音を一定間隔で空ける。

 それが酷く耳障りだった。

「少年。それでいいのか(、、、、、、、)?」

 それは確認では無く警告。

 その問いに恐怖を感じなくはないが、さっきまでとは違い、支配される事はなかった。

「ああ、それ()いいんだ」

「そうか」

 話はそれで終わる。

 黒コートが右手を真横に地面と平行に伸ばした。

 するとそこから黒い光があふれる。

 そして、黒コートが何もない空間から剣を取り出た。

 無駄な装飾が何一つもない西洋造りの剣。

 刀身は長く太い。両刃の剣は白黒の世界でも鈍く光を放っている事がよく分かり、それが返って禍々しかった。

「さて、魔女狩りを始めよう」

 ドンッ、地を蹴る踏み出す音。

 常人ではありえない速さで間隔を詰める。

 だが、そこのスピードにしっかりとタイミングを合わせユーリキン――否、ユキ(、、)は大鎌を下から上へ振り上げる。

 キンッ、と甲高い音が鳴り響く。

 黒コートが振り下ろした剣とユキが振り上げた大鎌が見事に交差する。

 暫しの膠着(こうちゃく)……力比べだ。

「くっ……」

 先に苦しげな声を上げたのはユキだった。

 振り上げた、というのが力比べには向かない。

 振り下ろしている黒コートは自身の体重も乗せじわじわとユキに刀身を向かわせていく。

「どうする"灰かぶり姫"。このままでは真っ二つだぞ?」

「ユキ!」

 思わず、陵介は飛び出していた。

 武器はない、体術も学んだわけではない。喧嘩はした事があっても命を懸けるようなものは経験した事がない。要するに命を懸けて戦う、という選択肢を取るにはあまりに非力だ。

 しかし、気付けば、否。気付いた時には陵介は黒コート目掛けて走り出していた。

「……!」

 先に気付いたのは黒コートの方だった。

 陵介一人相手するにはなんの問題もない。

 だが、状況が(まず)かった。

 両手に全体重を乗せてどうにか(、、、、)ユキに競り勝っている状況だ。

 片手であしらう余裕はない。

 両足も踏ん張るだけで精一杯。

 つまり、陵介の乱入は思わぬ形で今の状況を打破するユキにとっての助け船であった。

「うおおおおおおおおお!!」

 陵介の雄叫び。

 それによってユキも陵介が何をしようとしているのかを把握した。

「陵介!」

 無謀だ止めろ! その言葉に耳を貸さず陵介は足を更に加速させる。

 並みの人間ならば速いの一言に尽きる速度ではあるが、黒コートにとっては歩いてるのと変わらない速度だ。

 陵介が辿り着くまでの短い間。

 黒コートは押し込むように両手で握っている剣に力を込めその反動でユキから離れる。

 ユキも押し込まれる形で込められた力を利用し、そのまま黒コートとの距離を空ける。

 相手が離れた事を確認した陵介は足を止める。

 三者三様、それぞれの理由で足が止まり、先程とは違う膠着状態へと移行された。

「陵介」

 咎めるようなユキの声。

 それを陵介は無視し、黒コートを睨むように見詰める。

「あの場面で飛び掛かってくるとはな。馬鹿と天才は紙一重というやつか」

 陵介が無意識に行った行動は間違いなく、最善の一手である。

 黒コートは陵介の認識を改めることにした。

「考えての行動かそれとも違うのか。この際それはどうでもいい。だが、結果としていい手だったのは間違いない。だから」

 そう言って黒コートは加速する。

 ――陵介に向かって。

「……!」

「少年。少年から消させてもらうぞ」

 左手を前に出し、右手に剣を持ちながらそれを後ろに下げる刺突の前兆。

 その構えのまま黒コートは常人を凌駕する異常なスピードで陵介に迫っていた。

「させるかっ!」

 だが、一秒にも満たない一瞬の間にユキは反応し、黒コートと陵介の間に割って入る。

 しかし、その行動は予想の範疇。

「甘いぞ"灰かぶり姫"」

「!」

 一瞬で左手を後ろに下げ、その勢いを右手に伝え繰り出す、高速の刺突。

 ――だが。

(剣は!?)

