塵の彼方
プロローグー
ーこの世界は、どうしてこんなに狭いんだろう?
少年が一人、小さな部屋に佇んでいた。
その小さな部屋に血に塗れ、死臭が漂い、決して、この世の光景とは思えない。
ーどうして、人はこんなにも汚いんだろう?
日の当たらぬ、場所に生えてしまった、ユリの花の如く白いその肌には赤々とした血液が、ドロドロとした返り血が、額と頬から流れ落ちている。
ー俺は人形、誰かの血を凍らせて作った部品で出来た人形。
少年はまるで壊れた人形の兵隊の様に覚束無い足どりでフラフラと歩き出した。
空には、星ひとつ無く、ただ、真っ赤な白夜の月の光が、鈍く少年を照らすのだった。
第一章
ここは天の国クラウディアの西の大陸。レッカ山脈近くの町、レイルだ。
私はセリア、町外れにの教会にお世話になっている、二丁拳銃使いの傭兵だ。
この町の近くにはレッカ山脈と言う古の聖霊が宿るとされている山脈があり。その中腹にはレイル湖と言う、聖霊の眠る湖がある。
ここには、かつて天地戦争を止めたとされる聖霊皇グランツとその后、レイルが生き別れたとされる天地橋が存在した。しかし、天地橋は聖霊皇グランツが地の国グライアスを治めにいって間もなく、何者かに破壊されてしまった。
それに何の目的があったかは誰もしらないが、少なくともそれは二人を憎んだ者の仕業であろうと、推理されている。そして、二人は橋が破壊されてからと言う物、一度として会えずにいる。
聖霊皇の后レイルは事実を知った時、静かに泣いた。その涙が溜まりに溜まって出来たといわれているのがこのレイル湖と言う訳だ。
この湖のその清らかさは怒りに狂った魔獣でさえも鎮めてしまうと言われている、レイルは今もなお、湖で深い眠りに付き、夫である聖霊皇グランツの帰りを待っていると言われている。
しかし、聖霊皇の帰りは未だに無い。聖霊皇は帰って来れないのか、それとも帰る気が無いのか、どちらにしろ妻レイルを悲しませていることには変わりないのだ。
そして、せかいには四つの種族が存在している、天の国の住民ブリュウナク、地の国の住民グングニル
、精霊と人間との間の者フランク、そして、魔の物と人間との間のベルクスの四種だ。それぞれが、それぞれの得意な分野があり例えば、ブリュウナクなら、接近系の武器が得意だし、ベルクスなら真なる魔の力を呼び覚まし、身体能力を底上げすることが出来るなど、色々な能力がある。
話は元に戻るが、かつて、レイル町はレイル湖の観光のため多いに盛り上がっていた。しかし、ある事件がきっかけで観光事業はどんどん衰退していった。
その事件とは殺人事件、しかも7人を殺す大量殺人事件。
その殺人事件の容疑者は当時たった10歳の少年。
少年の真意は未だにわからず。閉鎖監獄に幽閉されている、普通なら死刑になって当然なのだが、天の国クラウディアの天法によって少年は生かされている。
少年は生まれつき特殊な能力を持つ素質を持っており、監獄の研究機関には重宝されていた。その研究は過酷なもので、死刑は免れたとしても、その苦しみは死に匹敵するものだと言われている。
レッカ山脈の観光事業が衰退していると言っても、観光客がぱったりと居なくなってしまった訳でもなく、レイルの根強い信者やかつてレイル湖に魅了された客が私のような、傭兵を護衛に付けて湖に向かうのだった。
私の日常はと言うと、いつもは傭兵として活動しているのだが、偶に一人休暇を取り、遠くにに旅に出ることがある、何故か無償に遠出したくなってしまうのだ。それは多分私がレイル町で生まれた人間ではないからだろう。もちろん、レイル町の居心地が悪いからではない。色んな町を徘徊したが、レイルの町ほど住みやすいと町は無い。私が遠出するその真意は自分でも分からずに居るのが真実なのだが、きっと両親が行方居不明になっているのが原因なのだろう、これだけは、自分のことなのにいまだにわからずにいる。だがこの旅は、けして楽しくないわけでもない、よくは分からないが、何か懐かしさを感じてしまうのだ。
私は、そんな日常を何処かで、変えたいと想っているのかもしれないーー
その転機は割りと早くにやってきた。
それは、傭兵として、レッカ山脈に登頂して少人数の観光客を湖に送り届けた後に、夜遅くまで山の中で修行していた時のことだった。私は修行に熱中し過ぎて、火照った身体冷ます為に下山を兼ねて散歩をしていた時のことだ。
夜の山道は、漆黒の闇と森のざわめきによって成っている。私はこの山、この森、この道が嫌いではない、むしろ好きな方だろう屋内の暗闇は、なにか暗いと所に閉じ込められている気がして、不安感を覚えるのだが、ここの闇は私の心の闇も、私と一緒に包んでくれる気がして、無償の安心感を私に提供してくれる。
その山中を行く途中、私の運命は大きく変革することになるーー
白夜の血の色をした月光が不気味に照らす森の中、そいつはいきなり現れたーー
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背中を鋭利な刃物で刺された、そんな感覚が第八感を貫くーー。
とっさに背後の存在を確かめる、だが存在を目視することはできない、しかし、いる、確かにいる、そこにいる。明らかな殺気がそれを物語っている。
怖い、怖くてたまらない。なにか巨大な怪物に背後を取られたような畏怖感が精神を蝕まれていく。傭兵の私でさえも、こいつの殺気、威圧感は絶望的な物がある。--イヤだ、イヤだ!絶対にイヤだ!くるな、くるな!こないでくれ!---。
「くるなああああぁぁぁぁぁ!!!!」---心の中で拒絶した思いが、あまりの恐怖で溢れ出し、畏怖の叫びが声となって、そいつを威嚇した。
殺気はさらに強くなり、気を失いそうになる、しかし、長い間培ってきた傭兵としての誇り、プライドがどうにか意識を保たせている。
--ガサッーー
草を踏む音がした、恐怖の塊が近ずいてくる、呼吸が乱れる、膝が笑う、寒い、これが生物の放つ殺気なの・・・?
そいつは、さらに距離を縮める。そして姿を現したーーー。
まず目に入ったのは鮮血のように赤々と鈍い光を放つ少し垂れた大きな瞳、それを縁取る長い睫毛、日の当たらない場所に咲いてしまったユリの花のように白い肌が赤い月に照らされ反射している、その綺麗な顔には、真っ赤な血が滴り落ちている。黄金の髪は無造作に伸ばされ、肩甲骨辺りまでにもなっている、切り傷だらけの囚人はまったく丈が合っていない。その大きな瞳には生気が感じられない。その背にはそいつとはなにか、別の者の存在を感じた気がした・・・。
オーラと言えば、解るだろうか、あの禍々しさはあそこから来てる気がする・・・
ーーそのなにかが、ゴウッと湧き上がってきた!!
そして、感情が恐怖のあまり、溢れ出し、淀み、やがて気を失ってしまった。