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行動開始

いよいよ山場に差し掛かって来ました。

予定よりも随分長くなってしまいましたが、書いているとどんどん話が膨らんでしまって。


お楽しみ頂ければこれに勝る喜びはありません。

 決意を固めた枝松はまずその日のうちに教会を下見に行く事にした。


 S市内の自宅からK村までは自転車で10分あれば行ける距離だ。さらに5分もあれば目的の教会に辿り着く。

 教会の施設は小高い山を南側に臨み、それ以外は田圃に囲まれていると言う立地だった。

事前に聞いていた話では――野崎に牧谷から聞いた話を伝えると大喜びで色々と質問に答えてくれたのだ――施設全体は五芒星型をしており、中央に尖塔がそびえ立っている。工事は殆ど終わりかけているが信者の規模は全くの不明で、教団自体についてはほぼ何も分からない。野崎は「いつか尻尾を掴んでやる」と息巻いていたが、枝松としてもノンビリと待っているワケにはいかないのだ。

 そうして頭の中で情報を反芻しながら現場に辿り着いた。


 実際に施設を目にしてみると、何とも名状し難い雰囲気に包まれている事を感じずにはいられない。確かに大工職人が大勢作業をしている。工具が立てる独特の音も鳴り響いている。皆忙しそうに働いているのは確かだ。だが何故だろう、活気を感じないのは。一見すると賑やかに働いているのだが、そこを支配しているのは「虚ろな忙しさ」とでも言えば一番近いのだろうか、或いは「空しい活気」か「冷めた熱意」か。相反する雰囲気が混ざりあい一種の混沌を作り上げていた。


 資材を運んでいる職人に挨拶し、いかにも興味津津といった感じで話しかけてみるが、その職人の表情はどこか虚ろながら両眼だけが異様に力を感じさせる光を放っているように見えた。しかしその反面、皮膚はどす黒く乾いており職人に至るまで相反する雰囲気を漂わせているにだった。

 その職人の話では、この施設にはこの辺りでは珍しい地下倉庫――それも大きなものだそうだ――があり、その内面はコンクリート壁の内側に腐食に強い種類の木材を分厚く貼り付けている構造なのだ。そうすると木材が湿気を吸い取ってくれる上に、底冷えもある程度防いでくれるらしい。

 また一日一回程度の頻度で牧谷和久氏が地下室に入って行き、30分から1時間程度出て来ないと言う。地下倉庫の整理でもしているのだろうと言う事だった。地下室への入り口は施設の南側――五芒星の下二つの突端の間――にあるらしい。地上の建築物に関しても実際に造ると話に聞いた以上に奇妙な構造で、中央の尖塔を軸に五つの角を持つ形になっている理由を考えてしまうとの事だった。

 また中央から上に伸びている突端を北に向け下に伸びている二つの突端は南に向いていて、全ての角は尖らないように切り落とされた形になっている。この教会の司祭は切り落とすのではなく丸くしたかったらしいのだが、木造建築でそれは極度に困難なのでしぶしぶといった様子で納得してもらったらしい。職人たちもここの奇妙な雰囲気には気付いており、薄気味悪がってはいるのだが仕事である以上は仕方が無いと割り切っていると言う。仕事が終わり帰宅すると疲れきって泥の様に眠るのだが、不思議と朝は決まった時間にスッキリと目が覚め、その上この現場に来ると妙に元気がでるのだと言う。


 あまり長く引き留めても悪いので適当に話を終わらせ、礼を言って自転車を走らせる。その施設の周りをぐるっと一回りしながら眺めると、確かに野崎や職人の言うとおり五芒星型で先端は切り落とされた形だった。ほぼ完成に近いといっていいのだろう。やけに少ない窓から垣間見える内部はガランとしており、まだ調度品も何も無い事をうかがわせた。


