第4話 波も月も地球もタダだよな?
「熱ってさ、逃げるからダメなんだよ」
次男は歩きながら、思いついたことをそのまま口にした。
独り言のようでいて、隣の執事に向けている。
「でもさ、閉じ込めれば逃げないだろ?
逃げないならタダで使えるってことじゃん」
執事はそっと息をついた。
「……お坊ちゃま。熱は均一化して――」
「いやいや、それはあとで考えるとしてさ」
次男は軽く手を振り、今日も巨大な施設群が並ぶ敷地へ向かった。
◆
最初に案内されたのは、巨大な摩擦装置だった。
回転軸に触れるパッドが熱を帯び、タービンが回っている。
「これが【熱回収タービン】。
摩擦熱って勝手に出るだろ? あれタダなんだよ。
だから、出た熱を全部回収すればタダで発電できるんだよ」
執事は眉を寄せる。
(……たしか以前にも“摩擦はタダ”と……これはその発展形でしょうか……)
しかし次男はもう次へ進んでいた。
◆
巨大な球体が地面に鎮座していた。
内部は断熱材で覆われ、熱を閉じ込める構造になっている。
「これが【断熱球】。
熱って逃げるからダメなんだよ。
でも閉じ込めれば逃げないだろ? 逃げないならタダだよな」
執事は小さくつぶやく。
「……熱は均一化して、やがて仕事を……」
次男は聞いていない。
◆
次に案内されたのは、巨大なリング状の装置だった。
内部には磁石が並び、熱を磁力に変換する仕組みらしい。
「これが【磁力収束リング】。
磁力って見えないだろ? 見えないものは逃げないんだよ。
だからタダで使えるんだよ。すごいだろ?」
執事は静かに目を閉じた。
(……磁力は波として広がるのですが……)
◆
海沿いに移動すると、巨大な波力装置が並んでいた。
「これが【海洋波力発電プラント】。
波って永遠に動いてるだろ? あれタダなんだよ。
だから波が動くたびに発電できるんだよ」
執事はため息をつく。
「……波は風と太陽光の二次産物で――」
「でさ、もっとすごいのがこれ」
次男は巨大なダムを指さした。
「【潮汐発電ダム】。
月の力ってタダだろ? だから潮もタダなんだよ」
執事は目を伏せる。
(……月の引力はタダでは……いや、もういい……)
◆
さらに沖へ向かうと、海流を利用した巨大タービンがあった。
「これが【海流タービン】。
黒潮って勝手に流れてるじゃん。流れるのってタダだろ?
だからタダで回るんだよ」
執事はそっと目を閉じた。
(……海流も太陽光と地球の自転の影響で……)
◆
そして最後に、異様な装置が姿を現した。
巨大な円盤が地面に埋め込まれ、地球の回転を“受け止める”構造になっている。
「これが【自転力装置】。
地球って勝手に回ってるだろ? あれタダなんだよ。
だから、その回転をちょっともらえばタダで発電できるんだよ」
執事はさすがに言葉を失った。
(……地球の自転を“もらう”とは……)
次男は満足げにうなずいた。
「結局さ、全部の源って太陽光じゃない?
太陽ってタダだろ? だったら無限に使えるよな」
次男は歩き出す。
執事はその背中を追いながら、
世界が少しずつ歪む気配に、静かな恐れを覚えた。
◆
次男の誤解は、またひとつ積み上がった。
その誤解がどこへ向かうのか、まだ誰も知らない。
■巨大施設
【熱回収タービン】【断熱球】【磁力収束リング】【海洋波力発電プラント】
【潮汐発電ダム】【海流タービン】【自転力装置】
※この物語はフィクションです。
次男の誤解が世界を曲げるのは、物語の中だけの優しい現象です。
現実では、どうか真似しないでください。