 黒コートの手にあるはずの剣が見当たらない。

 何も持っていない空手の状態の右手。ユキの予測は外れ、来るべき筈だった刺突。それを繰り出す筈だった剣。それが無かった為、防御を取るべきタイミングが剣の分だけずれる事になる。

 つまり、

「"灰かぶり姫"、残念だったな」

 防御の体勢を早く取りすぎた為、隙が出来る。

 右手を突き出したそのままの上程で大鎌を握っているユキの手を的確に手刀で打ち抜く。

 その衝撃に小さく呻き声を上げると、ユキの手から大鎌が落ちる。

 それを視認した黒コートは、突撃そのもののスピード、体勢を上手く利用し、流れる身のこなしでそのまま鎌を蹴り飛ばした。大鎌は宙を舞い三メートルほど離れた後ろの天井に見事に突き刺さる。

「ちっ」

 小さい舌打ち。

 剣を見失った自分を責める小さな小さな舌打ち。

 責めるのはそれだけに留め、今はどうこの状況を乗り切るか思考を加速させる。

 今は午後六時くらいか。――まだ能力は使えない(、、、、、、、、、)

 鎌を取りに行くタイムロスは恐らく一秒。だが、それだけの時間があれば陵介を殺るには十分すぎる時間だ。

 ここで黒コートを自分で足止めさせ鎌を陵介に――否、素手でやりあえるほど相手は弱くない。

 どうしたら。

 と、ここまで考えた思考は瞬きをするよりも短い一瞬の出来事。

 しかし、その一瞬で再び最善の一手を繰り出す者がいた。

「なっ!?」

 陵介は自ら黒コートとの距離を縮めていた。

 黒コートが一瞬で埋めた間合い、一瞬で行った動作。目では追えないが本能でそれを理解するとクロスカウンターを狙うボクサーの様なステップで黒コートの懐に飛び出していた。

 黒コートとユキと陵介の位置は相当に近かった。

 つまり常人のスピードであっても黒コートの懐に飛び込む時間は一瞬である。

 ユキの鎌を蹴り上げ目標を視認した時には侵入を許していた。

 陵介の判断は早く的確で、そして勇敢である。

 黒コートの読みはまたしても予想を超える陵介の行動によって崩された。

「うらあっ!」

 顎を射抜くように打ち上げたアッパースイング。

 蹴り上げた体勢のままでいる不安定な格好の黒コートは防御も間に合わず顎に陵介渾身の一撃を喰らうことになった。

「っ」

 黒コートのダメージはほとんど皆無。

 むしろ打ち抜いた陵介の方が手にダメージを負う形になる。

 だが、時間は稼げた。

「ユキっ!」

 ダメージに歪む顔をそのままに陵介は高々と相棒の名を叫ぶ。

 その声に応えるようにユキは陵介の作ってくれた一秒の時間を有効に使い手にした鎌を構え体勢が整えられていない黒コートへ一撃を喰らわすべく陵介を脇に蹴り飛ばして(、、、、、、)鎌を振り下ろした。

「うげっ!」

 情けない声を上げて予期せぬ味方からの攻撃に受け身も覚悟も満足に取れない状態で狭くはない廊下を横に転げた(転げ終わるのも一瞬で最終的に壁に激突する事になる)。

「ぬうっ!」

 だがそんな陵介とは比べ物にならないダメージを受けたのは黒コートの方だ。

 それなりに痛む蹴られた部分、転げ回った部分、激突した部分の痛みで顔を歪めながらもその声に反応し、片目でしか視認する事が出来なかったが陵介はそれ(、、)を見る。

「うぐ……」

 ユキの鎌によって切断された右腕を庇うように左手で抑えている黒コート。

 切断された傷口からはぽたぽたと黒に限りなく近い灰色の液体が流れている。

 モノクロの世界でなければ恐らくその液体の色は赤で、赤い液体ということは即ち血。

 それを間近で、そんな残酷な光景を、陵介は捉えてしまった。

「"灰かぶり姫"……」

 息も絶え絶えに黒コートの男は口を開く。

「……"灰かぶり姫"……そして少年。……(いな)、――陵介と言ったな。……再び相見(あいまみ)える日が……必ず、来るだろう。その、時……まで……、この"剣詩舞(けんしぶ)"ヒビノ、覚えておくがいい」

 次は負けぬ、その言葉を残し黒コートは全身を黒い光に包まれ、姿を消した。

 そして反転世界――モノクロの世界から色は戻り、世界が陵介の知る世界に戻った。

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