 そのまま自宅に向かいながら枝松は考えを巡らせる。


 確かに地下室はいいだろう。資金さえあればもっともな話なのかも知れない。自分は建築に関しては何も知らないが、冬場の地下室は寒いであろう事は想像がつく。

 地上構造物についてはただの酔狂で説明が付くかもしれない。いささか度が過ぎている言えば言えるが、怪しいという印象を強めはしても決定的証拠とは言えない。

 だが職人たちのあの様子はどうだろう? あの不健康な顔色と相反する、異様な光を湛えたあの眼。そして体調に関する証言。疲れきって泥の様に眠るのに朝は決まった時間に目が覚め、あの現場に来ると妙に元気が出ると言う。

 あの職人は見た目から50歳前後ぐらいだろう。疲れ切った身体が一晩でスッキリ回復するものだろうか? 年齢から言っても考えにくい。特殊なスタミナドリンクでも提供しているのだろうか? いや、もしそうならば自慢げに話すだろう、こっちが聞かなくても。

 やはり一度しっかりと調べてみなければなるまい。思い立ったが吉日だ、今夜行ってみよう。誰かに見つかっても学生が興味を押さえきれなかっただけだと言えば納得してくれるだろう。

 そう考えて決行の準備を始めた。


 準備とは言っても目立たない色で動き易いジャージと懐中電灯――地方の夜道は暗い。この時代は街灯もまばらだったし、K村はS市民から田舎扱いされるエリアだった――そして万一の用心に小さな折りたたみナイフを用意しておいた。もし警官に見つかれば大変だが、そんな事を言っていられない程の危険が待ち構えているかも知れないのだ。使わずに済めばそれで良し、そうでなければ・・・覚悟を決めるしかないだろう。だが最大限人を(人間以外かも知れないが)傷つけないで済まそう。枝松は自分にそう言い聞かせた。


 午後10時になり行動を開始する。家族には気分転換に1時間ほどジョギングして来ると伝えて家を出た。何しろ来年は受験生だ、家に居る時も勉強ばかりしているのだから気分転換も必要だろうと言う事で怪しまれる事は無い。ナイフはジャージの右ポケットに入れ、左手に懐中電灯を持って走り出す。半月が照らしてくれるとは言え田舎の夜には必需品だ。

 スポーツはそれほど得意なワケではないにしても現役の高校生だ、30分も走らないうちに教会に到着しし、呼吸を整えてから施設内に侵入する。出入り口は五芒星の突端全ての中央辺りの両側に設けられているのを昼間のうちに確認している。便利がイイのか悪いのかよく分からない構造だが、取りあえず鍵がかかっていないのは幸運だったと言えるだろう。西側突端部のドアノブを回すとすんなり開いたのだ。


 中に入ると真新しい木材の香りがする。そこかしこにカンナ屑やオガ屑が散乱しており、いかにも建築中といった雰囲気が醸し出されていた。内部に侵入した事を周りに見られないよう用心して懐中電灯は低い位置に持ち下に向けて照らしているが、やはり慣れない事をしている為か不安で落ち着かない。

 だがグズグズしていられる状況でもないのだ、まずは外壁にそって五芒星の突端部をぐるっと一周する。これといって怪しい点はないが、やはり実用性を無視した造りに見える。奥へ行くにしたがって急速に細く狭くなるのだから始末が悪い。何かを置くにしても空間を有効に使えないのだ。三角形をしたものならばピッタリ使えるかも知れないが、そんなモノが日常品がどの程度あると言うのだろう。枝松には三角定規ぐらいしか思いつかなかった。心理的にもキツイ。圧迫感と言うか狭小感と言うのか、とにかく落ち着かず・・・何か息苦しいのだ。内側も尖っていないのがせめてもの救いかも知れないが、正直大した慰めにはならないと結論付けて中央部の調査に向かった。

 遠目に見ていたイメージ通りにガランとした空間だった。一応中央の尖塔へと続くと見られる螺旋階段――コレも木造だ――があるだけだ。何より奇妙に感じたのは宗教施設なのに祭壇の類が全く見当たらない事だった。建築に詳しいワケではない枝松だが、仮にも宗教施設ならば最も重要な場所――神聖な崇めるべき物や偶像を安置する場所だ――を最初に確保しておくのではないだろうか? 設置するのは後にするにしても、配置する場所の印ぐらいはしてあろうに・・・全く見当たらないのだ。

