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第2話 落ちるのも浮くのもタダだろ?

「逃げるって、つまり“動く”ってことだよな」


空港から歩きながら、次男はぽつりとつぶやいた。

独り言のようでいて、隣を歩く執事に向けている。


「動くにはエネルギーが必要だろ?

 じゃあさ……逃げ続けるには、

 エネルギーを生み続ければいいってことなんだよ」


執事は足を止めた。

「お坊ちゃま……?」


「西に逃げたのはダメだったんだよ。

 あれは“止まる方向”だったんだ」


次男は地面を指さす。


「下だよ。落ちるって、勝手に動くじゃん。

 あれ、エネルギーなんじゃないかなって思ってさ」


次男は歩き出す。

執事はその背中を追いながら、胸の奥に小さな不安を抱えた。



次男の誤解は、またひとつ積み上がった。

その誤解がどこへ向かうのか、まだ誰も知らない。

執事は深くため息をついた。

しかし次男は、もう別の場所を見ていた。


――巨大な建設予定地だ。



数週間後。


そこには、異様な塔がそびえ立っていた。

地面から空へ向かって伸びる塔。

内部には巨大な重りが吊られ、落ちるたびに水車が回る。


次男は胸を張った。


「ねえ、これ見てよ。【落下発電塔】って名前にしたんだ。

 だってさ、落ちるのってタダだろ?

 タダで動くなら、タダで発電できるってことじゃん」


執事は眉を寄せる。

「……お坊ちゃま。落ちる前に、持ち上げる必要が――」


「まあまあ、それはあとで考えるとしてさ」


次男は走り出し、隣の装置を指さした。


階段状に並んだ落下槽が、ドミノのように連なっている。


「これが【落下連鎖装置】。

 だってさ、落ちるのってタダだろ?

 一個落ちたら次も勝手に落ちるんだよ。

 連鎖するのもタダなんだよ。効率いいよな」


執事は静かに目を閉じた。


(……連鎖の“最初の一個”を持ち上げる工程が……)


しかし次男は気にしない。


「でさ、落ちたら今度は浮かせればいいんだよ」


巨大な水槽へ向かう。

中では大きな箱がゆっくり浮上し、その動きに合わせて水車が回っていた。


「これが【浮力タンク】。

 沈めると浮くんだよ。浮くのってタダだろ?

 だったら、浮いた分だけ発電できるってことじゃん」


執事は小さくつぶやく。

「……沈めるには、力が……」


次男は気づかない。


塔と水槽のあいだには、

次男が「うまく繫がってる」と言い張る配管のようなものが走っていた。

執事には、何がどう繫がっているのか分からない。


「ほら、落ちる→発電→沈める→浮く→発電→落ちる……

 これ、永久ループじゃない?」


次男は本気で言っていた。


執事は言葉を失ったまま、塔と水槽を見比べる。


(……どちらも“前払いの力”が必要なのに……)


しかし次男は、もう次のことを考えていた。


「次はさ、摩擦だよ。こすれば無限に出るだろ?

 あれ、絶対エネルギーになるって」


次男は歩き出す。

執事はその背中を追いながら、

胸の奥に小さな違和感を覚えた。



■巨大施設

 【落下発電塔】【落下連鎖装置】【浮力タンク】


※この物語はフィクションです。

 次男の誤解が世界を曲げるのは、物語の中だけの優しい現象です。

 現実では、どうか真似しないでください。

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