第2話 落ちるのも浮くのもタダだろ?
「逃げるって、つまり“動く”ってことだよな」
空港から歩きながら、次男はぽつりとつぶやいた。
独り言のようでいて、隣を歩く執事に向けている。
「動くにはエネルギーが必要だろ?
じゃあさ……逃げ続けるには、
エネルギーを生み続ければいいってことなんだよ」
執事は足を止めた。
「お坊ちゃま……?」
「西に逃げたのはダメだったんだよ。
あれは“止まる方向”だったんだ」
次男は地面を指さす。
「下だよ。落ちるって、勝手に動くじゃん。
あれ、エネルギーなんじゃないかなって思ってさ」
次男は歩き出す。
執事はその背中を追いながら、胸の奥に小さな不安を抱えた。
◆
次男の誤解は、またひとつ積み上がった。
その誤解がどこへ向かうのか、まだ誰も知らない。
執事は深くため息をついた。
しかし次男は、もう別の場所を見ていた。
――巨大な建設予定地だ。
◆
数週間後。
そこには、異様な塔がそびえ立っていた。
地面から空へ向かって伸びる塔。
内部には巨大な重りが吊られ、落ちるたびに水車が回る。
次男は胸を張った。
「ねえ、これ見てよ。【落下発電塔】って名前にしたんだ。
だってさ、落ちるのってタダだろ?
タダで動くなら、タダで発電できるってことじゃん」
執事は眉を寄せる。
「……お坊ちゃま。落ちる前に、持ち上げる必要が――」
「まあまあ、それはあとで考えるとしてさ」
次男は走り出し、隣の装置を指さした。
階段状に並んだ落下槽が、ドミノのように連なっている。
「これが【落下連鎖装置】。
だってさ、落ちるのってタダだろ?
一個落ちたら次も勝手に落ちるんだよ。
連鎖するのもタダなんだよ。効率いいよな」
執事は静かに目を閉じた。
(……連鎖の“最初の一個”を持ち上げる工程が……)
しかし次男は気にしない。
「でさ、落ちたら今度は浮かせればいいんだよ」
巨大な水槽へ向かう。
中では大きな箱がゆっくり浮上し、その動きに合わせて水車が回っていた。
「これが【浮力タンク】。
沈めると浮くんだよ。浮くのってタダだろ?
だったら、浮いた分だけ発電できるってことじゃん」
執事は小さくつぶやく。
「……沈めるには、力が……」
次男は気づかない。
塔と水槽のあいだには、
次男が「うまく繫がってる」と言い張る配管のようなものが走っていた。
執事には、何がどう繫がっているのか分からない。
「ほら、落ちる→発電→沈める→浮く→発電→落ちる……
これ、永久ループじゃない?」
次男は本気で言っていた。
執事は言葉を失ったまま、塔と水槽を見比べる。
(……どちらも“前払いの力”が必要なのに……)
しかし次男は、もう次のことを考えていた。
「次はさ、摩擦だよ。こすれば無限に出るだろ?
あれ、絶対エネルギーになるって」
次男は歩き出す。
執事はその背中を追いながら、
胸の奥に小さな違和感を覚えた。
■巨大施設
【落下発電塔】【落下連鎖装置】【浮力タンク】
※この物語はフィクションです。
次男の誤解が世界を曲げるのは、物語の中だけの優しい現象です。
現実では、どうか真似しないでください。