 床を照らして見回しているその時、螺旋階段が目に入った。「もしかしたらこの上に何かがあるのか?」そう直感した枝松は(出来るだけ)足音を殺して階段を上がって行った。多少の足音以外は軋み音もしない。さすがに牧谷家がスポンサードしているだけあって、材料も造りも素晴らしい。ソレが枝松の違法な調査を助けているのだから、世の中と言うのは皮肉なモノだ。

 途中に窓が一つも無い螺旋階段を登り切ると最上階の展望台に出た。用心のために懐中電灯を消して周囲を見渡すと、この塔が地上施設の五芒星に対応しているのか五角形をしている事が分かった。北側の壁――と言うか角だが――に小さなテーブルがある。

 もしかするとコレが祭壇なのだろうか? ならばココが至聖所なのだろうか? 施設のスケールと比較するとえらく質素と言うかコジンマリしていると言うか・・・。疑問を抱えたまま下を覗いてみる。高さは地上三階ぐらいだろうか。外から見た感じよりはやけに低いが、少し身体を乗り出して上を見るとこの展望台の天井ぐらいの高さから尖った屋根が天高くそびえているのが月明かりで見えた。この尖り屋根のせいで高く見えたのだろう。

 そして地下倉庫があると聞いた事を思い出し螺旋階段を静かに下りる。南側出口から出て地面を見回すと、懐中電灯を使うまでも無く入り口を見つけた。四角い金属性の枠があったのだ。縦横80cm四方ぐらいだろうか、やや大きめに感じる。隠す意図は無さそうだが事のついでだ、調べておく事にした。取っ手を引っ張り出してゆっくりと蓋持ち上げ――真新しいせいか、音はしなかった――内部の階段を確認する。周囲に人影が無いのを確かめて素早く身体を内部に滑り込ませた。蓋は開けておくか閉じておくか迷ったが閉じておく事にした。もしも関係者に見つかれば開けておいても閉じておいても同じ事だ。それよりは見つからない事を優先しておくべきだろう。そう判断したのだ。


 階段は意外に深く、3m程も下った頃だろうか、丈夫な樫の木で出来た扉に行き当たった。鍵はかかっていなさそうなので思い切って(そっと)開けてみた。すると僅かな軋み音が響き――


「誰だ!!」


 いきなり怒鳴り声が飛んで来て胆を潰す枝松。


「誰だ!! お前は誰なんだ!!」


 一気に畳みかけられた枝松は口をパクパクさせるのが精いっぱいだ。


「一体お前は何処の誰なんだ!! 何故僕をこんな所に閉じ込める!! 」


 閉じ込める? 鍵もかかっていないのに?どういう事だ? 沸きあがって来た疑問が気力を蘇らせ、今更ながら周囲が真っ暗闇である事に気付く。持っていた懐中電灯で照らし、声の主を探し当てて絶句した。


「牧谷のおじさん・・・・?」


その姿は間違いなく牧谷和久氏のものだった。なにしろ地元名士だ、姿ぐらいは見た事がある。


「ちょ・・・眩しい・・・え? その声は・・・枝松?」



幾ら友人の父親とは言えいきなり呼び捨てにされた事に憮然とし


「ハイ・・・そうです」


 とぶっきらぼうに答えたが、帰って来た答えは予想もしないモノだった。


「何だ、お前だったのか。安心したよ、僕だ。牧谷正明だよ」

「・・・!!」


 思わず声を失う枝松を気遣うように牧谷正明を名乗る『中年男』が近付いて来る。


「どうしたんだよ、そんなに驚く事も無いだろう?」


 近付いて来る『中年男』の仕草は確かにあの牧谷のモノだ。


「いや、あの・・・・牧谷君のお父さんですよね? 一体どうしたんですか?」

「おいおいヒドイな、幾ら何でも僕と父を間違えるなんて。そうか、懐中電灯のせいで妙な陰影ができてるんだろう、外へ出よう。君が来てくれて助かったよ、ココは真っ暗闇で手探りで周囲を調べるしか出来なかったんだ。以前君が状況を探るしか無いと言っただろう? 僕に出来る範囲でやってはいたんだがね、なかなか成果が上がらなくて意気消沈しかけていたんだ。いやソレよりも君が来てくれたおかげでこの空間が僕の精神が造り出した幻じゃ無かったと照明された事が嬉しいよ。ただ、そうすると僕が瞬間移動した事になって新たな問題が生まれるんだけどね」

