第3話 こすればタダで熱が出るだろ?
「摩擦ってさ、こすれば勝手に出るだろ?」
次男は歩きながら、思いついたことをそのまま口にした。
独り言のようでいて、隣の執事に向けている。
「だったらさ、無限にこすれば無限にエネルギー出るんじゃないかなって」
執事は目を細めた。
「……お坊ちゃま。摩擦には摩耗が――」
「いやいや、それはあとで考えるとしてさ」
次男は軽く手を振り、巨大な施設群が並ぶ敷地へ向かった。
◆
最初に見えてきたのは、巨大な水槽だった。
内部では大きな箱がゆっくり浮上し、その動きに合わせて水車が回っている。
「これが【浮力発電水槽】。
沈めると浮くんだよ。浮くのってタダだろ?
だったら、浮いた分だけ発電できるってことじゃん」
執事は小さくつぶやく。
「……たしか以前にも“浮くのはタダ”と……
これはその拡大版でしょうか……」
次男は聞いていない。
◆
次に案内されたのは、円盤状の巨大な装置だった。
表面には摩擦パッドがびっしり貼られている。
「これが【摩擦発電円盤】。
こすれば摩擦が出るだろ? あれタダなんだよ。
で、こすり続ければ無限に出るんだよ。すごくない?」
執事は静かに目を閉じた。
(……摩擦は摩耗を生むのですが……)
しかし次男はもう次へ進んでいた。
◆
広大な平地に、巨大な風車が何十基も並んでいる。
「これが【風力発電フィールド】。
風ってタダで動いてるだろ? だからタダで回るんだよ」
執事はため息をつく。
「……風は温度差がないと――」
「でさ、もっと効率よくするために作ったのがこれ」
次男は巨大なトンネル状の建造物を指さした。
「【風トンネル】。
風を閉じ込めればさ、勝手に強くなるだろ?
閉じ込めるのもタダなんだよ」
執事は眉を寄せる。
(……閉じ込めたら風は止まるのでは……)
◆
さらに地下へ降りると、湧き水が流れ落ちる空間があった。
「これが【地下水発電】。
水って勝手に湧くじゃん。湧くのってタダだろ?
だから落ちた分だけ発電できるんだよ」
執事はそっと目を伏せた。
(……湧き水にも限りが……)
しかし次男は満足げにうなずいた。
「ほら、摩擦も風も熱もさ、全部タダで動くんだよ。
だから組み合わせれば、永久にエネルギーが作れるんだよ」
執事は静かに息をついた。
(……熱は逃げ、風は止まり、摩擦は摩耗し……
どれも“タダ”ではないのですが……)
次男はもう次のことを考えていた。
「熱ってさ、逃げるからダメなんだよ。
だったら閉じ込めればいいんだよ。閉じ込めるのってタダだろ?」
次男は歩き出す。
執事はその背中を追いながら、
理解の及ばない不安が胸に広がった。
◆
次男の誤解は、またひとつ積み上がった。
その誤解がどこへ向かうのか、まだ誰も知らない。
■巨大施設
【浮力発電水槽】【摩擦発電円盤】【風力発電フィールド】【風トンネル】【地下水発電】
※この物語はフィクションです。
次男の誤解が世界を曲げるのは、物語の中だけの優しい現象です。
現実では、どうか真似しないでください。