 地上への階段を登りながら嬉しそうに語る『中年男』が牧谷と枝松しか知らない会話の内容まで知っている。その事実が枝松に更なる衝撃を与えた。もしや牧谷氏が息子から聞き出したのだろうか? いやそんな事をする意味もメリットも無い。自分達には何の力も無いのだ。軽い目眩を感じながら地上に出た。

 枝松は覚悟を決め、懐中電灯の光を施設の数少ない窓ガラスに向けて即席の鏡を作った。幸いここは山に面した南側だ。目撃されるリスクは比較的低い。


「牧谷さん、御自分の姿を確認して下さい」

「おいおい・・・一体何だって言うんだ? 仕方ないな」


 数秒後、牧谷正明を名乗る『中年男』は言葉を失った。何度も両手で自分の体を触り、叩き、撫でて震えながら確認する。

 ――ああ、そうなのだ。信じたくは無かったが、彼が語った事は『信じなければならない事』だったのだ。まだ高校生の友は突然中年の肉体に変わってしまったのだ。これまで豹変した牧谷が行って来た行為の数々。タバコでは無く父の所有する海泡石のパイプをふかしていた事。ビールなどでは無く高価な洋酒を飲んでいた事。一人称が「ワシ」になっていた事。全て父の真似だと思っていたが、恐らく『父自身がやった』のだろう。そう考えれば全ての辻褄が合う――


 声もかけられずそんな事を考えていた枝松の目の前で『父の肉体を持つ若者』は声も無くヘナヘナと崩れ落ちた。

 懐中電灯を消し、二人とも暫く無言でいた。重苦しい空気が流れる中、枝松は必死に考えていた。どうすればこの人外の力によって人生を狂わされた友を救う事が出来るのか。何か手掛かりはないのか。これまでの事を全てチェックしろ。何か無いか、何か・・・。


瞬間。


 稲妻の様に閃いた。そうだ!! 輝くトラペゾヘドロンだ!! 最初にこの現象が起きた時に牧谷氏と思しき人格が「輝くトラペゾヘドロンの波動が~」と言っていた。そして牧谷自身も真っ暗闇で輝くトラペゾヘドロンらしきものを見つけたと言っていたではないか。氏の人格が発した言葉から察するに、氏がこの現象を起こすにはソレが必要だと考えられる。「あの男」とやらがココの司祭であろう事は推測出来る。そして輝くトラペゾヘドロンとやらはこの教団の秘宝だと言う。ならばソレを破壊してしまえば今後は氏一人ではこの現象は起こせないハズだ。上手くいけば氏と司祭は仲違いするかも知れない。少なくとも氏一人ではこの現象は起こせなくなるのだ。

 早速この考えを牧谷――少なくとも人格は牧谷正明なのだ――に伝えると、パッと表情が明るくなった。


「確かに君の言うとおりだ! 理由は分からないが、父が僕の体を乗っ取るつもりならば遠慮はしない。輝くトラペゾヘドロンは地下倉庫のテーブルの上にいつも通りあったのを確認している。さぁ行こう!!」


 覇気に満ちた様子で地下倉庫へ向かう牧谷を追いかけながら枝松は破壊の方法を考える。用心の為に持って来たナイフを突き立ててみよう。それでだめなら大きな石の上に乗せて、その上からもう一つ大きな石を叩きつける。意外な事にダイヤモンドでもコレで砕けるのだ。硬過ぎるモノは逆に脆い。石の種類にもよろうが、これで何とかなるだろう。


 そして程無く



 二人は地下倉庫で輝くトラペゾヘドロンを手にした。






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あと一話で・・・・終わる・・・ハズ(汗

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